32nd BASE
お読みいただきありがとうございます。
2019年最後の更新です!
今年もお付き合いしていただいた方も、今年からお付き合いしていただいた方も本当にありがとうございました。
2020年も良い年にしましょう!
五回表、二点リードの浜静の攻撃。ツーアウトランナー二塁のチャンスで、三回にタイムリーを放った穂波に打順が回る。
(この人にはさっきインコースを打たれてる。ここでそのリベンジをするんだ!)
春歌が鼻息荒く穂波と対峙する。片や優築はというと、穂波の二打席目をプレイバックし、入念に分析しながら攻め方を考えていた。
(前の打席で思い切り振られて捉えられてるし、もう安易に内角へは突っ込めない。今の春歌の球威じゃ、狙われたらほぼ確実に打たれる。まずは外角のカーブで様子を見つつストライクを取りたい)
(え? またカーブから入るの? いくら打たれたからって、ちょっと弱気すぎやしませんかね。強気で行くスタンスは継続するはずじゃないんですか?)
穂波への一球目、春歌はいきなりサインを嫌う。優築の慎重な姿勢が、彼女の目には弱気に映ったようだ。
(カーブは駄目なのね。ならこれでどう?)
(外角のツーシーム? まあまだ初球だし、これで妥協しておこう)
サインが決まり、春歌が投球動作を起こす。アウトローへのツーシームがストライクとなる。穂波は打ちにいこうとテイクバックを取っていたものの、バットを振るまでには至らなかった。
二球目はカットボール。外角からボールゾーンに外し、空振りを誘う。しかし穂波は見向きもしない。
(見極められたか。でもここまでは予定通り。さっき打った感触が残っているのか、引っ張りたがっている気配は感じる。だからきっとアウトコースに手を出さないんだ)
マスクの中で目だけを動かし、優築は穂波の立ち姿を一見する。投球に合わせてタイミングを取る際、前の二打席と比べて重心がやや踵寄りになっていることに気付いていた。
(次でストライクを取って有利に進めたい。何を投げさせるべきだろうか。速い球の後だから抜いた球を使いたいけど、カーブは一球目の時に却下されてる。チェンジアップで行ってみるか)
優築としては緩い球でカウントを稼ぎたいようだ。だが、今の春歌がそれを受け入れられるはずがない。
(チェンジアップ……。どうしてもっと攻めさせてくれないんですか? 私が打たれてるからですか?)
春歌は間髪入れずに首を振る。先輩相手にも関わらず、気持ちの面では優築に対して強硬的になりかけていた。
(打たれるのが怖くて逃げてたら勝負になりませんよ。インコース行かせてください!)
(チェンジアップでも駄目だったか。何となく雰囲気から力で押し込みたいという思いは伝わってくる。前の打席でやられてるからやり返したいのは分かるけど、明らかに打者が狙っていて、しかも打たれる可能性が高い状況で乗っかっても良いものなのか……)
優築はすぐに次のサインを出さず、暫し悩む。春歌の投げたい通りに投げさせたい思いと、そうすることが正しいとは思えない自身の考えの間で揺れていた。
(……これはあくまでも練習試合。だから春歌の今後に繋がる選択をするべき。となれば彼女のやりたいようにやらせてみて、打たれて勉強してもらった方が良いのかも)
親心故に、優築は春歌に険しい道を歩ませたかった。彼女は直球を要求すると、穂波の膝元にミットを構える。マウンドの上ではそれに呼応するように春歌の咽頭が微かに動き、その後口元がうっすらと白く光った。
(へへへ、そうこなくっちゃ。ストライクだったら多分打ってくる。返り討ちにするぞ)
春歌がセットポジションに入る。そうして少し気合を込める時間を作ってから、穂波への三球目を投じる。
(振ってこい! そしてどん詰まれ!)
内角低めのストレート。しっかりと指先に弾かれて綺麗なスピンが掛かり、キレも出ている。ただし穂波もこの球を待っていた。彼女は二打席目と同じくフルスイングでバットを出し、快音を鳴らして打ち返す。
「レフト!」
打球はレフトの左に飛んだ。逢依が懸命に追いかけるも、その手前でワンバウンド。ツーアウトでスタートを切っていた丸尾は、迷いなく三塁を蹴って本塁に向かう。
「こっちは間に合わない! 中継で止めて」
ボールはショートの京子に返ってきただけ。丸尾が手を叩きながらホームインし、浜静が三点目を挙げる。
「そんな……」
バックホームに備えてカバーに回っていた春歌は、目の前で丸尾が生還した瞬間、膝に手を付いて項垂れる。借りを返そうと息込んで投げた一球だったが、ものの見事に弾き返されてしまった。
「春歌、切り替えて。まだ貴方のピッチングは終わってない。これくらいでへこたれてちゃ、投手なんて務まらないよ」
「は、はい……」
優築に促され、春歌はマウンドへと戻っていく。まだ彼女は交代を告げられたわけではない。だから下を向かず投げ続けなければならない。しかし自信のある球を同じ相手に二度打たれるというのは、投手にとっては屈辱以外の何物でもない。無論、春歌も相当なショックを受けていた。
(また打たれた……。どうして? 何で? 私のピッチングは通じないってことなの?)
打席では三番の花輪がバットを構えていた。優築は空気を落ち着かせるため、初球はカーブから入ろうとする。ところが春歌はそれを見ようともせず、自問自答を繰り返すばかり。我を失って完全に周りが見えなくなってしまっていた。
(そんなことない。今は偶々打たれてるだけだ。もしもそうじゃないのなら、私はまたあの惨めな頃に戻っちゃう。そんなの嫌だ!)
春歌が一球目を投げる。投球はインハイに向かって真っ直ぐ進む。そう、“真っ直ぐ”進んでいったのだ。
「え?」
カーブが来ると思っていた優築が慌ててミットを動かすも、追い付くことはできない。ボールはそのままバックネットまで抜けていく。一塁ランナーの穂波は労せずに二塁へと進塁し、ワイルドピッチが記録される。
「あ……」
投げ終えた後に自らの過ちに気付いた春歌は、マウンド上で口を開いたまま呆然とする。ボールを拾った優築は直ちにタイムを掛けて駆け寄り、柔和な口調で確認を取る。
「大丈夫? カーブのサイン出したんだけど、ちゃんと見えてなかった?」
「すみません……。うっかりしてました」
「そっか。打たれて動揺するのは分かるけど、できることはきっちりやりましょう。打たれるのは仕方ない。こっちもそんなに簡単に抑えられるとは思ってないし、きっとこれからもこういうことはある。一つ一つ経験にして成長していけば良いから」
優築は穏やかに笑って春歌を励ます。だがこの言葉掛けが、春歌の弱っていた胸に痛々しく突き刺さった。
「……どうしたの?」
春歌はすぐに応答できず沈黙していた。暫くして優築が改めて尋ねると、咄嗟に歪な笑みを浮かべて返事をする。
「い、いえ、分かりました。頑張ります」
「そう? じゃあまずは今の打者を抑えて、この回を投げ切りましょう」
バッテリーの話し合いが終わり、タイムが解ける。だがプレーが再開されても、春歌の脳内では優築に掛けられた言葉が巡り続けていた。
See you next base……
PLAYERFILE.17:穂波丹美(ほなみ・たみ)
学年:一年生
誕生日:6/18
投/打:右/右
守備位置:二塁手
身長/体重:150/46




