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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第三章 先輩として
35/223

34th BASE

お読みいただきありがとうございます。


2020年の目標は不摂生な体を絞ることです!

あれ?

これ去年も言っていた気が……。


 春歌が大野への二球目を投じる。彼女の右腕から放たれた直球は再び大野の顔の近くを抉る。


「うお!?」


 大野は背中を仰け反らせて躱す。前の一球のこともあってそれなりの心構えができていたため、今回は大分余裕を持って避けられた。しかし危ない球であったことに変わりはない。これで優築は確信した。


(間違いない。手元が狂ったわけじゃなくて、春歌は意図してインコースに投げてるんだ)


 マウンドの春歌は大野に謝ることもせず、投げ終えた体勢のまま動かない。よく見ると目は爛々(らんらん)と光り、怒っているかのように呼吸を荒くしながら肩を上下させている。


(私にはこれしかないんですよ。力が無いから、こうやって相手に恐怖心を与えて、それを利用して抑えていくしかないんです。殺らなきゃ殺られるんです……)


 春歌は黙ってグラブを掲げ、優築からの返球を求める。日常生活で真裕といる時の穏やかさは微塵も無い。猛々しくも殺伐としており、狂気に囚われているのではないかとすら感じさせるほどの雰囲気を纏っていた。これには見守っていた真裕も言葉を失う。


(この局面で二球続けて優築さんがあのコースに投げさせるとは思えない。今のはきっと春歌ちゃんの意思であそこに投げたんだ。この前菜々花ちゃんと約束したばっかりのはずなのに、どうして……? それにあんな怖い顔の春歌ちゃん見たことない)

(あれが春歌の本性っていう訳ね。ずっと内角を攻めたがってるのは分かっていたけど、まさかここまで固執するとは。何が彼女をそうさせるの?)


 優築も表情には表さないが、春歌の異常とも言える行為に戸惑わずにはいられなかった。加えてカウントはツーボールノーストライク。大野を打ち取るプランも厳しくなる。


(春歌が何を考えているのかは今は置いておこう。こうなった以上、もう大野と勝負するのは得策じゃないし、春歌にも落ち着いてもらわなくちゃいけない。だから最初に決めていた通り歩かせる。春歌、お願いだから、貴方自身の為にも言うことを聞いて)


 三球目、優築は外のボールゾーンにミットを構える。満塁にしてでも五番を全力で抑えにいった方が良いと考えたのだ。だが彼女の願いは、虚しくも春歌には届かなかった。


(そこに構えたってことは、大野さんとの勝負は避けるってことですよね? ……もう良い。体裁なんて気にしてなんかいられない。私のスタイルでやったって、抑えれば誰も文句なんか言わないでしょ)


 もはやこのバッテリー間のサイン交換は何の効力も持っていない。春歌は粗雑に頷くと、間髪入れずに投球モーションを起こす。狙うは大野の膝元だ。


(私がこれまでやってきたことは、間違ってなんかいない!)


 春歌の投じた渾身のストレートが内角低めの厳しいコースを突き刺す。自分勝手以外の何物でもないが、何の迷いも無く投げているためボールに気持ちが乗っている。しかし大野も躊躇なくフルスイングしてきた。


(またインコースか。まあまあ威力はあるけど、これくらいなら打ち返せる)


 大野はバットの芯で完璧に捉え、仕上げに右手を押し込んで打球に力を加える。大飛球がレフトに上がった。


「あ……」


 春歌が咄嗟に振り返った先で、打球は失速することなく逢依の頭上を越えていく。逢依が必死に背走して追いかけるも意味無し。ボールはフェンスよりも奥に落下する。


「ホームラン!」

「おし!」


 二塁塁審は右手を大きく回して判定を下す。打った大野が小さなガッツポーズを作ってダイヤモンドを一周する一方、打たれた春歌は何かを悟ったような顔で打球が飛んだ先を見つめている。


(やられた……。優築さんのサインを無視してまで“私のピッチング”を貫いたくせに、結果はホームラン。結局私には力が無いんだ。これでまたあの頃に逆戻りか……)


 自らの無力さを痛感し、愕然とする春歌。暫くして被っていた帽子の鍔を深々と下ろして目元を隠すと、独りでにマウンドを降りようと歩き出す。


「待って春歌。何処へ行くつもり?」


 だがそこへ優築が制止を掛けた。彼女は既に新しいボールを持っており、春歌に投げようと右手を掲げている。


「え? だって私……」

「さっきも言ったと思うけど、まだ貴方は交代したわけじゃないの。どれだけ打たれたようが点を失おうが、監督が交代を告げない限りは投げ続けないといけないから」

「そ、それはそうですけど……」


 春歌は困惑しながらベンチを見やる。監督の隆浯は腕組みをして腰を下ろしており、動こうとする気配は無い。


「でしょ。ほら、マウンドに戻って」

「は、はい……」


 再びバッテリーの二人が顔を合わせると、優築は淡々とした物言いで春歌をマウンドへと帰す。特に怒ることもせず、普段と同じような平静さを保っている。その様子に春歌は若干背筋を凍らせつつも、ただただ言われた通りにするしかなかった。


(何で? 何で優築さんも監督も代えようとしないの? 何でそんなに飄々としていられるの? 私はサイン無視をした上にホームランを浴びたんだよ。そんな奴もう用無しじゃん。それなのに当たり前のように続投ってどういうこと? 理解できない)


 打席には五番の杉山が入っていた。優築はこれまでと変わらず、春歌の長所を活かすためのリードを考える。


(ストライクに来ればしっかり振ってくるとは思ったけど、まさかホームランにするとはびっくり。けど春歌にとっては良い勉強になったでしょう。これで自分の持ち味をしっかり見直してほしいところね)


 杉山への初球、優築はアウトコースの直球を要求する。春歌は訳が分からず混乱したままであったが、とりあえず頷いて投球モーションに入る。


(優築さん、まだサインをくれるのか。だけどもう私が使い物にならないって分かったでしょ。早く切り捨ててくれればいいのに)


 春歌が一球目を投じる。けれども彼女の気持ちが切れてしまっており、打ちやすいただの棒球になっている。もちろん杉山がこれを逃すはずがない。


「レフト!」


 杉山は快音を響かせ、左中間へと打球を運ぶ。ツーベースとなった。


「よろしくお願いします」


 続いては六番の藤木。彼女も初球を叩く。


「ライト!」


 打球は一二塁間を破ってライトに抜ける。杉山は三塁で止まった。四球を挟んだ四連打でツーアウトランナー一、三塁。春歌は四点を失った後も立て直しの兆しは見られず、この回だけで三度目のピンチを招いた。



See you next base……


PLAYERFILE.19:杉山聡美(すぎやま・さとみ)

学年:二年生

誕生日:12/15

投/打:右/右

守備位置:三塁手

身長/体重:159/55


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