37th BASE
お読みいただきありがとうございます。
今年は暖冬が続いていますね。
過ごしやすいと言えば過ごしやすいですが、正直反動が怖いです……。
(こんな展開になったのはウチの責任だ。せっかく一番に起用されたのにその役割も果たせてないし、ここで少しでも取り返しておかないと。このままじゃ昴に抜かれちゃう)
今日の自分の不甲斐なさに京子は危機感を募らせ、胸が圧迫されているような息苦しさを覚えていた。ゆりたちの作った良い流れに乗り、名誉挽回の活躍を見せたいところだ。
一球目、桜は内角にストレートを投じてくる。京子は引っ張って良い当たりを飛ばすも、一塁線からは僅かに外に出た。
(初球が真っ直ぐだったってことは、配球は変わってないってこと? でも流石に三巡目だし、変更してくるかと思うんだけど……)
二球目。これまで通りカーブが来た。少々甘めのコースだったが京子はタイミングを合わせられず、バットを振ることなく見逃す。球審の判定はストライク。京子は思わず顰め面を見せる。
(むう……。今の狙ってたら打てたかも。でもこれで今までと同じ配球を続けている可能性が高くなった。ここから粘って何とか持ち堪えるんだ)
三球目、桜の投じたシュートは真ん中低めから外角に向かって変化する。打つには厳しい球だったが、京子はカットして逃れた。
(やっぱりローテーションは崩してないことは確定と考えて良い。これだけ点差が離れてるから余裕があるのかも。でもそうだとしたらウチにも打つチャンスはある)
四球目は最初に戻ってストレートが来る。これはボール二つ分ほどアウトコースに外れ、京子はすんなりと見送る。続く五球目も低めへのボールとなった。
(次はシュートか。右打者にとっては厄介だけど、左打者のウチからすればそんなに苦になる変化球じゃない。もしも良い具合の高さに来たら、引きつけてショートの頭上を狙うイメージで打ち返す)
京子は若干右足を内側に絞って待ち構える。セットポジションに入った桜が二塁ランナーの動きを確認してから足を上げ、六球目を投じる。外角高めへのシュート。三球目よりも更に打者から離れるようにして曲がる。
(打てる? いや、これは遠すぎる)
バットを出しかけた京子だったが、外れていると判断して見極める。球審もボールを宣告。フルカウントまで盛り返した。
(よし。これで少しはウチの間合いに引き込めたかな。押し出しは避けたいだろうし、次は順当にストレートが来るはず。ストライクだったら思い切りひっぱたくぞ)
京子は一度打席の中で深呼吸し、肩の力を抜く。息苦しさは消えないが、無理にでも抑えこむしかない。
七球目、桜の右腕から放たれたボールはど真ん中のゾーンに沿って直進する。京子は当然の如くフルスイングで応戦した。
(おし、捉えた)
京子は確信を持ってフォロースルーを取る。しかし、彼女のバットから快音が聞こえることはなかった。
「え?」
打球はワンバウンドしてマウンドの正面に飛ぶ。桜は胸の前でキャッチすると落ち着いて本塁に送球。受け取ったキャッチャーの丸尾がベースを踏み、続けて一塁へと投じる。
「アウト。チェンジ」
俊足の京子を以ってしても敵わず、一塁塁審は右拳を突き上げる。亀ヶ崎にとっては最悪のダブルプレーとなってしまう。
「そんな、どうして……?」
京子は茫然自失として一塁を駆け抜ける。一体何が起こったというのか。京子の後ろを打つ洋子と紗愛蘭の二人は、その答えを仄かにだが察していた。
「洋子さん、今の落ちませんでした?」
「うん。バットに当たる寸前で微妙にね。京子は多分気付いてないと思うけど」
実は今の一球はストレートではなかった。桜はここまで隠していた新しい変化球を投じていたのだ。
「フォークですかね?」
「どうだろう? スプリットに近い気もするけど、一球だけじゃ何とも言えない」
一見したところほんの僅かに落ちる変化球のようだが、正確な球種は分からない。何にせよ京子はまんまと術中に嵌り、ゴロを打たされる形となってしまった。
「オッケー桜、良い感じだったよ。ナイスピッチ!」
「ありがとうございます!」
思惑通りにいったことが余程嬉しかったのか、桜は軽快な足取りでマウンドを降り、丸尾と笑顔でグラブを交わらせる。その一部始終を、洋子は守備の用意をしながら興味深そうに眺めていた。
(最初の打席の時点で三球種だけじゃないと睨んではいたけど、やっぱりその通りだったか。でもどうしてここで使ってきたんだろう。もう少し点差が詰まるまで取っておけば良かったのに。それとも敢えて見せたのか?)
