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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第十二章 金メッキの戦士
203/223

201st BASE

お読みいただきありがとうございます。


亀ヶ崎にとって、そしてオレスにとって最大のチャンスが巡ってきました。

どんな形でも良いから活かしてくれ!

 六回裏、亀ヶ崎は昴と紗愛蘭の連打でノーアウト一、三塁のチャンスを作る。そして、オレスが今日六度目の打席を迎えた。


「ネイマートル、あとは頼んだよ! ここで一本お願い!」


 紗愛蘭が望みを託す先で、打席にオレスが立つ。昴が還れば同点、紗愛蘭まで還れば逆転だ。


『私は必ず打つ。チャンスを広げてネイマートルに回すから、ランナーを還してね。私たちにはネイマートルの力が必要なんだ』


 実は紗愛蘭が打席へ向かう前、彼女はオレスにこう言葉を残していた。オレスはそれを思い返しながら訪藤と対峙する。


(必ず打つって言って、本当に打つなんてね。……そんなことされたら私だって打つしかないじゃない)


 ここまでお膳立てされて燃えないわけがない。オレスの心は自然と高鳴っていた。これほど興奮したのはいつ以来だろうか。


(私が初めて野球を見た時も、こんな気持ちだったような気がする。……これが私の求めていたものだってことなのかも)


 一球目、訪藤が内角にストレートを投じてくる。オレスはいきなり打ち返すも、打球は三塁線の外側を飛んでいった。


「良いよネイマートルちゃん! どんどん振っていこう」

「ネイマートルなら打てる! 行ったれ!」


 ベンチで見ている真裕や祥も絶えず声援を送る。紗愛蘭や昴だけじゃない。皆、オレスのバットに希望を抱いているのだ。


(私がこのチームに必要か……。本当にそう思われているのか、正直まだ信用できない。けど裏切られるとも思えないわ。……いや、思いたくないのかな)


 二球目。スライダーが外角へと逃げていく。オレスはしっかりと見極めた。


(スライダーは大したことない。きっともう投げてこないわね。さっきはこのカウントでも落ちる球を投げていたけど、私にはどうかしら?)


 三球目、紗愛蘭の時と同様、アウトコースにスプリットが来た。ただし変化は大きくない。加えて高さもそれほど低くなかったため、オレスは打って出る。


「ライト!」


 速いライナーがライト線上を舞う。だが徐々に右側へスライスし、最終的にはファールゾーンに弾む。


「ああ……。惜しい」


 既に二塁を回っていた紗愛蘭は、悲嘆の声を上げて引き返す。フェアになれば一気にホーム突入を目論んでいた。


(もう少しタイミングが早かったらってところか。でもオレスは初見でスプリットを捉えられた。この調子なら打ってくれるはず)


 紗愛蘭の期待は高まる。しかしオレスとしては追い込まれた。一試合目の第三打席、苦い記憶が蘇る。


(あの時はここからチェンジアップを打たされて、ファーストフライだった。無様な姿は繰り返さない)


 打席での借りは打席で返す。四球目は顔の高さへのストレート。オレスは頭を少しだけ後ろに引き、涼しい表情で見送る。


(この程度で私の腰を引かせようってのなら、舐められたものね。返り討ちにしてやるわ)


 配球の流れを考えると、勝負球は外角だろうか。オレスは前の一球は意に介さず、躊躇無く踏み込めるよう備える。


 ところがオレスの予測は外れた。五球目、訪藤はインローへ投げてきたのだ。オレスは即座にバットを出して対応する。

 そのタイミングを待っていたかのように、投球は鋭く落ち始めた。スプリットだ。見逃せばボールだが、オレスのスイングは止まらない。


(空振りも凡打もしてたまるか。これくらい何とかしてみせる!)


 オレスは咄嗟に体を前に突っ込ませ、どうにかバットの芯に当てる。それから右の腰を押し込みつつ(しゃく)るようなフォロースルーを取り、強引にフライを上げる。


「レフト!」


 打球はレフトまで届いた。ただし飛距離は無く、武田が二、三歩前へ出て捕球体勢に入る。これではタッチアップできるかすらも微妙だ。


(くっ……。私の力じゃこれが限界か)


 オレスはバットを地面に叩き付けるようにして投げ捨てる。またもや打てなかった。その情けなさに(ほぞ)を噛む。


 だが三塁ランナーの昴は打球の飛んだ位置を見定めると、急いでベースへと戻った。タッチアップを試みるつもりだ。


(ノーアウトだし、普通なら無理しちゃいけない。でもオレスが必死になって上げてくれたフライだ。無駄にしたくない)


 武田が助走を付けて打球を捕る。それと同時に昴は一目散に駆け出した。


 オレスのためにも絶対にセーフにならなくてはならない。昴は懸命にホームを目指す。


 武田からの送球は僅かに三塁側へ寄っていた。キャッチャーの動きからそれを察した昴は、逆を突いて一塁側に回り込む。タッチを掻い潜るため背中を反ってスライディングし、最後は右手でベースに触れた。


「セーフ! セーフ!」


 間一髪ながら昴が生還。試合は振り出しに戻る。


「よっしゃー! ナイス犠牲フライ!」


 昴はホームインするや否や、オレスに向かってガッツポーズを見せる。一塁ベースの手前から引き返そうとしていたオレスはあっけらかんと口を開け、思わず立ち止まる。


(何でそんなこと言うのよ……。どう考えたって、得点できたのは私のおかげじゃないでしょ)


 自分のバッティングは決して褒められるものではなかった。寧ろチャンスを台無しにするかもしれなかった。昴の見事な走塁により、単なる浅いフライは価値ある同点打に変わったのだ。それなのに何故、打者の手柄かのように言われるのだろうか。


「ナイスバッティング。約束通り私に続いてくれたね」


 ランナーとして残っていた紗愛蘭からも声を掛けられる。オレスはそちらに顔を向けたが、何と返して良いか分からない。


「どうしたの? 早く戻らないと。皆が待ってるよ」


 紗愛蘭が三度オレスに優しく微笑む。刹那、オレスの中に喜びや怒り、悔しさなど様々な感情が無秩序に渦巻く。彼女はそれらを粉々に磨り潰すかの如く、上唇と下唇を強く押し付け合った。


「ナイス同点打。上手に打ったね」

「さっきは悪く言っちゃってごめんね。やっぱりネイマートルは凄いよ」


 ベンチでは紗愛蘭の言う通り、ナイン総出でオレスを迎えた。皆ハイタッチを交わそうと楽しそうに手を差し出している。その景色を前にして、オレスは悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてしまう。


「はあ……。もう良いわ」


 もはや意地を張っても仕方が無い。というより、意地を張る意味が見出せなくなった。オレスは感触がしっかりと残るよう、一人一人と丁寧に手を重ねていく。


 遂にオレスが心の扉を開いた。呪縛から解き放たれ、彼女は新たな一歩を、歩むべき第一歩を踏み出したのだ。



See you next base……

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