27th BASE
お読みいただきありがとうございます。
年末になって忘年会等が重なっているせいか、ここ数週間で食べる量が一気に増えている気がします。
太らないように気を付けなければと、最近は自分を戒め続けております(苦笑)
紗愛蘭の華麗な流し打ち。初ヒットが飛び出すか。
「サード!」
「抜けろ!」
桜と紗愛蘭が打球の行方を覗う。だが彼らがそれを目で捉えるよりも前に、白球はサードのグラブに収まっていた。
「アウト。チェンジ」
「ふう。危ねー」
桜が安堵の息を吐きながらマウンドを降りていく。浜静バッテリーの組み立てを読み解き、安打性の当たりを二本飛ばした亀ヶ崎だったが、結局三人で攻撃が終わった。
攻守が入れ替わり、春歌が二イニング目の投球に入る。対峙するのは四番の大野。主将も務める浜静の大黒柱である。
「よろしくお願いします」
大野が右打席に立つ。花輪の醸していた華美な雰囲気とは対照的に、如何にも質実剛健という言葉が似合いそうな佇まいでバットを構える。そんな彼女が纏うオーラは、春歌にも伝わっていた。
(あの人が四番か。静かだけど顔つきから闘争心が感じられる。そういう人の方が投げがいがあるよ)
(素振りではかなり良いスイングを見せていた。飾りのキャプテンでも四番でもないだろうし、早いうちに特徴を掴んでおきたい)
一球目。優築は春歌にインコースのツーシームを投げさせる。大野は若干の反応を見せるもバットは振らない。内に外れていったところをきっちり見極めてきた。
(厳しいコースだったというのもあるけど、内角のボール球に食いついてこなかった。強引なバッティングはしてこなさそうね。ならタイミングを外してストライクを取ろう)
二球目。バッテリーは低めのカーブを選択。大野は打ち返したが、バットの出がやや早かった。打球は三塁側ファールゾーンのネットに当たる。
(今のがああいった打球になるってことは、速い球を基準にしつつもストライクなら手を出していくって考えなのか? だったら今度はこっちで行ってみるか)
優築はチェンジアップのサインを出す。春歌はすんなり了承し、三球目を投じる。投球自体は僅かに高めに浮くも、チェンジアップ特有のブレーキが効いており、スイングしていった大野は空振りを喫した。
(これにもタイミングは合っていなかった。抜いた変化球が苦手ってこともあるのかも。だったらしつこく攻めてみようか)
四球目、優築はカーブを使って大野の対応力を見定めようとする。ところが、春歌はこれを嫌がる。
(またカーブか。せっかくの四番との対決なんだから、私は内角に行きたいです)
(ん? 緩い球は続けたくないのか。なら外れても良いから、インローに真っ直ぐを投げてきて)
(お、やった。分かりました)
春歌は快く頷く。それから直前までよりも微かに肩を張らせつつモーションを起こし、大野の膝元に狙いを付けて右腕を振る。彼女が投げたがっていたインコースのストレート。これを大野はシャープなスイングで引っ張り、ショートの頭上へと弾き返した。
「ショ、ショート!」
「く……」
京子が腕を伸ばしてジャンプするも届かず。打球は彼女の後方で弾んで左中間を転がっていく。洋子が回り込んで追い付いたが、その間に大野は二塁まで進んだ。
これでノーアウトランナー二塁。浜静に先制点のチャンスが巡ってきた。優築は一旦マウンドへと駆け寄り、打たれた春歌が動揺しないように一呼吸置く。
「すみません。甘く入っちゃいました」
「いや、良い球だった。打者の実力が勝っただけの話よ。一点は取られても構わないから、それ以上与えないようにしましょう」
「はい……」
謝る春歌を宥め、優築は冷静に状況整理をしてからマウンドを去る。一人になった春歌は、手に取ったロジンバックを地面に叩きつけて怒気をぶつけながらも、気持ちを切り替えて次打者に臨む。
(四番が相手なんだから、当てるのを覚悟でもっと厳格に攻めなきゃいけなかった。次の打席でリベンジしてやる。そのためにはひとまずここを切り抜けないと)
続く五番の杉山が送りバントを決め、大野が三塁へと進塁する。これで浜静は外野フライや内野ゴロでも得点できる可能性を作り出した。迎える打者は六番の藤木。彼女はベンチの指示を確認した後、左打席に入る。
亀ヶ崎は二遊間を後ろに残したシフトを敷く。もしもそちらに打たれたら一点は諦めようという体勢だ。優築はそのことを踏まえて藤木へのリードを考える。
(ここはゴロを打たせて確実にアウトにすることが優先。ただしスクイズや他の作戦を簡単に成功させて勢い付かせるわけにもいかない。となれば早めにカウントを整えることが重要ね)
初球は外角低めのストレート。藤木は強振していったが、春歌の絶妙なコントロールで空振りを奪う。
(めちゃめちゃ思い切り振ってくるじゃん。ホームランでも狙ってるの? けどその方がやりやすいかも)
投げ終わった春歌はしめしめと小さく口元を緩ませる。一方の優築は淡々とした表情を崩さず、藤木の出方を分析する。
(態とらしいくらいに大きなスイングだった。何となくスクイズのカモフラージュのような気もする。次は念のためバントしにくいよう、カットボールで内角を突いてみるか)
(インコースのカットボールか……。良いですね。空振りさせてやりますよ)
春歌が二球目を投じる。藤木はここもフルスイングしてきた。しかし鋭く横に曲がる変化に付いていけず、バットが空を切る。思惑通り早めに追い込むことができ、亀ヶ崎バッテリーが有利に事を進める。
(これで向こうも動きづらくなったでしょう。ツーストライクってことでバッティングを変えてくるかもしれないけど、ひとまずはここまでの流れに沿って落ちる球で三振を狙いにいきたい。少々甘くなっても良いから、しっかりと勢いを付けることを意識して)
優築はチェンジアップのサインを要求し、春歌に腕を振れと合図する。春歌はそれを応諾すると、素早くボールの握りを変えてセットポジションに入る。
(チェンジアップは躱す姿勢が顕著に表れるからあんまり好きじゃないけど、ストレートと同じ感覚で投げられるから便利なんだよね。まあ一球インコース挟んでるし、これも私のスタイルと言えばそうなのかも)
春歌が三球目を投げる。この一球で三振に仕留められるか。だが春歌の腕から白球が放たれた瞬間、なんと藤木はバントの構えをしてきた。
「え?」
バッテリーだけでなく、サードの杏玖やファーストの珠音も意表を突かれて一瞬体の動きが止まる。そんな中、藤木はチェンジアップの落ち目を丁寧に見極め、一塁ベースとマウンドの中間に強めのゴロを転がす。同時にランナーの大野もスタートを切った。
「ピッチャー!」
春歌は慌ててボールを掴むも、捕球体勢が悪くホームに投げるのがワンテンポ遅れる。送球が優築に届く頃には既に大野が滑り込んでおり、タッチする間もなくセーフとなった。ただしその後は優築が素早く次のプレーを遂行。一塁ではアウトを取った。
「おっしゃ! ナイス藤木! バント名人ここにありだな」
「はい。ありがとうございます」
生還した大野がベンチの仲間と喜びを分かち合い、戻ってきた藤木とハイタッチを交わす。ノーボールツーストライクという圧倒的な不利なカウントにも関わらず、藤木は素晴らしいスクイズを決めてみせた。
See you next base……
PLAYERFILE.14:大野めぐみ(おおの・めぐみ)
学年:二年生
誕生日:11/16
投/打:右/右
守備位置:一塁手
身長/体重:160/56




