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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第十三章 らぶ♡どっきゅん編
206/223

203rd BASE

お読みいただきありがとうございます。


今回から『らぶ♡どっきゅん編』が始まります!

ベスガルで本格的に恋愛を描くのは初めてになりますね。

野球要素はおそらくほとんど出てきません。

菜々花がグラウンドの隅で素振りしているくらいです。

普段とはまた違ったテイストでお楽しみいただけると幸いです。

 街並みの木々が本格的に秋の彩りを装い始めた九月中旬。最近、踽々莉紗愛蘭の様子がおかしい。柳瀬真裕とその一行はそんなことを思っていた。


 とある日の部活帰り。夕闇に染まりつつある空の下、陽田京子、笠ヶ原祥を加えた四人は、いつも通り一緒に下校していた。駅まで歩いて向かう真裕と京子の後ろを、祥と紗愛蘭が自転車を押しながら付いていく。


「それでね、ウチが今攻略してるケンゴって子がもうすっごく可愛いの! 火星で見つかった花を研究してるらしいんだけど……」


 今日は京子の乙女ゲームの話で盛り上がっている。と言っても、京子が終始一人で話しているだけなのだが。ここは車通りも少ないため、彼女の声がよく響く。


 そんな中、紗愛蘭はスマホを右手から離さず、先ほどから何度も弄っている。聞き上手で京子のマシンガントークにも気圧されない彼女だが、ここ数日はいつもこんな感じだ。


「あ、じゃあ私こっちだから。また明日ね」

「じゃあね紗愛蘭ちゃん。また明日」


 分かれ道に差し掛かり、紗愛蘭は一人別方向へと歩を進める。他の三人でその背中を見送っていたところ、唐突に京子が呟いた。


「怪しい……。怪し過ぎる」

「怪しい? 何が怪しいの、京子ちゃん?」

「何って、そりゃ紗愛蘭のことに決まってるでしょ。真裕には分からないかもだけど、あれはズバリ、男ね」


 京子はしたり顔で言う。真裕と祥は互いの視線を合わせ、怪訝そうに首を傾げる。


「二人とも疑ってるみたいね。けどあれは間違いなく男よ。言ってたもの。これまでそんなことしなかった人間が、急に人の会話中ですらスマホを触るようになる。それは良い感じの異性ができた証拠だって」

「言ってたって、誰が?」

「作者が」


 真裕の質問に京子が答える。すると三人は揃って上空を見上げた。……え? ちょっと待って。私そこにいるの? 貴方たちに見えてるの? ていうか私、そんなこと言ってないからね。実体験でもないからね。


「……まあそれは置いておきましょう。今大事なのは、紗愛蘭に男ができたかどうか。徹底的に調査しないとね」

「いや、別に好きにさせてあげようよ。うちは恋愛禁止じゃないんだし」


 鼻息荒ぶる京子を真裕が止めようとする。しかし京子は聞く耳を持たない。


「何言ってるの! 恋愛なんてあんなことやこんなことして何ぼでしょうが! それを紗愛蘭がするってんだから、こんなに尊い話あるわけないじゃない!」


 野球をやっている時には絶対に見られぬほど、京子の目は輝いている。久しぶりに始まった彼女の悪癖に、真裕は呆れ顔で首を振ることしかできなかった。


 自分のいない場で友達がそんな漫談をやっているとは知らず、紗愛蘭は一人で帰途に就いていた。相変わらずスマホを右手に持ち、事ある毎に触っている。誰かとメッセージのやりとりを行っているみたいだ。


《今日は文化祭で使う看板を作りました。実はこれ、俺がデザインしたんですよ。結構良い感じでしょ》


 紗愛蘭はメッセージと共に送られてきた写真を開いた。そこには『一年六組 執事カフェ』という看板と共に、爽やかな笑顔を見せる青年が映っている。


 高校生にしては少し長いと言われそうな、耳や眉に黒髪の先が掛かった束感のあるマッシュヘア。優しさ溢れる故にやや頼りなさそうな、つぶらで僅かに垂れた瞳。主張の控えめな淡い桃色の唇。そしてそれらを纏め上げ、それぞれの良いところを引き立たせるシャープな輪郭。皆が口を揃えてとまではいかないが、イケメンの部類に入る顔立ちだろう。


「……頑張ってるね。暁君」


 彼の名前は美波(みなみ)(あきら)。紗愛蘭にとっては中高と同じ学校に通う一学年下の後輩である。


『絶対に紗愛蘭さんに追い付きますから! 待っていてくださいね』


 写真を見ながら、紗愛蘭は暁に言われた言葉を思い出す。それからふと口元を緩め、柔和な表情を作った。


 話はちょうど二年前に遡る。紗愛蘭が中学三年生、暁が二年生の時だった。二人は各クラス一人の代表者を出す文化祭実行委員会で一緒になり、最初の集会で偶然隣の席に座ったのだ。


「踽々莉紗愛蘭です。短い間だけど、これからよろしくね」

「……美波あ、暁です。よろしくお願いします……」


 当時の暁は、どちらかと言えば卑屈そうな雰囲気があった。人と話すことが得意ではなく、対面での自己紹介すらまともにできない。今とは違って眼鏡を掛けており、更には目や耳が見えなくなるほど無造作に伸びた髪が、暗い印象を強めていた。


 言い方は悪いが、多くの人はこの時点であまり深く関わりを持とうとしなくなるだろう。実際、暁には友達と呼べる存在がほとんどいなかった。この文化祭実行委員も、クラスヒエラルキーの高い人間たちからほぼ強制的に参加させられたものだ。


「暁君って言うんだ。良い名前だね。暁って夜明けっていう意味があるし、皆を照らす光になれるようになんて願いでも込められてるのかな?」


 しかし紗愛蘭は、暁に対しても他者と変わらない接し方をする。いじめから立ち直ったと言ってもその傷は癒えておらず、誰かを突き放すことなどできなかったのだ。


「……た、多分そんな感じです。完全に名前負けしてますよね。だから、いつか改名してやろうって思ってるんです」


 暁は冗談か本当か分からないような、投げやりや物言いをする。ただその声はとても哀し気で、聞いている紗愛蘭までも切なさを覚える。


「……駄目だよ。そんなこと言っちゃ」

「え?」

「そんなこと言っちゃ駄目だよ。せっかく素敵な名前付けてもらってるんだもん。大切にしなくちゃ。それに私たちなんてまだ中学生じゃん。これからいくらでも変わっていけるはずだよ」


 紗愛蘭は暁にそう言うと、柔和に微笑む。その笑顔には今と比べて若干のぎこちなさがあったものの、この頃から相手を包み込むような優しさに満ちていた。自分だってソフトボールを初めて変わることができた。だから暁も変われるはず。本気でそう思っていた。


「踽々莉さん……」


 暁は前髪に隠れた瞳を大きく開く。自分にこんなことを言ってくれる人がいるとは思ってもいなかった。彼の胸の奥が、独りでに強く拍動する。


「今回の文化祭なんて良い機会じゃん。少しでも変わるきっかけが掴めるよう、一緒に頑張ろ」

「……は、はい。分かりました」


 紗愛蘭の言葉に、暁は自信無さそうに頷く。周りは騒がしたかったが、彼にはまるで、この場に二人だけしかいないように感じられる。


 教室の時計は止まった時間を強引に動かすかの如く、音を立てて秒針を刻んでいた。



See you next base……

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