200th BASE
お読みいただきありがとうございます。
一試合に続き、二試合目も接戦が繰り広げられていますね。
ここから勝利を手繰り寄せる一打を放つ選手が、亀ヶ崎に現れるのでしょうか。
祥が奮戦する傍ら、攻撃陣はと言うと、二回から五回までは無得点が続く。三回裏に昴、四回裏にオレスの二打席目が回ってきたものの、共に凡打に終わった。
亀ヶ崎としてはもどかしい展開となっているが、守備面では我慢強く点差が開かないよう踏ん張っている。六回表、前のイニングからマウンドに登った春歌がワンナウトランナー一、二塁のピンチを招き、打席に一番の谷部を迎える。
「セカン!」
谷部がアウトコースのカットボールをバットの先で拾い、二塁ベース後方に小さなフライを上げる。落下点は昴とオレスの中間辺り。守っている野手としては処理に戸惑う打球だ。
「オーライ」
それでも最後はオレスが声を上げ、背走しながら飛球をキャッチする。彼女はすぐにブレーキを掛けると、振り返ってランナーの動きを確認。どちらも慌てて帰塁していた。
「ナイスキャッチ。ネイマートルなら捕ってくれると思ってたよ」
昴がそう言ってオレスの背中を二度三度軽く叩く。するとオレスは唐突に肩を震わせ、目に角を立てて昴を睨む。
「これくらい普通だって何度言ったら分かるのよ。あと、背中は弱いから気安く触らないで。……あっ」
オレスの顔に若干の赤みが帯びる。それからそそくさと定位置に戻っていく姿を見て、昴は思わず柔らかに頬を緩めた。
(背中が弱いなんて初耳だよ。でも弱いところを弱いってはっきり言ってくれるようになったのは、ちょっとずつ心境が変わってきてるってことなのかな?)
因みに昴も背中は弱い。新たにオレスに共感できる部分を見つけ、表情は更に崩れる。
対するオレスは、自らの発言に驚いていた。まさか自分から弱点を言ってしまうとは。これまではそんな失態をしないよう細心の注意を払っていたはずだ。
(自分から弱いところを曝け出すなんて、何馬鹿なことしてるのよ。どうしてさっきからこんなにも油断してしまうの……?)
オレスの疑問は深まるばかり。しかしその答えはほぼ出ている。あとは彼女が自認するだけだった。
「センター」
続く雄山はセンターにフライを上げる。これを昴ががっちりキャッチし、亀ヶ崎がピンチを凌いだ。
迎えた六回裏、一番の昴が先頭打者として打席に立つ。同点に追い付く口火を切るため、更にはオレスに活躍の場を作るため、出塁という使命を果たさねばならない。
西経大は犬木を降ろし、この回から右の訪藤をマウンドに送った。上手から体全体を使って投げ下ろすフォームが特徴的で、犬木とはタイプが全く異なる。
(投球練習だと、速球派ですって言わんばかりに真っ直ぐばっか投げてたな。それなら私はその真っ直ぐを打ち砕いて、出鼻を挫く)
息巻く昴に対し、訪藤が初球からストレートを投じてくる。コースは真ん中高め。昴は思い切ってバットを振り抜いた。
「ピッチャー!」
快音を響かせた打球は訪藤を越えてセンター前に弾む。狙い通りストレートを捉え、同点のランナーとして昴が塁に出る。
(やった。これでバントすれば二塁に行け……え?)
一塁ベース上でバッティンググラブを外していた昴は、ふと目を丸くする。何とこの場面で、紗愛蘭が代打に送られたのだ。
(紗愛蘭さん!? だったらバントは無い。まず同点じゃなくて、一気に逆転しようってことか)
紗愛蘭が二度三度素振りを行い、打席に入る。バント以外にはエンドランも考えられる場面だが、そういったサインはベンチから出ていない。
(ここで私を打席に立たせた意図は、チャンスを広げてオレスに回せってことだよね。監督もそれだけオレスに期待してるんだ。私たちが全国制覇するためには、あの子の力は絶対に必要になる。オレス自身にそれを自覚してもらえれば、少しは私たちを信頼してくれるかもしれない)
一球目、訪藤はストレートを投じる。亀ヶ崎の出方を伺うかのように、アウトコースへ外れた。紗愛蘭はこれを冷静に見逃す。
(右と左の違いもあるし、計測上では空さんよりスピードは出てるんだろうな。けど体感だとそれほど速くない。ひとまず追い込まれるまでは引っ張れる球を待とう。理想は一、三塁を作ることだ)
二球目は内角にスライダーが来た。紗愛蘭はまたも手を出さないが、今度はストライクとなる。
(初球がボールになった直後にしっかりとストライクを取ってきたな。変化球のコントロールも悪くない。セオリーだと次のストレートで追い込んで、最後は落ちる球とかで仕留めにくるのかな)
三球目。訪藤の投球は真ん中低めに行く。紗愛蘭がストレートと思って打ちに出るも、ベース手前で落下する変化を見せた。バットは空を切り、カウントはワンボールツーストライクと変わる。
(先に落ちる変化球を使ってきたか。フォークよりもスプリットに近い感じだけど、空振りを取れる落差はあるな。次もこれを使うか、それともストレートで来るか)
紗愛蘭が二つの球種を追う中、訪藤が四球目を投げる。使ってきたのはストレート。ところがリリースの時点でボールと分かるほど高かった。これでは紗愛蘭は見向きもしない。
(今のは投げミスか? けど最初からボールにする気だったようにも見える。ひょっとしたら、ストレートにはあんまり自信が無いのかも。昴にも打たれてるから尚更そうなっててもおかしくない)
ストレートは決め球に持ってこない。紗愛蘭はそう配球を読んだ。案の定、五球目はワンバウンドとなるスプリットが来る。
「ボール」
当然の如く紗愛蘭はバットを出さない。これでフルカウント。ノーアウトではあるが、昴には次でスタートを切るように指示が出る。
(昴が走るわけだし、もう打球方向は気にしなくて良い。フォアボールだって良いんだ。とにかくアウトにならないことを考えよう)
六球目。訪藤はスプリットを続けてきた。紗愛蘭は腰砕けになりながらもバットに当て、ファールにする。
七球目はアウトハイのストレート。紗愛蘭はこれもカットする。高く上がった打球が、三塁側に設置されたネットの一番上に当たって跳ね返る。
(高めだと少し球威に押されるな。けどそれで構わない。バットに当てられればファールで逃げられる。何としてもアウトにならずにオレスに繋ぐんだ)
紗愛蘭の執念は実るのか。八球目、訪藤はスプリットで勝負に出る。ただ狙いよりも高くなってしまい、投球は変化した後もストライクゾーンを通っている。紗愛蘭は落ち際をバットの上面で拾い、鮮やかに流し打った。
「レフト!」
打球はショートの後方に落ちた。レフトの武田が左中間を抜けないよう処理するも、その間に昴は三塁へと滑り込む。
「よし!」
紗愛蘭は一塁をオーバーランしたところで右の拳を握る。訪藤との根比べを制し、見事にランナー一、三塁の状況を作った。そして、オレスに本日六度目の打席が回る。
See you next base……




