24th BASE
お読みいただきありがとうございます。
今週は温泉旅行に赴いてほっと一息ついてまいりました。
やっぱり冬は温泉ですね。
身も心も癒されました。
五月三日。ゴールデンウィークも半ばを通り過ぎた。今年は十連休ということで、真裕たち女子野球部の皆もそろそろ休みにも飽きてきた頃だろう。……そんなわけないか。
「よろしくお願いします!」
亀ヶ崎高校のグラウンドに、浜静高校の女子野球部が姿を現す。キャッチボールをしていた真裕たちは一旦手を止め、杏玖の声に続いて挨拶を返す。
「気を付け。よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
一年生から三年生まで合わせて三〇名近くいる亀ヶ崎に対し、浜静の部員はその半分の十二名。二年生が五名、一年生が七名というメンバー構成になっている。ただ今年発足したばかりということもあって、どんな選手がいるのかもどんな野球をしてくるのかも全くの未知数。そういう意味ではとても面白そうなチームである。
両チームのアップとスタメン発表が終わり、試合前のシートノックに移る。一戦目の先発を務める春歌は、ブルペンで投球練習を進めていた。
「次、ストレート行きます」
春歌の投じた直球が、キャッチャーの優築のミットを動かすことなくホームベースを通過する。持ち前のコントロールは安定して発揮できそうだ。
(今日受けてくれるのは優築さん。強気のリードをする人だし、インコースをどんどん投げさせてくれそう。この前みたいなことをしなくても、きっと私のピッチングができる)
先日のデビュー戦を経ての初先発となる春歌だが、胸中は非常に穏やかだった。あとはチームメイト、特にバッテリーを組む優築と意思の疎通ができるかどうか。適度な按配で春歌の思う“自分らしい投球”ができると良いが、果たして……。
「集合!」
「よっしゃ行くぞ!」
「おい!」
定刻に差し掛かり、亀ヶ崎ナインと浜静ナインがホーム介して整列する。球審は全員出揃ったのを確認し、試合開始を宣告する。
「ただいまより、亀ヶ崎高校対浜静高校との試合を始めます!」
「よろしくお願いします!」
透き通った明るい声がグラウンドに響く。先攻は浜静。即ち春歌はこれからすぐマウンドに上がることとなる。
(そういえば先発するのって久しぶりだな。中学ではリリーフばっかやってたし。やっぱり、真っ新なマウンドに立てるのは気分が良いかも)
春歌は他人には分からないほど微細に口角を持ち上げながらプレートを踏む。踊る心を収めつつ投球練習を済ませ、プレイボールの時を迎えた。
(とにかく今日は自分のピッチングをする。それだけだ)
右打席に浜静のトップバッター、濱地が入る。走力のある好打者で、塁に出すと厄介な存在となる。良好なスタートを切るためにも必ず抑えたい。
(今年結成されたチームとはいえ、練習を見ていた感じだと実力のありそうな人は多かった。打線にもどれほどの力量があるのか不透明だし、こっちから積極的に探りを入れていかないと)
初球、優築は内角へのストレートのサインを出す。無難なアウトコースで様子を見ることはせず、攻めに講じていく。こうした勝気な姿勢で投手を奮い立たせられるところが、彼女の正捕手として優れている点だ。
(お、いきなりインコース。良いですねえ)
春歌は一発で頷く。それから泰然とモーションに入り、この試合の第一球を投げた。投球はややボール気味のコースに来たが、濱地は構わず打って出る。
「サード!」
素早いゴロが三塁線を襲う。そのままダイビングキャッチを試みた杏玖の横を抜けていくも、フェアゾーンからは外れてファールとなった。走りかけていた濱地は若干口惜しそうにしながら、放り投げたバットを拾って打席に戻る。優築はその一部始終をいつもの如く入念に観察していた。
(厳しいコースにも関わらず初球から振ってきた。ボ―ルに手を出したことを気にしている素振りも見られないし、おそらくそういうタイプの打者のようね。ならもう一球インコースに外してみるか)
(はい。分かりました)
次に優築が選んだのは内角へのツーシーム。春歌は嫌がることなく快諾する。
二球目。春歌の投じたツーシームが、ベースの角から打者の臍に向かって切れ込んでいく。濱地はこれにも手を出した。
「いてっ……」
ボールはバットの根元に当たった。鈍い音が鳴り、濱地の腕に衝撃が走る。
「サード!」
「オーライ」
弱々しい打球が三塁方向を転々とする。杏玖は素早く前に出ると素手でボールを掴み、斜めの体勢から一塁に投げる。俊足の濱地だが、悠々アウトになった。
「おし、ナイサードです!」
まずは先頭打者を切った春歌。インコース二球で打ち取ったということで、かなりの手応えを感じていた。
(流石優築さんだ。こうやって内角を投げさせてくれれば、私はリズムに乗れる)
続いての打者は二番の穂波。濱地と同じく右の打席に入る。
(一番が二球で終わったとなると、彼女が初球から打ってくることは考えにくい。その間にストライクを稼ぐ)
一球目、優築は直球を外角に要求する。春歌はそれに応え、きっちりストライクゾーンへと投げ込む。案の定穂波はほとんど反応することなく見逃した。
二球目。春歌はアウトローにカットボールを投じる。バットを出しかけた穂波だったが、打ってもヒットにはならないと判断してスイングを止める。
「ストライクツー」
バッテリーは穂波の心理を利用し、あっさりと追い込んだ。速い球で押し込むのか、それとも緩急を使って躱すのか。内角を挟むのか、外角を続けるのか。ストライクが二つ先行しているということで、多様な選択肢を取ることができる。
(真っ直ぐ系を二球見せたといっても、向こうはタイミングを合わせられてはいない。それなら力で押し切るのも一つの手。春歌はどうしたいだろうか?)
(アウトコースが続いたわけだし、インコース行きたいな。優築さんお願いします!)
春歌は眉を鋭利に顰め、自らの要望を念じる。ただ声を発せるわけではないので、優築は表情から読み取るしかない。
(あの顔はどういう顔なのか……。はっきりとは分からないけれど、何となく強気な感じは伝わってくる。だったらその気持ちに応えましょうか)
優築は内角に寄った。それを見た春歌が眉間の皺を解く。
(やった。思いが伝わったのかな)
ノーワインドアップポジションに入った春歌は弾むようにして足を上げ、穂波への三球目を投じる。ストレートが内角低めの絶妙なコースに行く。穂波は慌ててカットしようとするも窮屈なスイングを強いられ、どん詰まりのゴロを打たされる。
「オーライ」
打球は春歌がマウンドの横で処理。ピッチャーゴロで順調にツーアウト目を取り、ここからクリーンナップと対峙することとなる。
See you next base……
WORDFILE.4:ゴロ
地面を転がったりバウンドしたりしながら進んでいく打球のこと。語源は転がるという意味を持つ“グラウンダー(grounder)”の発音が変化した、若しくは擬音語のゴロゴロから来たと言われている。
当然ながらゴロの打球はフライやライナーに比べ、ヒットや長打になる確率が圧倒的に少ない。そのため低めへのコントロールを軸にして打たせて取るタイプの投手は、どれだけゴロでアウトにできたかが調子のバロメーターになるとされている。反対に打者の場合、ゴロを打つことはボールをバットの下で引っ掛けていることになるので、調子があまり良くないと捉えられることが多い。