19th BASE
お読みいただきありがとうございます。
祝!
プレミア12優勝!
日本代表の皆さんおめでとうございます。
次の舞台はオリンピック。
ぜひとも金メダルを獲得してほしいですね。
八回の表、ツーアウト満塁で打席に立つのは四番の水田。インコースの厳しいボール球が二球続いた後のツーボールツーストライクのカウントから、春歌は全身全霊を傾けたストレートを投じる。
(これが私の、生きるための道なんだ!)
投球は春歌の狙い通り、内角低めのコースを猛然と貫く。しかし水田も負けじとフルスイングで打ちにいく。
(やっぱインコースで来ると思ってたよ。そうでなくっちゃ!)
バットの芯がボールを捉え、快音を響かせる。打球は石火の如く春歌の脇をライナーで通過した。
「おー! ナイバッチ!」
男子野球部の面々が歓喜の声を上げ、ランナーも一斉に駆け出す。一体何人がホームに還ってくるのか。
ところが次の瞬間、再び強烈な音がグラウンドに鳴り渡る。今度は革の弾ける乾いた音色。グラブとボールの衝突音だ。
「ア、アウト。チェンジ」
打球の終着点。それは、ショートの真正面だった。昴が仁王立ちで捕球し、二塁塁審はアウトのコールをする。
「おお……」
「ああ……」
水田と春歌は共に吐息を漏らし、打球の飛んだ先を見つめて呆然と立ち尽くす。暫くすると結果を受け入れたのか、互いに澄ました顔をして引き揚げていく。
(きっちり捕まえたと思ったんだけどなあ。前の球でバランスを崩された分、最後の押し込みがし切れなかったか。流石にあそこまで危ないボ―ルを体感しちゃうと、一球で修正するのは難しいんだよな)
(ほら御覧。きっと前のインコースが効いたから抑えられたんだ。誰にも私のピッチングに文句は言わせない)
ベンチに戻る最中、春歌は右の拳を強く握る。ピンチこそ迎えたが、初登板を無失点で乗り切った。しかしその投球スタイルはチームメイトが予期していたものとは全く異なり、荒々しさが目立っていた。
「春歌ちゃん、最後は気合が入ってたね。ナイスボ―ルだったよ」
「ありがとうございます。真裕先輩が途中で声を掛けてくれたおかげで、気持ちが楽になりました」
ベンチで出迎えた真裕に、春歌は溢れんばかりの笑顔を作って見せる。まるで先ほど苛々していたのが嘘のようだ。ストライクゾーンの四隅を突く制球力など、ポテンシャルの高さは証明した彼女だが、今後の行く末はどうなるのか。一抹の不安の念が残った。
八回裏。女子野球部は八番の打順に入っていた菜々花から始まる。先ほど交代した一年生の栄輝は一番、昴は二番に入れられており、菜々花が出塁すれば二人とも打席を迎えることになる。
(春歌のピッチングはほんとにあれで良かったのか……。でもそれは今考えることじゃない。守備は守備。打撃は打撃。その区別を明確にして、どっちもで結果を出さないとね。私だって今年はたくさん試合に出たいもん)
菜々花は初球を叩いた。打球はマウンドを越え、ゴロで二遊間を割っていく。センターへのヒットとなった。
(おし。地味だけどこういうのは積み重ねが大事。もう作者に活躍する予定が無いなんて言わせない)
昨年は作者から度々酷い扱いを受けていた菜々花だが、今年は違う。……と良いな。
この後アウトを一つ取られたものの、その間に菜々花が二塁へと進塁。得点圏にランナーを置き、一年生の二人に打順が回る。
「お願いします」
まずは栄輝。中学時代には強豪クラブで四番を張っており、圧巻のパワーの持ち主である。その実力の一端を披露できるのか。
「臆せず三回バットを振っていこう! 栄輝なら打てるよ!」
「はい!」
先輩である紗愛蘭からの激励に返事をし、栄輝が左打席に入る。男子野球部の投手は前の回から登板しているサウスポーの石野だ。
初球、石野は真ん中から外角に逃げていくスライダーを投じる。栄輝は果敢に強振していった。惜しくも空振りとはなったが、ヘルメットがずれるほどの豪快なスイングだった。
(ちょっと目を切るのが早かったかな。でも一球目からしっかり振れた。この感じで忘れず、次の球は捉える)
二球目。アウトコースにストレートが来る。若干高めに外れた。栄輝はスイングしようとして止まる。
三球目も外角への直球。こちらはストライクゾーンに入っており、栄輝は打って出る。
「ファール」
強引に引っ張った打球がファーストの右を抜けていったものの、一塁線よりも僅かに外側に出ていた。カウントはワンボールツーストライクとなり、栄輝は追い込まれる。
「栄輝、良いスイングできてるんだから、三振怖がってそれを崩しちゃ駄目だよ。自分の良いところを捨てるな!」
「うん、ありがとう!」
ネクストバッターズサークルから昴が声を掛ける。栄輝はそれに快く応答し、改めて打席でバットを構える。
(言われなくてもそのつもりだよ。三振を嫌がって縮こまってるようじゃ、いつまで経っても栄冠には輝けない。私はいつだってフルスイングを貫くんだ)
マウンド上の石野が一回ランナーに目をやってから、栄輝に対しての四球目を投げる。内角高めの直球。栄輝は一球目よりも更に思い切りバットを振る。
「スイング、バッターアウト」
残念ながらボールはバットに当たらず。栄輝は空振りの三振に倒れ、悔しそうに思わず空を見上げる。
「くー、やられた」
「惜しい惜しい。ナイススイングだったよ」
女子野球部ベンチからは栄輝に拍手が送られる。三振こそ喫したが、これからの飛躍を大いに予感させる打席であった。
