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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第四章 嫌いです
42/223

41st BASE

お読みいただきありがとうございます。


メジャーリーグでサイン盗みが問題になっていますね。

ワールドチャンピオンになったチームがそうした行為をしているというのは非常に残念です。

どうにか撲滅してほしいものです。


 練習が始まり、アップとキャッチボールを終えてフリーバッティングに入る。その準備中、私はバックネット裏で腰掛けていた監督に呼ばれた。


「どうしましたか?」

「おお、悪いな。実は真裕に頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと?」

「ああ。春歌のことでなんだけどな」


 春歌ちゃんの名前を耳にした瞬間、胸に針で刺したような痛みが走る。しかし私はそれを表に出さず、平静を装って話の続きを聞く。


「まず聞きたいんだが、昨日の春歌の投球はお前にはどう映った?」

「昨日の春歌ちゃんか……。それはどういう点でですか?」

「全体的にだな。結果的にあいつはあれだけ点を取られたわけだが、夏大で投げられるようになるためには、勝てるピッチングができるようにためには何が必要だと思った? 率直な意見を教えてほしい」

「それは……」


 質問を受けて一番に浮かんだのは、春歌ちゃんのマウンド上での態度だった。もっと技術的な面を話すべきかとも思いつつも、私は私の感じたままに話してみる。


「足りないというよりも引っかかってることなんですけど、春歌ちゃんはちょっと我が強すぎる気がします。特にどうしてあれほど厳しい攻めをすることに拘るのかが不思議でなりません。ホームランを打たれた球だって、優築さんのサインを無視してインコースに投げたみたいですし」

「確かに俺もそこは気になった。昨日は優築が取り持ってくれたおかげで何とかなったが、あれが毎回続くようじゃ春歌自身だけでなくチームも崩壊しかねない。当然だがそれを放っておくわけにはいかない」

「ですよね……。あの性格を直してもらわないと、夏大はおろか次の練習試合でも投げさせるわけにはいきませんよね」

「いや、そんなことはないと思うぞ」

「え? 何故ですか?」


 私は首を傾げて尋ねる。監督は何か企んでいるのか、怪しげに口角を上げた。


「俺としては、春歌のあの性格は武器になると考えている。一年生なのにあれだけ打者に立ち向かっていける人間はそうはいないし、これからも投げさせていきたいと思わせる素質を持っている。だが今のあいつは自分の気持ちを制御できていない。一言で言うと暴走状態にあるって言い方が合ってるかもな。ま、若気の至りってやつだ。ははは」


 チームの浮沈にも関わる重要な話のはずなのに、監督からは緊張感がほとんど出ていない。どうしてこんなに悠長に構えていられるのだろうか。まあ考えても仕方が無い。もう大体言いたいことは分かった。


「ということは、その暴走状態が収まれば良いってことですか?」

「そういうことだ。投手として大成するのに、メンタルは最重要項目となる。春歌には強気という持ち味を上手に活用できるようになってもらいたい」

「そうですか。……で、その手助けを私にしてほしいってことですね?」

「お、察しが良いじゃないか。春歌がああなってしまったのにはきっとルーツがある。それを解明するためには、同じポジションの先輩であり、普段からよく会話しているお前が適任だと思ったんだ」

「それはそうですけど……」


 私は口を真一文字に結ぶ。監督の意見は至極全うだ。昨日のあの件があった中でこの依頼を引き受けるのは気が進まないが、春歌ちゃんが課題を乗り越えられれば私自身も楽になり、日本一の目標に近づける。となればやるしかない。


「どうだ? やってくれるか?」

「……分かりました。できるかは分からないですけど、善処してみます」

「それは良かった。大丈夫、お前ならできるさ。頼んだぞ」


 監督は愉快気に白い歯を溢し、私の肩を柔らかに叩く。何となく面倒事を丸投げされた感じが否めないが、監督もそれなりに意図があるのだろう。というかそう信じないとやっていられない。かくして私は、嫌われていると宣言されたばかりの春歌ちゃんの指導を請け負うこととなった。




 本日の練習が終了。解散の挨拶をした後、私は春歌ちゃんにアクションを仕掛ける。


「は、春歌ちゃん。ちょっと良いかな?」

「はい、何ですか?」


 春歌ちゃんは相変わらずの笑顔を作って返事をする。私の目を真っ直ぐに見て視線を全く外さない。私は喉の奥が詰まっていく感覚を覚えたが、何とか堪えて話を切り出す。


「あ、あのさ、春歌ちゃんのピッチングについて話し合いたいことがあるんだけど……」

「もしかしてアドバイスをいただけるってことですか? ぜひお願いします!」


 態とらしく掌を合わせ、嬉しそうな振りをする春歌ちゃん。このまま素直に話を聞いてくれれば良いが。


「じゃあ最初に昨日の投球を振り返ろうか。浜静を相手に先発してみてどうだった?」

「うーん……。やっぱり力の無さを実感しましたね。もっともっと努力して実力を付けていかないとと思いました」

「具体的に改善したいと感じた部分は?」

「具体的にですか? ……そうですね、私の場合球威が無いですから、そこを向上させていかないといけないと思います」


 春歌ちゃんは真面目な答えを返してくる。けれどもその口ぶりは、どこか本質をはぐらかしているようにも感じられる。


「なるほど。他にはある? 技術的なところじゃなくて、精神的な問題とか?」


 私はもう少し問い詰めてみる。すると突然、春歌ちゃんの眼差しが憐れみを帯び、その表情に冷ややかな笑みが浮かんだ。


「……何が言いたいんですか?」

「え?」


 二人の間に流れる空気が一瞬にして引き締まる。喉の奥だけでなく、胸の奥まで握りつぶされたかのように息苦しくなる。


「な、何が言いたいとは?」

「隠さなくたって良いですよ。ほんとはサイン通りに投げなかったこととか、何度もインコースに投げたがることについて触れたいんですよね?」

「そ、それは……」


 春歌ちゃんは私の考えを見透かしていた。私は何と返せば良いか分からず、唇を噛んで止まってしまう。


「打たれた原因はそこにあるということですかね? だから大人しく周りの人の指示に従えって言いたいんですか?」

「そ、そんなつもりはないよ。私はただ春歌ちゃんにもっと良くなってもらおうと思って言っているだけで……」


 私は咄嗟に弁解しようする。だが却って(やま)しくなってしまった。これでは春歌ちゃんも聞いてくれるわけがない。


「もう良いです。これ以上は話しても無駄だと思います。なので今日はもう帰りますね」


 春歌ちゃんは深々とお辞儀をして話を打ち切る。そして顔を上げた彼女は、最後にあることを私に告げる。


「昨日、真裕先輩のこと嫌いかもしれないですって言いましたけど、違いました」

「へ?」

「嫌いかもしれないじゃない。嫌いです」

「あ……」


 再び私の胸に重い痛みが発する。捨て台詞を吐き終えた春歌ちゃんは棒立ちになった私を置き去りにし、一人でそそくさとグラウンドを去っていった。


 ああ……、最悪だ。



See you next base……


★休日の練習


 亀ヶ崎の女子野球部は、休日は基本的に半日練習を行っている。これは他の部活動との共有スペースであるグラウンドを丸一日使用することが難しいという理由の他、監督の隆浯が短時間集中での練習の方が効果的だと考えているからである。ただしあくまでも部員の人数が少ないため短時間でも十分な練習ができるのであり、亀ヶ崎以上に大所帯のチームで上手くいくとは限らない。


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