46th BASE
お読みいただきありがとうございます。
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ここ最近少し体調を崩しておりました。
とりあえずインフルエンザやコロナ肺炎とは関係無いようなので一安心です。
回復もしましたので、これからまた頑張っていきたいと思います。
午後八時過ぎ。家に帰った私は食事とお風呂を済ませた。そのまま自分の部屋に戻ろうと思っていたところ、ちょうどリビングでお兄ちゃんが夕飯を食べていた。
「あ、お兄ちゃん帰ってたんだ。おかえり」
「ただいま。お前は風呂入ってたのか?」
「うん。今出たとこ」
お兄ちゃんは丸皿に盛られたチキンのソテーを一切れ箸で取り、ご飯と共に口の中に入れる。これが今晩のメインディッシュだ。噛んだ時に溢れ出る肉汁とバジルソースとの相性が抜群で、先ほど私も美味しくいただいた。
「それ美味しいでしょ。バジルソース付けて食べるのがオススメだよ」
「お、マジか」
私は冷蔵庫からバジルソースを取り出し、お兄ちゃんに渡してから隣に腰掛ける。お兄ちゃんは早速ソースをチキンにかけると、美味しそうに頬張った。
「うん、美味いじゃん」
「でしょ」
大学の野球部に所属しているお兄ちゃんは、平日はいつもこれくらいの時間帯に帰宅する。最近はテスト週間が重なったこともあり、こうして面と向かって会話することは少なくなっていた。
「そういや最近の調子はどうだ? 夏大まであと二ヶ月くらいだろ」
「調子自体はぼちぼちかなあ。それ以外でちょっとややこしいことになってるけど」
「ややこしいこと? この前言ってた新入生と喧嘩でもしたのか?」
「え? どうして分かるの?」
春歌ちゃんのことについては、私が以前からお兄ちゃんに話をしていた。ただそれはまだ春歌ちゃんが試合で投げ始めた頃のこと。なのでもちろん、私のことが嫌いだと宣言された件は知らないはずだ。
「この時期に野球のこと以外で悩んでるって言えば、新入生に関する割合が高いからな。まあ俺もそういう経験が無かったわけではないし。それにお前んところは一年生とか関係無しに試合に出していくチームだから、色々と問題は起こりやすいだろ」
お兄ちゃんは箸を休めず、食べ続けながら話す。どのおかずも美味しそうに食べるので、その姿を見ているとさっき食事を終えたばかりなのにお腹が空いてくる。
「そういうもんなのかな。一応解決には向かってるんだけどね。けど最後の一押しをどうすれば良いのか、ちょっとよく分からないの。お兄ちゃんはさ、心を開いてくれない後輩にはどう接してきたの?」
「心を開いてくれない後輩か。野球やってるくせに、そういう奴って案外多いよな。そもそも俺がそんなタイプだったし」
「お兄ちゃんが?」
「ああ。大学でも高校でもあんまりすぐに周りと打ち解けられなかったな。何ていうか、呑まれたら駄目だって変に構えちゃうところがあるのかも。もちろん時間が経てばそんなこともなくなるんだけどな」
「へえ……。ちょっと意外だった。どうやって打ち解けたの?」
私がそう尋ねると、お兄ちゃんは食べる手を止め、頬を膨らませて難しい顔をしながら考える。時計の針が時を刻む音が、数秒間部屋に際立って鳴り響く。
「何だろうなあ……。自分がここにいて良いんだとか、自分の力が必要とされてるんだって気付かされたからかな?」
「はあ……。具体的には?」
「大学の時のことを例に挙げると分かりやすいかもな。俺の場合は一回辞めてから復帰したから、その時に本当に自分がこのチームで野球をやっていて良いか不安だったし、居場所を確保するためには結果を残さなきゃいけないっていう焦りもあったんだよ。そのせいで特に先輩たちとは距離ができちゃってたんだよな」
お兄ちゃんの話はそっくりそのままではないが、今の春歌ちゃんとも重なる部分がある。あの子も結果を残さないとチームにいられないという話をしていたし、そこが自分を見失っている要因なのは明白だ。
「けどそんな時に先輩から声を掛けてもらえたんだよ。お前は今のままで十分実力があるんだから、少しくらい結果が出なくたってそのスタイルを変えないでほしい、俺たちはそういうお前を受け入れたいし、見守っていきたいんだってな。その言葉を聞いた時、すっごく気持ちに余裕ができたんだよ。俺はこのチームでこのままやってて良いんだってな」
僅かに頬を赤くし、照れ臭そうにするお兄ちゃん。こうした表情をするのは珍しい。
「お前はその後輩にどうなってほしいと思ってるんだ? それをはっきりと伝えてやれば良いと思うぞ」
「そっか……。私は春歌ちゃんに自分の持ち味を大切にして、それを活かせるように皆と話し合いながらやってほしい。けど私は一回春歌ちゃんのことを否定しちゃったし、それなのにまた元に戻せって、凄く混乱させちゃってる。こんなんで良いのかな?」
私はお兄ちゃんから視線を外し、若干俯き加減になって自信無さげに言う。するとお兄ちゃんは、唐突に笑い始めた。
「ふふっ……。はははっ、面白いなあ」
「な、何おかしいの?」
「お前がそんなこと言うようになるなんて思いもしなくてな。そういうややこしい配慮はしない奴だと思ってた」
「失礼な。私だってちゃんと考えるんだよ」
あまりに酷い言われ様に、私はむっとした顔でお兄ちゃんをねめつける。
「悪い悪い。それだけ真裕も成長したってことだな。とりあえず自分の気持ちは言葉にしたんだろ? ならそれで良いじゃないか。その後輩が良くなるって本気で思ってるんだったら、お前の気持ちはきちんと伝わるよ」
「そうだと良いけど……」
「大丈夫だよ。駄目なら何度だって伝えれば良い。お前には人の心を動かす力があるんだから」
「それ監督にも言われたんだけど、どういうこと?」
私は眉を顰める。これに関してはいまいち理解できない。
「お前自身は分からなくても良いさ。とにかくお前は、お前の思ってることを後輩に伝え続けろ。そうすればきっと物事は良い方向に転がるさ」
お兄ちゃんは穏やかに白い歯を溢す。その笑顔はとても安心感があり、私は何故だか本当に大丈夫な気がしてきた。
「……分かったよ。お兄ちゃんを信じる」
「うむ。良い心掛けだ」
「話を聞いてくれてありがとう。じゃあ私は明日に備えて寝るね。お兄ちゃんも体に気を付けて、風邪を引かないように。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
私は席を立って自分の部屋に向かおうとする。兄妹の会話が終わった後の静けさが、やけに心地好かった。
See you next base……
PLAYERFILE.23:柳瀬飛翔(やなせ・かける)
学年:大学三年生
誕生日:11/9
投/打:左/左
守備位置:投手
身長/体重:182/82
好きな食べ物:アヒージョ、レアチーズケーキ




