30th BASE
お読みいただきありがとうございます。
先日の日曜日はM-1グランプリでしたね。
ミルクボーイさん優勝おめでとうございます!
正直開催前は全く注目していませんでしたが、ネタがとにかく面白く、テレビの前で爆笑してしまいました。
去年の霜降り明星さん同様、これからが楽しみな芸人さんが一人増えました。
「あ……」
平凡なゴロがセカンドの正面に転がる。京子は全力疾走するも、一塁は悠々アウトだ。
(しまった……。絶対に出塁しなきゃいけなかったのに……)
一塁を駆け抜けた先で俯き、京子は意気消沈してベンチへと帰っていく。結果的にこの打席も、自分の役割を果たせないまま凡打に終わる。
「京子ちゃんドンマイ! まだまだ挽回するチャンスはあるから、前を向いていこう」
「う、うん……」
ベンチに帰ってきた京子を真裕が優しく励ます。だが京子は顔を上げることなく、脱いだヘルメットを手に持ったまま悄然としてベンチに腰を下ろした。
「ストライク」
打席には二番の洋子が入っていた。一球目は外角のストレートが決まり、まずストライクが一つ先行する。
(球種のローテーションは未だに継続してるみたいね。こっちが全く打ててないんだし、変える必要も無いってことか)
二球目はカーブ。低めへのワンバウンド投球となり、洋子は冷静に見極める。
(次はおそらくシュート。分かってる以上は狙い打ちしたいけど、内角のシュートは引っ張り込んでもファールにしかならないし、フォームを崩す可能性が高い。ここはストライクでも我慢だ)
三球目。これまでと同じく桜はインローにシュートを投げてきた。洋子は打つ素振りだけを見せてスイングはせず、ツーストライク目を取られる。
(追い込まれたけど迷うな。真っ直ぐ一本に絞って振り抜く)
洋子は小さく息を吐き、落ち着いて次の投球を待つ。サインに頷いた桜が四球目を投じる。外角高めへの直球。洋子は素直にバットを出して右に流し打つ。
「ファースト!」
打球は一二塁間へ。ファーストの大野が伸ばしたグラブを避け、ライトに抜ける。
「おー、やった!」
ベンチの選手が喜びの声を上げる中、洋子は一塁をオーバーランして止まる。亀ヶ崎にようやく初めてのランナーが出た。
(まずは一本打てた。これで配球が変わるかもしれないし、勝負はここからだ)
この一打が反撃の狼煙となるか。洋子はベース上でバッティンググラブを外すと、僅かに目元を引き締めて本塁を見る。その先では三番の紗愛蘭が打席でバットを構えていた。
(洋子さん流石です。私も続きます)
初球は低めのストレート。微妙なコースだったが、ボールの判定が下される。
(私が三番に起用された理由はきっと二つある。一つは左右の並びのバランスを整えるため。これまでは私、京子、愛さんの左打者が三人連続で並んでいた。今日の打順はそれが解消されて、良い感じに右打者と噛み合わせられてる)
桜が二球目を投げる。若干高めに浮いたカーブ。紗愛蘭は十分に引きつけてからスイングし、打ちに出る。
(そしてもう一つは、私がランナーを進める、若しくは還す役目を担うためだ!)
