202nd BASE
お読みいただきありがとうございます。
オレスがようやく心を開いたようですね!
これから更なる活躍が期待できることでしょう。
ということで、本章は今回で終了です。
「ふう……。あっつい」
ハイタッチを終えたオレスはベンチに座り、水分補給しながら汗を拭う。ふと目を向けたグラウンドの景色は、これまでよりも色鮮やかになっている気がした。
(このグラウンド、マウンドとバッターボックスは他の内野よりも土の色が濃い。だからピッチャーとバッターの対決がより際立って見えるようになってる。こんなことにさえ気付けなかったとはね。それだけ私の心がもやもやしてたのか)
オレスの口角がほんの僅かに持ち上がる。彼女はそれを周囲に隠すため、靴紐を結び直す振りをして顔を伏せる。
(何だか凄くすっきりした気分だわ。ようやく自分の気持ちに正直になれたのね)
結局、オレスは自分の感情が分からなかったのではない。認めたくなかっただけなのだ。今日の二試合を通して、知らず知らずの内に亀ヶ崎のメンバーへ心を寄せていたことに。
無論、完全に信頼したわけではない。裏切られるかもしれない恐怖は消えていない。しかしそれでも信じてみようと思った。彼らが自分を真の仲間として迎え入れようとする、その熱意に胸を打たれたのだ。
(この子たちとなら手を取り合える。一度そう感じてしまったら、信じてみるしかないじゃない)
オレスは自分の両手を見つめる。先ほどハイタッチをした温もりは、まだ確と残っていた。彼女は目を瞑って両拳を握り、自らの体内にその温もりを刻み込む。
「ショート!」
六番の菜々花がストレートを打ち上げ、ショートフライに倒れる。亀ヶ崎の攻撃はこれにて終了。同点に留まる。オレスは深く息を吸って吐き出し、ゆっくりと瞼を開ける。すると彼女の左後ろから、昴が顔を出した。
「何やってたの? 精神統一?」
昴はオレスにグラブを手渡そうとする。見られたくないことを見られてしまった。オレスは奪うように昴からグラブを受け取る。
「……な、何でもないわ。それよりさっさと守備位置に就くわよ」
腰を上げてセカンドに向かおうとするオレス。ところがその寸前で一旦止まり、昴に背を向けたまま辛うじて聞こえる声を発する。
「……ありがとう」
「え? 何が?」
「タッチアップしてくれたこととか、私に手柄を持たせてくれたこととか。……言わなくても分かってよ」
オレスは昴の返事を聞くことなく走り去る。昴はオレスが感謝したことに驚きつつも、嬉しそうに目を細める。
「私は何もしてないよ。当たり前のことをしただけ。……多分、皆もね」
昴も紗愛蘭も、他の選手も、誰も特別なことをしたつもりはない。仲間が活躍したから、点が入ったから一丸となって喜ぶ。それだけのことだ。そしてオレスにとっても、今後はこれが普通になる。
「セカン」
七回表、先頭の中井が一二塁間を破りそうな打球を放つ。これに対してオレスは反応良く一歩目を踏み出すと、外野に抜ける手前で掴んだ。それから軽やかな身のこなしで送球に移り、一塁をアウトにする。
「ナイスネイマートル! ワンナウト!」
センターから昴が声を飛ばし、人差し指を真っ直ぐ立てて見せる。オレスも躊躇いがちに人差し指で一のポーズを作る。
「ワ、ワンナウト……」
「え? 何て? 聞こえないよ」
「ワンナウト! これで良いんでしょ!」
オレスは顔を真っ赤にして叫ぶ。それに他の選手たちも共鳴し、瞬く間に声の輪が広がっていった。
「あら? 新入りちゃん、いつの間にかめっちゃ溶け込んでるじゃん」
オレスを取り巻く雰囲気が変わった。それに空も気付いたみたいだ。
(今日だけで一気に距離を縮めたんだね。やるじゃん。流石私の後輩たちだ。先輩は誇らしいぞ)
空の力は借りず、自分たちで解決する。紗愛蘭たちはそれを実現させてみせた。野球の技術だけではない。人間としての成長も見られ、空は一層嬉しくなる。
そして確信した。このチームでなら、必ずや日本一になってくれるだろうと――。
「アウト、ゲームセット」
試合は二対二のまま引き分けに終わった。亀ヶ崎は勝利を収めることこそできなかったものの、オレスを仲間にするという大きな目標を達成。彼女自身も二試合で三打点を挙げ、チームの得点力向上に兆しが見えた。
亀ヶ崎の選手たちはベンチから引き揚げ、グラウンドの外で帰り支度を整えていた。試合の緊張感から解放されたためか、全体的に和やかな空気が流れ、各々が他愛の無い会話に花を咲かせている。
ところがその輪の中にオレスはいない。彼女は昼間に弁当を食べた川辺で、一人佇んでいた。
決して仲間と話したくなかったわけではない。ただいきなり馴れ馴れしく接するわけにもいかず、自分の気持ちを整理する意味でも一人になる時間が欲しかったのだ。
(深い関わりは持たないようにしようって強く決意をした割に、あっさり覆しちゃったわね。私も甘いわ)
オレスは自分に呆れる。だが全身に塗りたくられていた分厚いメッキが剥がれ落ちたかのように、今は心も体も非常に軽い。元々は人懐っこい人柄なので、素が出せるようになった解放感もあるのだろう。
(このチームに入って良かったかどうかはまだ分からない。ただ少なくとも、今は良いと言えるだけの要素がある。それは素直に喜ばなくちゃね)
亀ヶ崎でなら、きっとありのままの自分を受け入れてもらえる。一年の遠回りを経て、オレスは自分の輝くべき場所を見つけたのだ。
(モットーは目指せ日本一だっけ? ……良いじゃない。でもそこで終わりじゃないわ。私は世界で名を馳せるプレーヤーになりたいの。日本一になるのはその第一ステップよ)
オレスは足元の小石を一粒拾い、思い切り川へと投げ付ける。勢いに乗った小石は暴れ狂うように水面を舞った。まるでこれからの躍進を示唆しているかのようで、オレスは己の血を沸き立たせる。
「あ、やっぱりここにいた。おーいネイマートル、そろそろ帰るよ」
堤防付近からオレスを呼ぶ声がする。仲間たちが迎えに来たのだ。
「もうそんな時間か……。今行くわ!」
オレスが駆けていった先では、紗愛蘭や昴、真裕に春歌、更には他の面々も何人か待っていた。思っていたよりも大人数での出迎えに、オレスは若干後ずさる。
「……な、何でそんなにいるのよ。一人で良いでしょ」
「私が行くって言ったら付いてきちゃった。皆ネイマートルに会いたかったんだよ」
紗愛蘭はそう言うと、悪戯っぽく白い歯を零す。オレスの胸が途端に熱くなり、彼女は妙なこそばゆさを感じる。
「な、何よそれ……。気持ち悪いこと言わないで。もう、さっさと行くわよ」
オレスは素っ気無くあしらい、皆に先立って歩き出す。しかしその表情はとても清々しかった。
秋の夕風に吹かれ、金色の髪は愉快気に揺れている。
See you next base……
PLAYERFILE.33:オレス・ネイマートル(OREZ・NAMARTLU)
学年:高校一年生(年齢は真裕たちと同い年)
誕生日:12/12
投/打:右/右
守備位置:二塁手、三塁手、その他全ポジション
身長/体重:156/54
好きな食べ物:フィッシュフライ




