222nd BASE
お読みいただきありがとうございます。
第二部、最終回です。
十一月半ば。亀高がテスト週間に入ったため、原則として部活動はできなくなった。私はいつもより遅めに家を出発し、京子ちゃんと二人で登校する。
「……ううっ、寒」
今年は秋が極端に短い。つい数週間前までは半袖でも暑い日があったのに、もう毎日コートが手放せなくなっている。四季の概念は一体どうなっているのだろうか。
「おはよう」
私たちは始業の十五分前に学校へ到着する。教室に入り、同じクラスの祥ちゃんと挨拶を交わす。
「おはよう真裕。今日も寒いね」
渋い顔をしつつ、左の二の腕の辺りを摩る祥ちゃん。空気の入れ換えのため窓を開けていることもあるが、屋内でも冷たい寒気が肌を突き刺す。
「ほんとだよ。この中で投げることを考えたら大変だ」
「あー、確かに」
私と祥ちゃんは苦々しく白い歯を見せ合う。投手にとってこの寒さは天敵。今がテスト週間中で良かったと素直に思う。
「おう、柳瀬。おはよう」
続いて椎葉君が声を掛けてくる。もはや押しも押されもせぬ男子野球部のエース。春の甲子園に繋がる秋季大会ではチームを東海地区大会まで導くも、準決勝で敗れてしまった。
残る甲子園へのチャンスは来夏のみ。悲願達成に向け、この冬は球速アップに取り組むそうだ。
「おはよう。椎葉君は元気そうだね」
「どゆこと? 柳瀬は元気じゃないの?」
「元気だよ。けど寒くて寒くて……」
私は腕を抱いて凍える仕草を見せる。こうも寒いと、体調は悪くないのに頭痛が起きそうだ。
「そういうことね。けど俺だって寒いのは嫌だよ。やっぱり暖かいのが良い」
椎葉君が爽やかに微笑む。マウンドでの鬼気迫る様子とは違い、教室で見せる顔は普通の高校生。精悍な雰囲気の中に可愛らしさがある。
「椎葉君もそうなんだ。仲間だね」
私はほっとして仄かに相好を崩す。最近は椎葉君の笑顔を見ると、何故かとても嬉しくて、安心感を覚える。こんな感覚は今までに知らない。私としては心地好いので困ってはいないが、その正体は少し気になっている。
「さようならー」
放課後、私は祥ちゃんと共に、昇降口で京子ちゃんを待つ。部活がある時はここに紗愛蘭ちゃんを加えた四人で帰るのだが、彼女は今日いない。
「……それでね、庭で素振りしてたら皮が捲れちゃって」
「ほんとだ。がっつり削れちゃってます……、削れちゃってるね」
噂をすれば何とやら。京子ちゃんよりも先に、紗愛蘭ちゃんが昇降口から出てくる。その隣にいるのは彼氏の暁君だ。
「お、真裕と祥だ。じゃあね」
「お疲れ様です。お先に失礼します」
笑って私たちに手を振る紗愛蘭ちゃんの傍ら、暁君は軽く礼をする。部活が無いことで帰宅時間が会うため、テスト週間中は一緒に帰るそうだ。
「紗愛蘭ちゃんまた明日。暁君もばいばい」
二人は二週間ほど前に付き合い始めたばかり。これまで恋愛にはあまり興味の無かった私だが、紗愛蘭ちゃんの幸せそうな様子を見るとどうしても羨ましさを感じてしまう。
ただ恋人を作るどうこう以前に、私には誰かを好きになるという感覚が分かっていない。それに紗愛蘭ちゃんみたいに部活、勉強、恋の三つを同時にやり繰りできるとは思えないので、今は勉強を程々にしながら野球に集中するのが良いのだと感じている。
「おまたせ。帰ろっか」
その数分後に京子ちゃんがやってくる。そのまま三人で帰ろうとしたところ、私はふとグラウンドを見て足を止めた。
今日はテストが間近に迫っているためか、誰も自主練習をしておらず閑古鳥が鳴いている。少し前に今年の公式戦は全て終了。私たち女子野球部はこれから、来年に備えて鍛錬を積むことになる。
二年生になった今年は、一年生の時とは比べ物にならないほど色んなことがあった気がする。エースとして臨んだ春の大会で辛酸を舐め、四月に入ってきた後輩、春歌ちゃんとは中々良好な関係が築けず悩まされた。梅雨時期には京子ちゃんとも喧嘩をしたっけ。
そして迎えた夏の大会。決勝まで進んだものの、そこで舞泉ちゃんを擁する奥州大付属に敗れた。私は同点の状況で途中降板したため不完全燃焼に終わり、大会後は常に完投できる投手になることを決意した。
しかしその心意気が空回りし、独善的なピッチングになってしまう場面もあった。紗愛蘭ちゃんが諭してくれたおかげで、今は徐々に理想へと近付けていると思う。
二学期になって新しい仲間も増えた。イギリスから来たオレスちゃんだ。初めは難しい性格をしている子だと思っていたが、段々とチームに馴染んできているのは間違いない。実力は確かだし、来年は大活躍してくれるだろう。
一年を振り返ってみれば、大変な思いしたことも多かった。けれどもその経験を通して、私も皆も少しずつ変わり、少しずつ成長している。
日本一へ挑戦できるのは来年が最後。もっともっとレベルアップして、必ず全国制覇を成し遂げてみせる。
「何やってるの真裕? 置いてくよ」
「……あ、ごめん。今行くよ」
京子ちゃんに呼ばれて我に返り、私は二人の元へ駆け寄る。校舎近くの花壇に植えられた花たちは、新たな芽吹きのために一時の眠りに就いた。
……home in the second point.
お読みいただきありがとうございます。
今回のお話を持ちまして、『ベース⚾ガール!!~HIGHER~』は最終回となります。
連載開始から約二年間、思ったより長くなってしまいした。
この第二部では、野球を通して見える人間の弱さや醜さといった部分を中心に描いていったつもりです。
そのため爽やかな印象が強い第一部に比べ、暗くて重い内容が続くと感じられた方も多いかもしれません。
ただそうした人間的な苦境を乗り越えて大きく成長できるのも、部活動の一つの醍醐味だと個人的には思っています。
この作品を読む中で、少しでも何か琴線に触れることがあったのなら、私としては嬉しい限りです。
ここまで応援してくださった読者の皆様、本当にありがとうございました!
……あ、もちろん第三部もやります。
京子……もとい、キヨウ・ヒナだって本編中に言っていたじゃないですか。
ということで……
『ベース⚾ガール!!!3(仮)』製作決定!
悲願の全国制覇へ、あと一歩と迫った亀ヶ崎高校女子野球部。
チーム全員の力を結集し、栄冠をその手に掴めるか……。
野球×少女。
私たちと一緒に、頂上の景色を見てみませんか?
2021年12月初旬始動予定――。
……何か、スケールが壮大になってきましたね。
しかし描いている者としては、どういう話になるのかとても楽しみではあります!
因みに某水泳作品は意識していないです。
最後になりますが、ここまでお読みくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。
そしてこれからも引き続き、お付き合い並びに応援のほどよろしくお願いいたします。
2021年11月1日
『ベース⚾ガール!』シリーズ作者 ドラらん