紗愛蘭のバットが快い金属音を奏でる。打球はセカンドの頭上を越え、センターの右に落ちた。
「洋子さん三塁来れる!」
ランナーコーチに導かれ、洋子は二塁を回った。外野からの送球は内野に戻されるのみで、彼女は楽々三塁を陥れる。
紗愛蘭の方は一塁でストップ。初ヒットに続いて連打が生まれ、ワンナウトランナー一、三塁と亀ヶ崎にチャンスが到来する。
「よろしくお願いします」
ここで打順が回ってきたのは四番の珠音。上位二人が溜めたランナーを中軸が還し、同点まで追い付きたいところだ。
浜静の内野陣は前進せず、ダブルプレーを狙う。二点のリードをしている余裕が覗える守備隊形だ。珠音はそれを確認してから打席に立った。
(相手からすればピンチにはなったけど、一点は許しても良い場面。だから配球も変えてこないかも。まあどちらにせよ、初球はストレートに張っておくのが無難かな)
一球目。桜は直球を投じてきた。しかし高めに大きく外れる。
(ボールにはなったものの、真っ直ぐで入ってくるのは今までと一緒か。ということは次はカーブかな。打てるコースなら打つ)
二球目。やはりカーブが来る。ところがこれも高めのボールゾーンに抜けた。
(ストライクが入らないままボールが二球続いた。それでもシュートを投げてくるか?)
珠音の中に若干の迷いが生じる傍ら、桜が三球目を投げる。球種はシュート。さっきの洋子に投じた時よりも更に内角を抉る。珠音はほんの少しだけ足を引いて見送った。
「ボールスリー」
これでスリーボールノーストライク。このカウントになるのはこの試合初めてだ。
四球目はアウトローへのストレート。珠音はバットを動かしかけたが、際どいコースに来ていたため打つことはしない。ひとまずストライクが一つ入った。
(うーん……。ストライクを入れてくると思ったから打ちたかったなあ……。まあ仕方ない、切り替えていこう。問題は次の一球。歩かせたくはないと思うけど、やっぱりカーブを投げてくるんだろうな。タイミングは大体把握できてる。あとは軌道に沿って合わせられれば良い当たりが打てるはず)
五球目。桜は紗愛蘭に目を配ってから投球モーションに入る。彼女の腕から放たれたカーブが、真ん中からアウトコースへ逃げるようにして進む。珠音はそれをバットの芯で捕まえ、体全体を使って押し込んだ。
一塁線に痛烈なライナーが飛ぶ。抜ければ長打。二人のランナーは還ってこられるのか。
「そうはさせない!」
ところが一人の選手が打球の行く手を阻んだ。ファーストの大野である。牽制に備えベースの近くを守っていた彼女は、片膝を付きながら打球をキャッチ。そうして素早く振り返り、帰塁しようと腕を伸ばして滑り込んできた紗愛蘭の背中にタッチする。
「アウト。チェンジ!」
「ああ……」
珠音は打ち終わった体勢のまま、口をあんぐりと開いたまま立ち止まる。ランナーの紗愛蘭はすぐ起き上がることができず、悔しそうに地面を叩いた。
「くそ……」
不運なダブルプレーでまさかの無得点。〇対二からスコアが動くことなく、亀ヶ崎の絶好のチャンスは潰える。ベンチからも大きな吐息が漏れた。
「ほらほら皆、残念がってなんかいられないよ! 得点まであと一歩だったんだし、守りからリズムを作って攻撃に繋げよう!」
「は、はい」
杏玖に鼓舞され、亀ヶ崎ナインは沈みそうな心を持ち上げて守備に就く。流れを持ってこられそうで持ってこられないもどかしい展開が続くが、逆転するためには何とか耐えていかなければならない。
試合は折り返し地点を過ぎた。
See you next base……
★一、三塁での守備
ランナー一、三塁の状況は、守備側にとって一番守り辛いシチュエーションと言われている。スクイズやエンドランなどの通常の作戦だけでなく、ダブルスチールのようなイレギュラーな作戦も数多く起こり得ることに加え、フォーメーションも複雑だからである。
ダブルプレーを狙うのか、ホームでアウトを取りにいくのか、試合展開や相手打者に応じて変わる。場合によっては二遊間だけが後ろに下がったり、併殺も本塁封殺も両方を視野に入れた中間守備を敷いたりもする。ただ中間守備の場合は個々人の瞬時の判断でプレーを選択しなければならないので、それぞれの息が合わないとミスや余計に失点に繋がるリスクが高い。そのため日頃から練習を積み、どれだけ連携を深められるかが肝になる。