洋子は浜静バッテリーの真意を推測してみる。彼女たちはこの一試合だけでなく、もっと先に待っているものを見据えているように感じられた。
(もしも敢えてここで見せたのだとしたら、それが夏大のためのものであることは言うまでもない。私たちは私たちが思っているよりもずっと、他のチームからマークされてるってことなのかも。とすれば今日のこの点差も偶然じゃない。この事実を重く受け止めておかないと、私たちは夏大でとんでもない目に遭う。戦いはもう始まっているんだ)
桜はこの回で降板した。最後の最後に謎を残したことで、洋子を始め亀ヶ崎ナインは不快感を抱いたまま試合を終えることとなる。そしてもし仮に両者が夏の大会で対戦することになった時、その不快感が迷いを生じさせ、少なからず心理的な面での影響を及ぼすことになるだろう。
もしかしたら桜たちはこれを狙っていたのかもしれない。夏の大会に向け、駆け引きは既に始まっているのだ。
「ありがとうございました!」
試合は七回裏に亀ヶ崎が二点を返すも、反撃はそこまで。三対九で浜静が勝利した。亀ヶ崎としては大差で敗れたという試合結果だけでなく、春歌に関してや桜の最後の一球についてなど、様々な課題に向き合わなければならなくなりそうだ。
昼休憩を挟んで二試合目が行われる。今度は亀ヶ崎が先攻。一回表の攻撃はランナーを出すことなく終わった。
一回裏、先発投手を務める真裕がマウンドに登る。この試合では菜々花とバッテリーを組むこととなっている。
(春歌ちゃん大丈夫かな? 休憩中は声を掛ける暇がなかったから心配だよ。終わったら色々と話してみなくちゃ。でもその前に、私は自分のピッチングに集中しないとね。一試合目であんな負け方をしている以上、ここで勝ってイーブンにしておきたい)
投球練習が終わり、一番打者が打席に入る。真裕はストレート二球でテンポ良く追い込む。
(真裕は今日も調子良さそうだね。あの子の本来のピッチングができれば、浜静だって普通に抑えられるはず。まずは挨拶代わりに、これで三振に仕留めよう)
(了解。菜々花ちゃん分かってるじゃん)
菜々花のサインを真裕は快く承諾する。三球目、彼女は早速ウイニングショットのスライダーを投じる。
「バッターアウト」
外角のストライクゾーンから切れ味良く曲がり、見事に空振りさせた。三振であっさりとワンナウト目を取る。
「ショート」
「オーライ」
ショートの正面に飛んだ平凡なゴロを、初スタメンの昴が難なく捌く。真裕は二番打者からも三振を奪った後、三番打者を直球で詰まらせてショートゴロに打ち取る。まるで赤子の手をひねるかのような圧巻のピッチング。初回を三者凡退で片付けた。
二回の攻防も両チーム無得点。三回表に移り、八番の昴が先頭打者として打席に入る。一試合目で京子の内容が良くなかっただけに、ここで彼女が結果を出せればレギュラー争いに本格的に食い込んでいけるだろう。
マウンド上に立っているのは二年生サウスポーの小杉。球種を散らしていた桜と異なり、ここまでは直球中心の配球が目立っている。
(前の打者を見ている限り、差し込まれての凡打が多くなってる。それだけ球の威力があるってことだ。非力な私が外野まで飛ばそうと思ったらフルスイングしていくしかない)
初球、小杉が真ん中低めにストレートを投げてくる。昴は力負けしないよう、全身の力を乗せてバットを強振する。
「ふん!」
勢いのないフライがマウンドの真上を通過していく。それでも飛んだコースが良く、打球は二遊間とセンターの中間点に落ちた。
「ボールをすぐ内野に返して! ランナー狙ってるよ」
一塁に到達した昴はすかさず二塁を覗うも、センターが適切な処理を行っていたため自重する。しかしこれで先日の試合から数えて二打席連続ヒット。どちらも決して良い当たりとは言えないものの、こうして結果が出たことはそれ相応に評価されるはずだ。
(球威に押されはしたけど、外野まで飛ばせたってことは負けなかったって証拠だ。積極的に行って良かった。私のスイングだって通用するんだ)
ほんの微かにだが、昴はこのヒットで自信を得た。野球において一つステージが上がる度に最初に当たるのが、基本的な球速と力の壁。それを昴は早々と乗り越えた。
「一二塁間抜けた!」
「回れ昴! 還ってこられるよ!」
「はい!」
その後昴は真裕の送りバントで二塁に進むと、次の一番の紗愛蘭のタイムリーでホームに還ってくる。昴の一打を皮切りに、亀ヶ崎は先制点を挙げた。
See you next base……
PLAYERFILE.22:江岬愛(えみさき・あい)
学年:高校三年生
誕生日:7/15
投/打:右/左
守備位置:二塁手
身長/体重:152/49
好きな食べ物:さくらんぼ




