213th BASE
お読みいただきありがとうございます。
水族館デートも終わり、時間軸は元の九月中旬に戻ってきます。
二人の出会いから二年経ったということになりますね。
文化祭当日がやってきた。暁のクラスが開いた執事喫茶は午前から大盛況。もちろん暁も執事服を身に纏い、接客に当たる。
「……お、お待たせしました。セイロンティーでございます」
家でもほとんど家事をやらない暁は、飲み物を一つ客席に出すだけでも動きがぎこちない。ただそれが却って反響を呼ぶ。
「ねぇねぇ、今の子良くない?」
「うん。男の子なんだろうけど、可愛らしい感じだよね」
特に上級生を始めとする年上の女性客に好評だった。暁本人はそんなことはいざ知らず、忙しさに追われている。
「お帰りなさいませ」
そこへ紗愛蘭が真裕と祥を連れて訪れる。暁は先に来た客の対応をしていたため、他のクラスメイトが案内する。
「こちらのお席へどうぞ。ご注文が決まりましたら、何なりとお申し付けください」
クラスメイトは左手を胸に当ててお辞儀をし、去っていく。三人は会釈を返した後、カウンターでコーヒーを入れる暁に目を向けた。
(紗愛蘭ちゃんと連絡取り合ってるのって、多分あの子だよね。パッと見は凄く爽やかそうだけど、紗愛蘭ちゃんはどう思ってるんだろう。……待て待て、それは私が口を挟むことじゃないでしょ)
先日京子の言っていたことが頭に過ぎり、ふと真裕は二人の関係性が気になる。しかしすぐに自分を咎め、この場を楽しむことに集中する。
「あ、紗愛蘭さん。来てくれたんですね」
コーヒーを運び終えた暁が、紗愛蘭たちの存在に気付いた。彼は颯爽と挨拶に向かう。
「うん。衣装とか口調とかかなり本格的なんだね。びっくりしちゃった」
「はい。せっかくなら本気でやろうって、皆乗り気になっちゃって。因みに俺が着てる服とかは手作りなんです」
暁はカッターシャツの上から黒のベストを羽織り、首元を同じく黒い蝶ネクタイで留めている。予算等の制約が多い中ではこれが限界だろうが、それでも執事としても見栄えは十分ある。
「え! めっちゃクオリティ高いね。買ってきたやつかと思ったよ。それも暁君がデザインしたの?」
「いや、流石にそこまではしてないです。俺が一般的なイメージを模写して、採寸は他の子に任せました」
「でもそれって、暁君の絵が使われたってことでしょ? 凄いじゃん」
「それはそうですけど……。えへへ、ありがとうございます」
直々に紗愛蘭から褒められ、暁は不意に照れ臭くなる。それでも嬉しそうにはにかんだ。
「あ、話してるだけじゃ駄目だよね。注文しないと。じゃあ私は……、アイスカフェオレと真っ黄色モンブランで」
紗愛蘭がメニュー表を指差して注文を行う。続いて真裕がアイスミルクとチョコレートケーキ、祥がホットコーヒーとショートケーキを頼む。
「はい、分かりま……じゃなかった。かしこまりました。お持ちいたしますので少々お待ちくださいませ」
暁は咄嗟に右手を胸に当て、深々と一礼する。紗愛蘭たちは雰囲気を遵守する彼の姿に感心し、揃って微笑んだ。
「ありがとうございました。行ってらっしゃいませ」
執事喫茶を後にした三人は、他の催しを見て回る。占い教室を行っている京子のクラスも訪問し、彼女のレクチャーも受けたが、尺の都合により割愛する。
やがて暁が休憩に入り、紗愛蘭は彼と合流。約束通り二人で校内を散策する。
「すみません、僕のために時間作ってもらっちゃって」
「大丈夫。私たちは展示だけだから、当日はほとんどやることないんだよね。じゃあ行こっか」
二人は最初に、菜々花たちのクラスに向かった。ここは視聴覚室を借りてお化け屋敷を開いている。
「お化け屋敷かあ。どんななんだろう。暁君は怖いの平気?」
「え……。は、はい、平気ですよ!」
期待を膨らませる紗愛蘭の問いに対し、暁は声を上ずらせて答える。怖いものには少しばかり苦手意識があるみたいだ。
「あ、駄目だったら無理しなくて良いんだよ。他にも見るところはあるんだし」
「そんなの勿体ないですよ! 僕のことは気にしなくて良いので、行きましょう」
暁は紗愛蘭の返答を聞くことなく、我先にとお化け屋敷の中へと入っていく。紗愛蘭は心配そうな顔をしながらも、後に付いていくしかない。
黒のビニールシートで舗装され、辺り一面は真っ暗闇に包まれている。所々に黄色の矢印が貼られているため順路は辛うじて把握できるが、それ以外は何も分からない。加えて誰しもが聞いたことのあるお化け屋敷特有の音楽が流れ、恐怖を煽ってくる。
「め、めっちゃ暗い……。紗愛蘭さん、逸れないように気を付けてください」
「分かった。じゃあさ、服掴んでても……」
「きゃー!」
唐突にどこかから叫び声が聞こえ、二人は体をびくつかせる。誰かが悲鳴を上げたのだ。
「何が起こったの?」
「だ、大丈夫です。僕が付いてますから」
暁は両手を広げ、紗愛蘭を護ろうとする。しかし足は震えており、頼もしいかと言われれば微妙である。
「ありがとう。とりあえず先に進もうか」
二人は慎重な足取りで前進する。紗愛蘭は暁のベストの裾をさりげなく掴んでいたが、暁に気付く余裕は無い。
「……ん?」
暁の頬に何かがぶつかった。滑こくて瑞々しく、どこか馴染みのある感触がする。
「なんだこれ? ……あ、こんにゃくか」
天井から細い糸でこんにゃくが吊るされていた。お化け屋敷の定番と言えば定番だが、流石にそれで驚くほどひ弱ではない。
「……私のこんにゃく、どこに行ったか知らない?」
「え……?」
すると前方から何者かの声が聞こえてくる。二人が目を凝らして見てみると、白装束を着た女性が、長い黒髪で顔を隠して立っていた。
「うわ……」
背筋を凍らせる暁。関わりたくはないが、順路と同じ方向なのでそちらに行かざるを得ない。
「暁君、大丈夫? 私が先に行こうか?」
「……な、何言ってるんですか。全然問題ありません」
暁が意を決して前に進む。だがこの女性はただの囮。本当の罠は別にある。
「私のこんにゃくはどこですかあ!?」
二人の行く手を阻むかのように、いきなり逆さ首が現れた。顔全体が痛々しく血で染められ、おぞましさに満ちている。
「ひゃー!」
暁は驚きのあまり腰を抜かし、尻餅を付く。そのまま動けなくなってしまった。
「暁君!? 大丈夫? おーい」
紗愛蘭が肩を揺すってみるが、応答は無い。放心状態で固まっている。
「あちゃー。こりゃ駄目だね」
女性役をしていた菜々花が、またかという顔で腰に手を当てる。実はこれまでも何人か暁のようになっており、その都度対応していたのだ。
「あ、菜々花ちゃんだったのか」
「うん。似合ってるでしょ。そんなことよりこの子を運んであげなきゃね」
「ありがとう。じゃあ左肩を持ってもらって良い?」
菜々花と紗愛蘭は暁の両肩を支え、二人で外に運ぶ。暁としては頼り甲斐のあるところをアピールするはずが、不本意にも情けない姿を見せてしまった。
See you next base……




