4th BASE
お読みいただきありがとうございます。
先日は『天気の子』を4DXで観てきました。
新海誠監督の特色が存分に表現されていて、個人的にはとても面白かったです。
あと4DXの演出でめちゃ濡れました(笑)
「じゃあ春歌ちゃん、適当にウォームアップしてから守備に入ろっか」
「はい。お願いします」
グラウンドでは未だにバッティング練習が続いていた。私たちは準備体操をした後、それぞれのグラブを左手に嵌め、グラウンドの脇でキャッチボールを始める。
「行きます」
最初は軽く投げていた春歌ちゃんだったが、塁間程度まで離れたところでギアチェンジ。腕を振って力強い球を放ってくる。
「ナイスボール」
綺麗な縦回転のかかった伸びのある投球が、何度も私のグラブに突き刺さる。間違いなく投手をやっている人間の球筋だ。これが野手の場合、捕球体勢や距離の違いで投げ方を常に変える習慣がついているため、回転軸が一定にならないことが多い。
「どう? 大分体は温まった?」
「はい。大丈夫です」
「よし。なら私と守備に入ってもらおっかな。投手をやらない時はどこ守ってたの?」
「基本的にライトですかね。一応外野は一通りできます」
「そかそか。じゃあライトで良いかな」
打者が交代するタイミングを見計らい、私と春歌ちゃんは一緒にライトのポジションに駆けていく。先ほどまでは紗愛蘭ちゃんが一人で守っていたみたいだ。
「お、真裕……と、新入生の子かな?」
「こんにちは。沓沢春歌です。これからこの野球部にお世話になりたいと思いますので、よろしくお願いします」
「はい、よろしく。私は踽々莉紗愛蘭。真裕とは同じクラスだよ」
「紗愛蘭ちゃんはうちの一番バッターなんだよ。この前の大会でもたくさんヒットを打って、大活躍だったんだ」
「止めてよ真裕。後輩の前だからってそんな無理に持ち上げなくて良いから。しかも別に大活躍なんてしてないよ」
紗愛蘭ちゃんはうっすらと頬を赤らめて首を振る。けれども春の大会では全ての試合で複数安打を記録し、打率は五割を悠に超えていた。紗愛蘭ちゃんとしてはもっと上を目指したいという思いもあるのだろうが、これを大活躍と言わずに何と表現し得ようか。
「ふふっ。何だかお二人、凄く仲良さそうですね。話してる雰囲気から伝わってきます」
「そうかな? えへへ、羨ましいでしょう」
春歌ちゃんの言葉に、私は思わず得意気な顔になる。
「はい。私もこういう人と出会えると良いなあ」
「春歌ちゃんなら大丈夫だよ。ね、紗愛蘭ちゃん」
「そうだね。頑張って」
「ありがとうございます、紗愛蘭先輩」
春歌ちゃんは深々とお辞儀をする。こういう姿を見るとつい一年前の自分と重ねたくなるが、ここまで礼儀正しくはなかった。それだけ春歌ちゃんがしっかりした子であるということだ。
「真裕たちはこのままライトにいる?」
「うん、そのつもりだよ」
「オッケー。じゃあ私はセンターに回るね」
「ありがとう」
紗愛蘭ちゃんがセンターに移動し、私と春歌ちゃんは二人でライトを守ることとなる。ホーム側では打者の準備が整い、バッティング練習が再開される。
「ライト!」
するといきなり打球が飛んできた。春歌ちゃんは飛球が上がったのと同時に一歩を踏み出し、素早く落下点に入る。
「オーライ」
力無く落ちてきたボールを、春歌ちゃんは難なくキャッチ。慣れたグラブ捌きをしており、安心して見ていられた。
「ナイスキャッチ」
「いえいえ、これくらいどうってことないですよ」
「ほう、期待させてくれるね。ところで春歌ちゃんはどうして野球をやってるの?」
「どうして? やっぱり単純に好きだからですね」
春歌ちゃんは穏やかに笑って答える。何の躊躇もなくこの回答ができるのは、心の底から野球が好きだからだろう。私と同じだ。
「小学校の時、親の影響で甲子園とかをよくテレビで見てたんです。それでいつしか自分も野球をやりたいと思うようになって、小学校に入るのと同時に始めました。どこにでもあるような何の変哲も無い動機ですね」