局面はツーアウトランナー二塁に変わる。続いて打席に向かうのは昴だ。
「よろしくお願いします」
低く張りのある声色で球審に挨拶をし、昴がバットを構える。鋭角に引き締まった眉が引き立てる勇ましい顔立ちは、とても一年生のものとは思えず、大人の風格をも漂わせている。同じ左打者でショートの先輩である京子は、無言で昴の一挙手一投足を見ていた。
(守備の時の落ち着き具合といい、この打席での雰囲気といい、ほんとに今年入ってきた子なの? ウチの方が全然子どもに感じられちゃうよ……)
準備が整い、マウンドの石野から一球目が投じられる。外角低めのストレート。昴は少し反応が遅れて見逃す。判定はストライクだ。
(練習の時点から感じていたことだけど、中学時代と比べてプレー全体のスピードが上がってる。それが高校野球のレベルなんだ。でも今の相手は同じ一年生。これを打てないようじゃ、次の夏の大会でレギュラーになるなんて河清だ)
まだ一年生の昴だが、彼女は今年の夏の大会を見据えている。狙うはもちろんレギュラー獲得。つまりは京子からポジションを奪うということだ。
二球目はアウトコースから逃げていくスライダー。先ほど栄輝が空振りした軌道と似ていたが、昴は食いつくことはなかった。
「ボ―ル」
三球目。石野はシュートのような変化球を使ってくる。だが低めに引っ掛けてしまい、昴は難なく見送った。これでカウントはツーボールワンストライクとなる。
(向こうは歩かせても良いとは考えてないはず。一球目の私の反応を覚えているなら、おそらく真っ直ぐで攻めてくるんじゃないかな。ストライクも稼ぎやすいだろうし)
速い球に備える昴。四球目、石野は真ん中やや内寄りにストレートを投げ込む。
(……やっぱり来た!)
昴は右足を上げずにすり足でタイミングを取り、動作をコンパクトにして打ちにいく。ところがボールを捉えることはできず、バットは空を切った。まだ直球の速さに付いていけていない。
(これでも遅れてるのか。見ている限り手元で伸びてるようには思えない。だとしたら単に私が下手ってことか。くそ……)
己の未熟さを痛感し、昴は奥歯を噛みしめて悔しがる。ただまだ終わったわけではない。彼女にはあと一つストライクが残っている。
(ストレートで押し切ってくるか? それとも変化球で躱してくるのか? 決めかねて尻込みしていたらその時点で打てなくなる。答えは二つに一つ。できるだけ後悔の少ない選択をしよう)
昴はそう自分を説き伏せる。外見だけでなく内面的にも自若としており、心に迷いは抱かない。
(……決めた、ストレートに絞る)
前の球で見た直球の球筋を想起する昴。狙いを定めたとはいうものの、実のところ打てるビジョンはあまり浮かんでいない。しかしそんな理由で逃げに回ることはしたくなかった。彼女にも意地がある。
五球目。石野がセットポジションに入り、投球モーションを起こす。投げてきたのは外角高めのストレート。抜けてボール気味にはなっているが、昴は打ちに出た。
(これならバットは十分届く。打てる!)
短い金属音が響き、小飛球がサードの頭を越えていく。そのまま誰も追いつくことができず、レフト線上に落ちた。
「おお! 打った!」
二塁ランナーの菜々花は驚きの声を上げつつ、三塁を蹴ってホームへと駆け込む。更に打った昴は二塁まで到達。タイムリーツーベースヒットとなった。
「凄いよ昴! ナイスバッチ!」
「……ありがとうございます」
ベンチの選手から送られる賛辞に、昴はヘルメットの鍔を触って応える。けれどもその表情はどこか物憂げだった。
(ナイスバッティングでも何でもない。運良く甘いゾーンに入ってきたから打てて、運良く誰もいないコースに飛んだだけの話だ。指に掛かったストレートが来てたらアウトになってた。スイングの鈍さ、反応の悪さ、足りないところを挙げるとキリが無い。それを克服できなきゃ、上級生には追い付けない)
昴は確かにヒットを放った。しかしそれは“打った”というより、ヒットに“なった”と表現する方が正しいだろう。昴本人もそのことは理解していた。この結果が内容の伴うものになるよう、これから技術を磨いていくことになる。
一方で追われる立場にある京子。二塁ベース上の昴の姿を見て、彼女は心臓がきつく締め上げられるような感覚に陥っていた。
(昴、ヒットを打ったのにほとんど喜んでない。こんなんじゃ物足りないって感じ。もしやあの子、もう既にとてつもない野心を持ってるのかも。だとしたらウチもうかうかしていられない……)
自分は間違いなく標的にされている。そんな恐怖心が、京子の中に芽生え始めていた。この時静かに、ショートのレギュラー争いのゴングが鳴ったのだった。
「八対一で女子野球部の勝利。礼!」
「ありがとうございました!」
九回表は新たに代わった投手が締め、ゲームセット。女子野球部は新年度最初の試合を、幸先良く勝利で飾った。真裕や紗愛蘭、京子ら上級生の活躍が光る傍ら、春歌、栄輝、昴の三人の新人がデビュー。夏の大会に向け、実りの多い再スタートを切ることができた。
See you next base……
PLAYERFILE.12:野極栄輝(のぎわ・さき)
学年:高校一年生
誕生日:7/15
投/打:右/左
守備位置:外野手
身長/体重:161/58
好きな食べ物:肉料理全般(肉の含有率は最低でも7割なければならない)




