214th BASE
お読みいただきありがとうございます。
らぶ♡どっきゅん編も早いもので12話目まで来ました。
展開的にはあと少しで終わりそうです。
そうなれば次は来季に向けての話になりますね。
ということは……。
「ここら辺に座ろうか」
何とか暁が自力で歩けるようになり、お化け屋敷を後にした二人は一休みしようと一旦校庭に出る。暁はベンチに腰掛けると、紗愛蘭に自らの失態を詫びる。
「すみません、かっこ悪いところを見せてしまって……」
「ううん、気にしないで。私も無理に連れてっちゃってごめんね」
「紗愛蘭さんのせいじゃないですよ。僕が情けないだけです……」
あまりの恥ずかしさに、暁は顔を手で覆って俯く。そうして何度も首を横に振った。
校庭を吹き抜ける秋風はひんやりと冷たい。何もせず止まっているだけでは、鳥肌か立ちそうなほどの寒さを感じる。
「まあまあ。そんなに落ち込まず、気を取り直してここから楽しもうよ。まだまだ見るところはたくさんあるし」
紗愛蘭は優しく暁の頭を撫でて励ます。お化け屋敷を完走できなかったことなど些細なこと。それよりも暁の苦手なものを知れたことで、また彼に近付けたと思えるのが嬉しかった。
「……そうですね。ありがとうございます」
暁もいつまでも下を向いているわけにはいかない。後にも執事喫茶のシフトは控えており、紗愛蘭との時間は限られている。
「では紗愛蘭さん、これからどこに行きたいですか?」
顔を上げた暁が尋ねる。紗愛蘭は「そうこなくちゃ」と言って笑い、少し考え込む。
「どうしようかな……。そうだ、文化部の出し物見てないから、そっちに行こうか」
「分かりました。行きましょう!」
暁が両膝を叩いて腰を上げる。紗愛蘭も一緒に立ち上がると二人で並んで歩きながら再び校舎に入っていった。
美術室では、美術部の描いた作品が展示されている。個性的な絵が多く、暁たちはそれぞれのお気に入りを教え合う。
「私はこれが良いかなー。輪郭とかもくっきりしてて、とっても力強いのが好き!」
「なるほど。良いですね。でも俺はそういうのより、これみたいにもっと抽象的な方が好みですね」
観覧に来ている一般人もいる中、周りから自分たちはどう見えているのか。同級生、クラスメイト、先輩と後輩、そして恋人。もしも最後の捉え方をされているとするならば、嬉しくもあり、恥ずかしくもある。二人の時間を楽しみつつ、紗愛蘭と暁は共にそんなことを考えていた。
他の場所も回って見ている内に、一時間程が過ぎた。暁はそろそろ持ち場に戻らなければならない。
「紗愛蘭さん、ほんとにありがとうございました。短い時間だったけど、二人で回れて楽しかったです」
「うん。私も楽しかったよ。この後も頑張ってね」
「はい。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
二人は最後に微笑みを交わしてから別れる。暁は急ぎ足で自分のクラスへ向かい、雑踏に飲み込まれていった。冷めぬ賑わいの中、一人になった紗愛蘭は下唇を噛んで立ち尽くす。
(もう終わりか。何だか呆気無かったな。……もっと、一緒にいられるようになりたい)
紗愛蘭にも、もはや現状では我慢できない感情が芽生えている。暁とより親密な関係を築きたい。ただし彼女には一つ、大きな懸念があった。
「……これからどうしようかな」
その言葉は、今この瞬間に向けたものなのか、それとももう少し先を見据えてのものなのか。途方に暮れる普通の女子高生は、とりあえず人混みへと姿を消した。
「……かしこまりました。しばらくお待ちくださいませ」
一方の暁。改めて執事の一人として接客を熟しつつ、頭の中では紗愛蘭のことを考えている。
(お化け屋敷はマジでやらかしちゃったな。紗愛蘭さん、がっかりしただろうか……。でもそんなことで離れていくような人じゃないし、他のところでは楽しそうにしてた。だから悪い印象は与えてないはず)
いちいちデートの出来など気にせずとも、二人一緒にいるだけで互いに楽しく過ごせたのなら良いのではないか。そんな声も聞こえてきそうだが、それはあくまでも第三者の立場だから言えること。当事者はどうしても、こうして思考を巡らせてしまうものだ。
(デートは三回行ければチャンスありって言うよな。今日のをカウントするならあと一回。次のデートに誘えたら、告白もありか……)
暁と紗愛蘭は紛れもなく相思相愛。こうなれば後は時間の問題か。しかし彼にもまた、気掛かりなことが一つある。
(でも自分から紗愛蘭さんを支えるって言っておいて、付き合おうとするのってどうなんだろう。結局それが目的だったのかって思われないか?)
紗愛蘭には野球部で日本一になるという目標がある。それをサポートしたいはずなのに、もしも付き合うことになれば却って足枷になるかもしれない。その矛盾が暁を悩ませる。
(だったら今みたいな関係でいるべきなのかな。……じゃあそもそも今みたいな関係って何だよ? 普通の先輩と後輩か? でもそれを続けたとして、その間にもしも他の人に取られちゃったら……)
自分の気持ちを伝えるべきか、秘めておくべきか。どちらを取ってもリスクが伴い、傷付く可能性だって低くない。平凡な男子高校生には、この二択は非常に重たく圧しかかる。
暁と紗愛蘭の関係性は、この文化祭でより複雑に絡まった。二人の思いは一体どんな終着点に向かうのか。
文化祭から二日後。午後の練習を終えた紗愛蘭は、校舎裏にある人物を呼び出す。
「おまたせー。ごめんね、待たせちゃって」
ユニフォームから制服に着替えた紗愛蘭が小走りで現れる。そこで待っていたのは、同級生の山科嵐だった。
「来た来た。全然良いよ。キャプテンのために一肌脱げるなら何だってしますよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると気兼ねなく相談できるよ」
少し硬い顔をしていた紗愛蘭だが、嵐の一言を聞いて表情を和らげる。ただ日が暮れ始めているため長々と足止めするわけにはいかず、すぐに本題に入る。
「嵐に相談したいのはね、野球のことじゃないんだ。……その、れ、恋愛のことなの」
「恋愛!? 紗愛蘭、好きな人でもいるの?」
嵐が素っ頓狂な声を上げる。声量はそれほどでもなかったが、閑散とした校舎にはよく響いた。残っている者はごく僅かでグラウンドでも菜々花たちがティーバッティングを行っている程度だ。
「しっ、ちょっと声が大きいよ。他の人にはあんまり聞かれたくないから……」
「あ、ごめん。落ち着いて聞くから、続きを話してもらって良い?」
「うん。あのね……」
See you next base……