「なるほど。確かにあるあるな話だけど、それでここまで続けてるんだから立派だよ。私も小さい頃に世界大会で日本が優勝するところを見てて、自分もいつか日本代表になって、世界一になりたいって思ったことがきっかけなんだ」
「世界一ですか? それはまた大きな野望ですね」
驚いたように口を丸くする春歌ちゃん。私も自分で言って少し恥ずかしくなる。
「いや、まずは日本一にもなってないから言えって話なんだけどね」
「そんなことありませんよ。本気で世界一を目指すなんてとってもかっこいいじゃないですか。……それに、真裕先輩みたいな人なら誰も文……」
「ライトまた行った!」
春歌ちゃんが喋っている途中で、再びこちらに向かって飛球が上がる。今度は私の番。右中間方向に走りつつ、横向きの体勢で捕球する。
「ナイスプレーです。先輩は守備も上手なんですね」
「それほどでもないよ。それで何だっけ? 私がどうとか言いかけてた気がしたけど」
「へ? ……ああいえ、言い直すほどのことでもないですよ。気にしないでください」
「そう? ならまあ良っか。じゃあもう少し春歌ちゃんのことを聞かせてもらおうかな」
「はい。任せてください」
この後私はバッティング練習が終わるまでの間、春歌ちゃん自身について色々と教えてもらった。右投げではあるものの、打つ時は左打席に入る。投手をやり始めたのは小学三年生くらいからだそうだ。因みに野球とは関係ないが、好きな食べ物はハンバーグらしい。
「シートノック!」
「はい!」
バッティング練習の次はシートノックに移った。ただし春歌ちゃんには保険の関係で怪我をさせるわけにはいかないため、ベンチ前で見学してもらうこととなる。
「ピッチ、三塁間に合うよ!」
バントを想定した緩いゴロが私の目の前に転がってくる。シチュエーションはランナー一、二塁。ボールを掴んだ私は春歌ちゃんの指示に導かれるように、迷うことなく三塁へと送球する。ベースカバーに入っていた杏玖さんの胸にきっちりと投げられた。
「オッケー! ナイスピッチです!」
一つのプレーが起こる度に、春歌ちゃんの大きな声がグラウンドに響く。まさしく新入生という新鮮さに癒され、私は非常に爽やかな気分で取り組むことができた。
「ありがとうございました!」
シートノックも終わり、ダウンをしてから今日は解散となる。私は春歌ちゃんとグラウンドから引き揚げつつ、彼女に今日の感想を覗う。
「どう? 実際に練習に参加してみて」
「とても楽しかったです。益々入部するのがわくわくしてきました!」
「それなら良かった。まだ仮入部っていう形にはなるけど、今後もぜひ練習しにきてね」
「はい。もちろんそのつもりです!」
春歌ちゃんの目が眩く輝く。そんな風に言ってくれるなんて嬉しい限りだ。
「よし。では改めてこれからよろしくね、春歌ちゃん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
私と春歌ちゃんは笑顔を交わす。こんなに早く仲良くできそうな後輩と出会えるとは思ってなかった。これから春歌ちゃんと野球ができるということを考えると、楽しみで仕方が無い。
校庭の花壇には金色のプリムラが植えられており、静やかに花を咲かせている。二年生のスタートは、最高のものとなった。
See you next base……
WORDFILE.1:打率
打者がどれだけの確率でヒットを打っているかを示す指標。安打数÷打数(打席に立った数から犠打と四死球を除いた数)によって導き出される。
歩合(割・分・厘)で表示される場合が多く、百分率はほぼ用いない。基本的には算出された数値の小数第4位を四捨五入して第3位までの値を打率として適用する。
一般的に三割を記録していると一流選手の証となる。逆に言えば、どんな好打者でも約七割は失敗しているのである。