52nd BASE
お読みいただきありがとうございます。
春の選抜甲子園が中止となってしまいました……。
夢の舞台に立てるはずだった球児たちの気持ちを考えると、残念で仕方ありません。
何かしら代わりになる行事があってほしいと願うばかりです。
もちろんすぐにとはいかないでしょうが、私個人としてもできることがあれば協力していきたいです。
紅組に先制点が入った後に尚もピンチが続くも、四番の杏玖さんはセカンドゴロに打ち取る。エラーの一点で食い止めることはできた。
「ごめん真裕、完璧に抑えてたのに……」
もはや例の如くといってもおかしくはないだろう。ベンチに下がったタイミングで、京子ちゃんが私に謝る。もちろんミスをするのは仕方が無いし、そういうことが続くことだってある。それに関しては京子ちゃん自身が分かっているはずだし、私だってとやかく言うつもりはない。
しかしどれだけ繰り返しても一向に改善されず、謝罪するだけで終わっているところは、同じチームでプレーしている者としてはっきり言って腹立たしい気分にもなる。私は思わず棘のある返答をしてしまった。
「良いよ、別にいちいち謝らなくて。それよりももっとプレーに集中してくれる? どうでも良いこと気にしてるからエラーもするんじゃないの」
「ご、ごめん。分かった……」
見るからに沈んだ表情をする京子ちゃん。私は少し言い過ぎたのではないかと申し訳なく思ったが、それよりも彼女への苛立ちが勝っていた。これ以上話していると更に追い詰めてしまいそうだったので、そそくさと距離を置いて試合に集中する。
「さあさあ、こっちも点取ってきましょう! 春歌ちゃんにこのまま気持ち良く投げさせるわけにはいきませんよ」
私の声援も虚しく、三回裏の白組は無得点に終わる。その後は膠着状態が続き、一対〇のまま五回裏に入った。
「セーフ!」
この回先頭のきさらちゃんが内野安打で出塁する。続く八番の菜々花ちゃんは粘った末にフォアボールを選び、ノーアウト一、二塁と白組がチャンスを作る。
ここで私に打順が回ってきた。洋子さんから出されたサインは送りバント。試合展開を考えると当然の作戦ではある。しかしネクストバッターズサークルに控えているのは京子ちゃん。たとえ送りバントが成功したとしても、今の彼女がランナーを還してくれるとは到底思えない。
といっても指示に背くわけにもいかない。私はサインに頷いて打席に入る。
初球の真っ直ぐが外れた後の二球目。真ん中から曲がっていくカーブを、私はバットの芯から少し外れたところでバントし、三塁方向に転がす。
「ピッチャー」
「オーライ」
春歌ちゃんが処理に走る。捕球した彼女は一旦三塁を覗うも、すぐに振り返って一塁へと投げた。
「アウト」
これでワンナウトランナー二、三塁。同点、更には逆転のチャンスで京子ちゃんの第三打席を迎える。
「京子、一発ぶちかませ!」
「ここで打てばヒーローになれるぞ。名誉挽回の打席にしよう!」
白組の皆からの声を背に、京子ちゃんがバットを構える。私は一塁からベンチへと帰りつつ、その姿を無言で見つめる。
紅組の内野は前進守備を敷く。いつも通り打てればヒットになる確率は高いが、今の京子ちゃんはその“いつも通り”をすることが難しいと思う。この前進守備が相当なプレッシャーになるだろう。
一球目、春歌ちゃんは珍しくカーブから入ってきた。低めからボールゾーンに落ちていったものの京子ちゃんは手を出し、空振りを喫する。
初球から打ちにいくのは悪いことではない。チャンスで積極的にスイングする打者は、私も相手にしていて嫌だ。けれどもそれはあくまで打つべき球を打ってきた場合の話。態々ボールに手を出してくれることほど、投手にとって嬉しいことはない。これで春歌ちゃんも気が楽になっただろう。
「ボール」
二球目は速球が外れた。ただ京子ちゃんの見逃し方に余裕が無く、傍から見ていて彼女が焦っている心持ちが手に取るように分かる。
そして三球目、春歌ちゃんは速い球で京子ちゃんの体に近いコースを攻めてきたように見えた。打ちに出た京子ちゃんだが、途中で迷ったのかバットを止めてしまい、半端なスイングで打ち返す。
「あ……」
打球はマウンド右へのゴロとなった。春歌ちゃんが素早く動いて捕球。三塁ランナーのきさらちゃんは動けず、春歌ちゃんはそれを確認してから一塁をアウトにする。
「あー……、もったいない」
ベンチから溜息が零れる。皆最低でも同点にできると期待していたのだろうが、私から言わせてもらうとこの結果は予想できていた。
勝負事にたらればは禁句である。ただ敢えて出すなら、もしも京子ちゃんが初球を落ち着いて見逃せていれば、三球目に無理に手を出す必要も無かった。そうしたらもっと違う結果になっていたかもしれない。
「センター!」
「オーライ」
ツーアウトとなり、二番の洋子さんは二球目の直球を芯で捉えて弾き返す。ところが飛んだ先はゆりちゃんが守っていた定位置の真正面。センターライナーに倒れ、結局得点を挙げられないままチェンジとなった。
「ナイスピッチ。お疲れ様」
「うん。ありがとう」
ベンチへと引き揚げていた春歌ちゃんと昴ちゃんが言葉を交わす。春歌ちゃんはここで降板。本人はあまり満足そうにはしていなかったが、結果的には安定した投球で白組相手に五回を投げて無失点に抑えた。
「スイング、バッターアウト。チェンジ」
六回表、私は二死満塁のピンチを招いたが、四打席目の昴ちゃんから空振り三振を奪って切り抜ける。二本のヒットを許したのは不本意だが、その後の二打席は連続三振に仕留めた。私もこの回でマウンドを降りる。
「ショート!」
「オーライ」
七回裏、ツーアウト一、三塁の場面。センターに抜けようかという鋭いライナーを、昴ちゃんが横っ飛びで掴み捕る。このプレーでゲームセットとなった。
私が交代してからの展開はというと、六回裏に白組がようやく一点を挙げて同点に追い付く。最終回は両チームに好機が訪れるも決め手を欠き、試合は一対一の引き分けで幕を閉じた。
See you next base……
紅白戦における京子と昴の成績の比較
昴
①センター前ヒット
②レフト線へのツーベース
③見逃し三振
④空振り三振
4打数2安打、1ファインプレー
京子
①サードファールフライ
②ピッチャーゴロ
③セカンドゴロ
④空振り三振
4打数0安打、1失策




