51st BASE
お読みいただきありがとうございます。
春の甲子園大会が無観客で行われる方向で進んでいます。
中止にするという話も出ていますが、個人的には無観客にしても開催はしてほしいと思います。
せっかくの晴れ舞台ですから、開催できる環境を何とか整えてもらいたいです。
一回の裏、紅組のマウンドに春歌ちゃんが上がる。ブルペンでは調子が良さそうだった。それをそのまま発揮できたとすれば、こちらもそれほど打つことはできないだろう。
春歌ちゃんが投球練習を済ませ、白組の一番を打つ京子ちゃんが打席に入る。先ほど昴ちゃんがヒットを放ったばかりなので、京子ちゃんもそれに対抗してほしい。
「京子ちゃん、積極的に打っていこう!」
私が京子ちゃんに声援を送る中、春歌ちゃんが一球目を投げる。投球はやや高めに浮き、見送ればボールのようにも見えるが、京子ちゃんはバットを出す。
「サード!」
「オーライ」
高いフライが打ち上がる。ただ飛距離は無く、サードの杏玖さんがファールゾーンで掴んだ。昴ちゃんと同様に初球から打っていった京子ちゃんだが、球威に押されて力負けし、あっけなくワンナウトを献上してしまった。
「ごめん……」
「ドンマイドンマイ。次の打席で取り返そ」
「そうだよ。試合は始まったばかりじゃん」
ベンチに戻ってきて謝る京子ちゃんを、白組の皆が励ます。とはいえ大事なトップバッターが一球目を打ってサードフライでは、攻撃のリズムは作れない。京子ちゃんにはもう少し考えたバッティングをしてほしかった。
続く二番の洋子さん、三番の栄輝ちゃんも打ち取られる。一回裏は三者凡退で攻守交替となった。
二回は両チーム無得点で終了。三回表、私は八番の優築さんと九番の春歌ちゃんを抑えて順調にツーアウトを取る。打順は一巡し、昴ちゃんに二打席目が回る。
一打席目はプレイボール直後の初球を弾き返されてヒットを打たれた。一年生に二本も許すわけにはいかない。一球目、私たちバッテリーはストレートで内角を抉る。昴ちゃんは反応しつつも、バットを出すことはしない。
「ストライク」
二球目は外角にツーシームが外れた。三球目は低めのカーブを空振りさせ、ワンボールツーストライクと追い込む。
四球目、菜々花ちゃんは中腰で立ち上がり、昴ちゃんの懐にミットを構える。私はそこを目掛けて力強く腕を振る。
昴ちゃんはやや遅れ気味のタイミングでスイングする。ボールはバットの根っこに当たったのか、鈍い音が響いた。
「サード」
弱い飛球が空中を彷徨う。打ち取ったと思われたが、飛んだコースが良い。ボールはサードのきさらちゃんの後方で弾み、ファールゾーンを転々とする。
「ボールセカン!」
昴ちゃんは一塁を蹴って二塁へと向かう。返球は来ず、立ったままベースに到達した。
「むう……。またやられちゃった」
私は口をへの字に曲げて昴ちゃんを見る。ラッキーと言えど、二塁打は二塁打。二打席連続安打を打たれてしまい、この試合二度目のピンチを招く。
打席には二番の愛さんが立つ。初球、私はアウトコースのツーシームから入った。愛さんはバットを出すも、タイミングが合わずに空振りを喫する。
二球目。私が投じたのは外角のボールゾーンから内へと入っていくカーブ。愛さんはスイングすることなく見送る。
「ストライクツー」
あっさりと追い込むことができた。三球目は高めのストレートが見極められる。更に一球ファールを挟んだ後の五球目、私は内角低めの直球で仕留めに掛かる。
愛さんはおっつける意識があったのかバットの出が遅れた。空振りこそしなかったものの、弱いゴロがショートへと転がる。
「京子ちゃん!」
「オ、オーライ」
京子ちゃんは懸命にダッシュして前に出てくる。逆シングルでボールを捕り、右手に握り替えて一塁へと送球。ところが愛さんの足も速く、際どいタイミングとなる。
「セーフ!」
間一髪で愛さんの駆け抜けが早かった。内野安打でランナー一、三塁と紅組のチャンスが拡大する。
昴ちゃんも愛さんも勝負には勝っていた。私にとっては不運が続く。しかし今の打球、京子ちゃんがグラブではなく素手で処理していたらアウトにできたのではないか。私の目にはミスを怖れて無難に熟したプレーのように映り、胸の奥に京子ちゃんへの小さな不満が芽生える。
けれども他人の所為にしたところで状況は変わらない。要は私が次の紗愛蘭ちゃんを抑えれば何も問題は無いのだ。
「よろしくお願いします」
紗愛蘭ちゃんが打席に入る。一球目、私たちは彼女の胸元を攻める。紗愛蘭ちゃんは一瞬打ちにいきかけるも、咄嗟に背中を反りながらバットを止めた。
「ボール」
二球目はアウトローへのストレートを投じる。紗愛蘭ちゃんは手を出さずに見送り、ストライクとなる。
紗愛蘭ちゃん相手にボール先行は避けたい。となると次の球で追い込んでしまいたいところだ。菜々花ちゃんの要求は低めのカーブ。一打席目と似た配球だが、苦手なところを徹底して攻められれば紗愛蘭ちゃんも嫌がるだろう。それに先ほどはこの球で凡退しているので、やり返そうと打ってくるかもしれない。
三球目、私はサインに沿ってカーブを投げる。こちらの予想通りと言うべきか、紗愛蘭ちゃんはバットを出してきた。だが芯で捉えることはできず、ボールは打席内でワンバウンドして打者の後ろに転がる。
こうなれば次に投げる球種は一つ。菜々花ちゃんもスライダーのサインを出してくれた。私は当然の如く一回で承諾し、一塁ランナーを目で牽制してから四球目を投げる。
投球は真ん中から内角低めに滑っていく。紗愛蘭ちゃんは腕を畳んだスイングで対応し、得意の流し打ちを披露する。
「ショート」
打球は球足の速いゴロとなって三遊間へ。しかし京子ちゃんの守備範囲内だった、彼女は丁寧に正面に回って処理しようとする。ピンチ脱出、……かと思われたが、再び災難が降りかかる。
「あっ!」
「え!?」
なんと京子ちゃんがトンネルしてしまったのだ。打球はそのまま左中間へと転がり、三塁ランナーの昴ちゃんがホームイン。更に一塁ランナーの愛さんは三塁へと進む。
「ええ……。まじか……」
カバーに回った三塁ベースの後方で、私は何とも言えない表情で項垂れる。思わぬ形で紅組に先制点を取られることとなった。
See you next base……
WORDFILE.7:紅白戦
紅白は日本における伝統的な対抗する配色として用いられるが、そのルーツは源平合戦が有力であるとされている。源氏が白旗を、平氏が紅旗を掲げて戦ったことで使われるようになった。
また紅白はハレを意味し、祝いの席の紅白幕や紅白餅など縁起物に使用される。これには赤が赤ちゃんと繋がって出生を意味し、白が死装束を連想させて死や別れを意味するところから人の一生を表すという説や、花嫁衣裳の色であるという説など様々なものがある。




