26th BASE
お読みいただきありがとうございます。
毎年家族で年賀状を作っているのですが、そこに打ち込む一年の抱負を考えるのに毎回四苦八苦しております。
今年も三日ほどかけて何とか絞り出しました!(大嘘)
「どんまい京子。最後の球はシュート?」
「そうだと思います。手元できゅっと曲がってくるイメージです。……何もできずにすみません」
「そんなに落ち込むな。とりあえずそういう球があるって分かっただけでも十分だよ」
そう京子を慰めるのは、二番を打つ洋子だ。彼女はネクストバッターズサークルから出ると、小走りで右打席に入っていく。
(確かに三球であっけなく終わってしまっては、一番打者としてお粗末かもしれない。でも京子は初めて一番を打つわけだし、上手くいかなくて当たり前。その分を私がカバーすれば良いんだ)
三年生で副主将でもある洋子は、昨年の夏の代変わりに合わせてセンターのポジションに定着した。彼女はそれ以前もライトのレギュラーを張っていたが、夏の大会の直前に紗愛蘭との争いに敗れ、惜しくもリサーブに回ることとなった。
だがその悔しさを糧にこの半年間で大幅にレベルアップ。外野守備ではチーム一の技量を身に付けた。打撃面ではバントや右打ちなどの小技を卒なく熟せるだけでなく、欲しいところで安打を放てる勝負強さを有し、打線の潤滑油的な存在としてレギュラーの地位を確固たるものとしている。
(京子の打席で確認できた球種は、真っ直ぐとカーブ、それと最後のシュートらしき変化球。直球のスピードはさほど速くはなかったように見えた。ということは緩急を使ってカウントを整えながら、最後は決め球で仕留めるってタイプなのか?)
洋子は構えを作ってマウンド方向に目をやる。見据える先に立っているのは先発投手の桜。サイドスローとスリークオーターの中間から肘を出してくるフォームが特徴的な、この春入学したての一年生右腕だ。
桜が洋子に対しての一球目を投じる。ストレートが外角に外れた。打ちにいく振りを見せながら見送った洋子は、ネクストバッターズサークルから見ていた時の感覚と球筋を照らし合わせてみる。
(やっぱり球速はそこまで感じられない。ということはストレートを連投するよりも他の球種を織り交ぜてくるはず)
二球目。桜はカーブを投げてきた。こちらは低めに決まってストライクとなる。洋子はまたもや手を出さなかった。
(カーブだったか。ここまでは京子と同じ組み立てだね。追い込んではいないし、きっと次でシュートは無い。ストレートに戻るか、それともカーブ以外の変化球を持っているのか。この一球は要注目だ)
三球目。この一球は浜静バッテリーの配球の指標になり得る。桜が投じてきたのは、インコースへのシュートだった。直球のつもりでスイングしていった洋子だが、変化に気付いて早急に手首を引き戻してバットを止める。
「振ってる!」
「スイング」
しかし一塁塁審にハーフスイングを取られてしまった。カウントはワンボールツーストライク。二番打者としてはここからどれだけ粘っていけるかが重要になる。
(何とか誤魔化したつもりだったけど、しっかり見られてたか。それにしてもシュートで来るとは。京子とまんま一緒じゃない。でもこれで、少なくともシュートの他にウイニングショットを持ってる可能性が高くなった。どうにかこの打席でそれを投げさせたいな)
四球目。アウトコースにストレートが来た。ただこれは明らかに外れており、洋子は難なく見送る。浜静バッテリーも端からストライクに入れるつもりはなかったみたいだ。
(真っ直ぐを見せ球に使ってきたか。まさか次はカーブじゃないよな?)
洋子が懐疑心を抱く中、桜が五球目を投じる。投球は一度浮き上がった後に低めに向かって沈み出す。“まさか”のカーブだ。
(え? まじか)
呆気に取られながらもバットを出して打ち返す洋子。打球はライトのファールゾーンへと切れていった。
(おいおい、いくら緩急を付けたいからって、そんな単純な攻め方するのか? 法則に従えば次はシュート。球数は要したくないだろうし、さっきよりも内に厳しく来るかも)
バッテリーがサイン交換を済ませ、桜から六球目が投じられる。内角へのシュート。洋子の予期した通り、三球目よりも打者の体に近いところを抉ってきた。
(我慢しろ。そこはボ―ルだ)
洋子は左肘を引き、反射でバットを振ってしまわぬように堪える。
「ボ―ルスリー」
これでフルカウントまで来た。バッテリーも四球は避けたいところ。ストライクゾーンで勝負してくることが考えられる。
(順番云々は関係無く、ここは直球でストライクを入れてくるでしょう。結局他の球種は見られなかったけど、相手の出方を覗えただけでも良しとしよう。せっかくだからヒットを打ってクリーンナップに回したい)
七球目。果たして桜はストレートを投げ込んできた。低めこそ突いているが、コースは真ん中やや外寄りと甘い。洋子はコンパクトなバットを振り抜き、快音を響かせた。
低いライナーが三遊間に飛ぶ。そのままレフトの前に抜けるか。
「オーライ!」
と思いきや、ショートが華麗に宙を舞い、ノーバウンドで打球をキャッチする。守っていたのは花輪だ。
「おお! ナイス花輪!」
「ふふっ、これくらい朝飯前だよ」
着地した花輪は何事も無かったかのように桜にボールを返す。洋子のバッティングも見事だったが、花輪の守備がそれを上回った。
(良い感じに打てたんだけどな。こればっかりは仕方が無い。とりあえず、京子の分は取り返せたかな)
打球が花輪に捕られた瞬間、洋子は悔しそうに奥歯を噛んだ。だがすぐに表情を元に戻してベンチを帰っていく。投げさせた球数は七球。まずまず粘れたというところだろう。
「よろしくお願いします」
続く打者は紗愛蘭。普段は一番を務める彼女だが、今日は三番に名を連ねた。そのためいつもとは違い、多少なりとも相手投手の前情報を得た状態で打席に立つことになる。
(京子にも洋子さんにも、三つの球種をローテーションで使い回してた。あれは何かしら意味があるものなのかな? まあまずは私にも一緒のことをしてくるか確かめないと)
一球目。桜はストレートを投げてきた。京子や洋子への入り方と同じだ。
「ストライク」
外角の際どいコースに決まった。紗愛蘭はタイミングを合わせつつもバットは振らない。
(一応初球は直球で入ってきた。だとすると二球目はカーブで来ることになるけど……)
マウンドの桜が次の投球に移る。やはりと言うべきかよもやと言うべきか、投じられてきたのはカーブだった。紗愛蘭は打ち返すつもりで踏み込んでいったが、低いと判断して見送る。球審の判定もボールだ。
(これは流石に偶然じゃないよね。間違いなく意図的にやってる。なら次の一球はシュート。ストライクなら強く叩く)
紗愛蘭は少しだけ握っていたバットのグリップを絞る。一方の桜はゆっくりと足を上げ、三球目を投げた。
投球は真ん中から外に曲がっていく。もう言うまでもない。シュートだ。
(逃げていく球だけどバットは届く。打っていけ!)
紗愛蘭はボールの軌道に逆らわずバットを出し、芯で捉える。鮮やかな流し打ち。ヒットになるか。
See you next base……
PLAYERFILE.13:増川洋子(ますかわ・ようこ)
学年:三年生
誕生日:1/31
投/打:右/右
守備位置:中堅手
身長/体重:157/52
好きな食べ物:明太子




