54th BASE
お読みいただきありがとうございます。
小さい頃は喧嘩をしても誰かが仲裁に入ってくれますが、成長していくにつれてそれがなくなって当人同士で解決しなければならなくなっていくと思います。
でもいざそうなった時にどうすれば良いかって意外と分からないですよね。
すぐに謝ったとしても軽い感じに捉えられてしまったり……。
もちろん時と場合によって対応の仕方があるのですが、それを使いこなして解決に持っていくことがとても難しいなあって思います。
「ねえ、京子のことどう思う?」
部室で着替えている最中、紗愛蘭ちゃんがやにわに切り出す。
「へ? 何のこと?」
私は態と恍けてみせる。それで話が逸らせれば良かったが、そんなわけにはいかない。
「最近プレーのキレが悪いじゃん。昨日の紅白戦でも散々だったし。今日も元気が無かったから大丈夫かなと思って……。あれじゃあ昴に追い越されるのも時間の問題だよ」
紗愛蘭ちゃんは心配そうな表情を浮かべてスカートのチャックを締める。私は脱いだばかりのアンダーシャツで上半身の汗を拭いながら、興味無さそうな振りをして答えた。
「どうなんだろうね。まあ本人の問題だし、何とも言えないんじゃないかな」
「それはそうなんだけどさ。でもやっぱり心配になるじゃん。真裕だってそうでしょ? 二人は幼馴染なんだからさ」
「いや、まあそうだけど……」
私は着替えの手を止め、唇を噛みしめる。心配などしていない、と言ったら嘘になる。昨日の帰り際に喧嘩になってしまったからといって、決して京子ちゃんを嫌いになったわけではないし、寧ろ昴ちゃんには負けてほしくないと思っているからこそあんな態度を取ってしまったのだ。
けれども今の京子ちゃんを見て苛々してしまうのも事実である。そんな状態ならできるだけ一緒にいない方が良い。私は再び厳しい物言いをする。
「で、でも実際に私たちにはどうすることもできないじゃん! 監督に昴ちゃんの方が良いって判断される前に、京子ちゃんが自分の力で挽回するしかないよ」
「うーん……、だとしてもそんな突き放すような言い方しなくても良いじゃないかな。昨日から思ってたけどさ、真裕、ちょっと京子に冷たくない?」
紗愛蘭ちゃんが訝し気に私を見る。昨日の帰路の時点でそれなりに嫌悪感を露わにしていたので、その場にいた紗愛蘭ちゃんや祥ちゃんに全く悟られていないとは思っていな。だがそれでも、少しばかり胸が締め上げられるような感覚が走る。私としてもあまり深く追及されたくはない。
「……冷たくしてるつもりなんて無いよ。普通だって」
必死に否定してみるものの、紗愛蘭ちゃんには私が戸惑っていることは丸分かりだろう。私は彼女の顔を見られず、ロッカーの角に目をやって誤魔化す。すると紗愛蘭ちゃんは長い鼻息を漏らし、諭すように私に語りかける。
「まあ長く付き合っていればさ、喧嘩することだって関係がぎくしゃくすることだってあると思う。その点については私は何も言わないよ。昨日の紅白戦を見てれば、怒れてきちゃう真裕の気持ちも理解できるしね。でもね、これだけは心に留めておいてほしいんだ」
「な、何?」
私は無意識に紗愛蘭ちゃんと顔を合わせる。紗愛蘭ちゃんは野球の試合中よりも真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
「これから京子は更に苦しくなっていくかもしれない。そしたら精神的にも追い詰められていくと思う。そうなった時、このチームで頼りになるのは、拠り所になれるのは、間違いなく真裕なんだよ。真裕は京子にとっての一番の親友なんだから」
紗愛蘭ちゃんの訴えに、私は自然と言葉が出せなくなる。私は京子ちゃんの一番の親友。それは自分でも自信があったし、既に分かり切っていると言えるほどの事実に等しいが、他人から言われるとこうも胸に染みるのか。
「きっとこれから真裕の力が必要な時が来る。いや、もう来てるんだと思う。だからあんまり意固地にならず、京子を支えてあげてほしいな。真裕だって一緒にグラウンドに立っていたいでしょ? そのために二人で野球部に入ったんだろうし」
「それは……」
そこを突かれると弱い。まさしくその通りである。私はまたしても何も言い返せない。紗愛蘭ちゃんは安堵したかのように微笑むと、自分の鞄を背負って帰り支度を整える。
「もちろん私も協力する。今日は断られちゃったけど、京子のためなら何だってするつもりだよ。真裕も早く仲直りしてね」
「う、うん……」
私は頷くしかなかった。それから私も手早く荷物を整理し、紗愛蘭ちゃんと共に部室を出るのだった。
グラウンドでは、バットの奏でる金属音が絶え間なく鳴り響いている。
午後二時前に私は家へと着いた。シャワーと食事を済ませ、今は学校の週末課題を終わらせようと自分の部屋の机の前に座っている。ただ一向に捗らず、さっきから京子ちゃんのことばかりが頭に浮かぶ。
京子ちゃんとは小学校からの幼馴染で、もうかれこれ十年以上の付き合いになる。野球を始めたのも、私の誘いで地元の少年野球チームに入団したことがきっかけだった。
これまでこんな風に喧嘩したことなどあっただろうか。少なくとも私の記憶には無い。だから仲直りをしろと言われても、どうすれば良いのか分からない。
「はあ……」
私は溜息交じりにスマホを手に取り、メッセージアプリを起動させる。開いたのはもちろん京子ちゃんとの会話。数日前の他愛の無いやりとりから全く動いていない。
流石にもう京子ちゃんも帰宅していることだろう。お疲れ様の一言くらい送ってみようかとフリック入力してみるが、送信ボタンを押すところでどうしても固まってしまう。
結局そのまま時間だけが過ぎた。課題もほとんど進ます、私は夜に地獄を見るのだった。
See you next base……
WORDFILE.8:週末課題
亀ヶ崎高校では毎週末に課題が出される。基本的には国語、数学、英語の三教科だが、稀に他の科目が追加される。学校の無い日でも勉強させる癖を付けることが狙いで、量としては各教科を終わらせるのに平均一時間以上を要する。
提出日は次の週の最初の登校日、つまりほとんどの場合は月曜日となる。その週の水曜日までに出せなかった者については課題が終わるまで居残り。当然部活にも参加できなくなるので、それだけは阻止しなければと各部活で注意喚起がなされている。
因みにドラらんはほとんど遅れたことはない。偉い。




