53rd BASE
お読みいただきありがとうございます。
今年も桜の季節を迎えました。
コロナウイルスにも負けず各地で少しずつ開花していますし、私たちもできる範囲で楽しんでいきたいと思います。
「集合!」
「はい!」
紅白戦終了後、監督が私たちを集めて総評を述べる。
「皆、ご苦労だった。非常に引き締まった展開で、紅白戦とはいえ良い緊張感の中できていたんじゃないかと思う。どちらもあと一本が出なかったが、随所に光るプレーは見られたし、本当にやって良かった」
監督は満足気な語り口で話す。それだけ収穫が多かったということだろう。
「ただ全員が全員上手くいったわけではないと思う。手応えを掴めた者はどう継続していくか、そうでなかった者はどう改善していくかを各自考えながら今後に取り組んでくれ。何度も言うが夏大までそう時間は無い。容赦の無い振るい落としはもう始まっているんだ。それを肝に銘じてほしい。良いな?」
「はい!」
夏大まであと二ヵ月。去年の経験から言えば、いざ過ごしてみるとあっという間だ。失敗を未練がましくいつまでも気にしている暇などない。それなのに……。
その後は一時間ほど全体練習を行ってから解散となる。私はあまり乗り気ではなかったが、いつものように京子ちゃんたちと帰る。
「祥、今日は球が走ってたね。私も思い切り詰まらされちゃった」
「ほんとに? 確かに今日は、自分でも結構指に掛かってたと思うんだよね。紗愛蘭を抑えられて嬉しかったよ」
紗愛蘭ちゃんと祥ちゃんが楽しそうに談笑する中、京子ちゃんは終始物憂げな表情で黙り込んでいる。見ているだけで苛々してくるので、私はなるべく視野に入らないようにしながら歩を進める。
「どうしたの京子? さっきから元気無いみたいだけど」
そう祥ちゃんが尋ねた瞬間、私は思わず何で触れるんだよと突っ込みそうになる。咄嗟に唾を飲み込み、発しそうになった言葉を喉の奥で留めた。
「え? ああ……、ちょっと考えごとしちゃってて」
「考えごと? 何かあるなら聞くよ」
「だ、大丈夫だよ。ウチの問題だし、一人で考えるから」
京子ちゃんは慌ただしく両手を振り、あたかも平気そうに装う。長年一緒にいる私には嘘であることがすぐ分かったが、そこに踏み込む気にはなれなかった。
「そっか。何あったらいつでも話してね」
「う、うん。ありがとう」
そうこうしている内に駅へと到着。祥ちゃんと紗愛蘭ちゃんとはここでお別れとなる。
「じゃあまた明日ね」
それぞれの帰り路を行く二人を見送りつつ、私と京子ちゃんは電車に乗り込む。何の会話もすることなく、お互い降車駅まで無言のまま席に座っていた。ところが電車を降りて改札を出たところで、唐突に京子ちゃんが重々しく口を開く。
「……ごめんね、真裕」
「え? 何が?」
「今日の紅白戦さ、ウチがエラーしなきゃきっとこっちが勝ててたじゃん。しかもチャンスでも全然打てなかったし。きっとそのせいで真裕も機嫌損ねちゃったんだよね。ほんとにごめん……」
ここに来てもまだ謝るのか。しかも私が怒っている点はそこじゃない。その煩わしさに、つい京子ちゃんへの当たりが強くなる。
「いやいや、試合中にも言ったけどさ、別にエラーしたことに対しては怒ってないから。そんな風に謝られても困るよ」
「じゃ、じゃあどうして真裕はさっきからそんなにむすっとしてるの?」
京子ちゃんが恐る恐る聞く。私はそれがとても悲しかった。何をそんなに怖がることがあるのか。私たちは友達じゃないか。
「はあ!? そんなの自分で考えなよ! ていうか分かんないの?」
自分で気付いた時には、湧き上がる怒りを抑えきれなくなっていた。周りにいた数名の人たちが一斉にこちらを見る。私は瞬時に冷静さを取り戻すも腹の虫が収まらず、やや嘲笑気味に捨て台詞を吐く。
「……これじゃほんとに、昴ちゃんがレギュラーの方が良いかもね」
「え……?」
よほどショックだったのか、京子ちゃんは青ざめた顔をする。まさか私から言われるとは思わなかったのだろう。私だって言う時は言う。相手が京子ちゃんなら尚更だ。
二人の間に沈黙が流れる。吹き抜ける風は穏やかで、今の雰囲気に全く合わない。私はそれすら腹立たしく感じられた。
「……帰る」
私はそれだけ言ってその場を立ち去る。京子ちゃんは後ろに付いてこず立ち尽くしていたが、意に介さず家へと向かって歩き続けた。
次の日、私と京子ちゃんは別々で登校した。何か連絡をしたわけでもなく、各々の独断で。高校に入ってからは初めてのことだった。
「ショート!」
「オーラ……あっ」
今日の練習中も、京子ちゃんは動きが冴えない。シートノックでもイージーな打球を後逸したり弾いたりしていた。ミスしないように大事に行こうとして後手を踏んでしまう。その繰り返しであった。
「ショート!」
「オーライ」
一方の昴ちゃんは軽快なプレーを見せる。今も三遊間に抜けようかという打球を、逆シングルになりながら球際で抑えた。
「ファースト来い!」
「はい!」
更に捕った後の流れも良い。軽やかに体勢を整え、一塁に鋭い送球を投じる。
「ナイスボール!」
京子ちゃんの動きが悪い分、昴ちゃんの好プレーが一層際立つ。もしも私が監督なら、次の試合で京子ちゃんに代えて昴ちゃんを起用したいと思わせるほどだ。木場監督も厳しい人だし、この状況が続くようなら実際にそうなってもおかしくはない。
「お疲れ様ー。京子、一緒に帰ろ」
練習が終わり、私は紗愛蘭ちゃんと共にグラウンドを後にしようとする。しかしその前に紗愛蘭ちゃんが京子ちゃんに声を掛けた。昨日から和解できそうな兆しもないし、また気まずくなるのは嫌だが、紗愛蘭ちゃんが言うなら止めるわけにはいかない。
「ああ、ごめん。今日はちょっと残って練習していくことにする」
これは珍しい。いつもいの一番に帰宅したがる京子ちゃんが自主練をしていくだなんて。それだけ最近の不甲斐なさが堪えているということなのだろうか。
「自主練? じゃあ私たちも付き合うよ」
「き、気にしないで。ウチ一人でやるから。先に帰っててよ」
京子ちゃんは紗愛蘭ちゃんの協力を退ける。せっかくの気遣いなのだから受ければ良いのにとも思ったが、それだと私も付き合わなくてはならないので、それはそれで面倒だ。
「本当に良いの?」
紗愛蘭ちゃんが聞き返すも、京子ちゃんは首を横に振る。
「そっか……。じゃあ私たちは先に帰るよ。また明日ね」
「うん。また明日」
京子ちゃんと紗愛蘭ちゃんが別れの挨拶を交わす。その傍らで私は口を真一文字に結んだまま、京子ちゃんと目を合わせることすらしない。それから紗愛蘭ちゃんが歩き出すのに合わせ、私も黙って歩を進めるのだった。
See you next base……




