1st BASE
初めましての人もご無沙汰の人も、お読みいただきありがとうございます。
本日より『ベース⚾ガール!!~HIGHER~』を連載させていただきます。
以前まで連載していた『ベース⚾ガール!』の続編となりますが、そちらを読んでいない方でも楽しめるようになっております。 もちろん、読んでいただいていた方はより一層楽しんでいただけます!
この作品を通して、野球の「面白さ」や「奥深さ」を感じていただけたら幸いです。
これからよろしくお願いいたします!
それではプレイボールです!
――新たな夏の訪れを待ち侘びる季節。窓から吹き込む長閑なそよ風に誘われ、私は目を覚ます。
「ふわあ……」
大きな欠伸をしながら背筋を伸ばし、ベッドから出た私は、部屋にあるスタンドミラーの前に立つ。一年前と比べて、幾らか背が高くなったのではないだろうか。これは明後日の身体測定が楽しみだ。
私の名前は柳瀬真裕。今日から高校二年生になる。別にどこにでもいる女子高生だと自分では思っているが、少しだけ珍しい部活動に所属している。
制服に身を包み、お気に入りの緑のヘアピンをしたら準備完了。髪は比較的短い方なので、毎朝整えるのにそこまで時間を要しない。私は一階へと降り、居間で朝食を摂ることにする。
「おはよう」
「あ、おはよう真裕」
食卓ではお母さんが仕事に行く前の化粧を整えていた。その隣では、皿に盛られたベーコンエッグと野菜が用意されている。私の分の朝食だろう。
「レンジの中にトースト焼いてあるから、朝はそれと一緒に食べて」
「はーい」
私はレンジからトースト、冷蔵庫からマーガリンを取り出し、机に腰かける。
「いただきます」
箸でベーコンを二つに裂き、白身を乗せて口に入れる。ほんのりとした胡椒の香りと優しい薄塩味。目覚めたばかりのやや重たい身体には、これくらいがちょうど良い。
「おお、真裕。おはよう」
「あ、お父さん。おはよう」
そこにスーツ姿で現れたのは私のお父さんだ。お父さんは私を見るや否や蒸かし芋のようにほっこりと顔を綻ばせ、頭を撫でようとする。
「ふふっ、二年生になって一層可愛くなったなあ」
「あーもう、止めてっててば!」
私はお父さんの手を叩くようにして払い除ける。昔からお父さんはこういうことをしてくるが、もう私も高校生。流石に恥ずかしいので、最近はこうして拒絶している。
「うーん……、今日も駄目かあ……」
お父さんはしょんぼりと肩を落とす。ちょっと口調が強すぎただろうか。別にお父さんが嫌いなわけではなく、私としてはこんなことで悲しい顔をしてほしくない。この辺りの距離感は、今少しだけ悩んでいるところだ。
「今日も駄目って、貴方はいつもタイミングが悪いの。真裕は食事中でしょ。そういうこと考えてないから嫌がられるの」
「うう……、その通りだよね……」
二人の間に気まずい空気が流れかけるも、お母さんがフォローを入れてくれる。お母さんは私の気持ちを理解してくれているようで、色々と助けられている。
「はいはい、分かったなら仕事行ってらっしゃい。今日も頑張ってね」
「うん、行ってきます」
少し元気を取り戻したお父さん。お母さんと出かける前のキスを交わす。
「む……」
見慣れた光景だが、この頃の私はふと目を逸らしてしまうことが多くなった。見ていると何だか心がもやもやするからだ。
「ごちそうさま」
お父さんが出ていった後はさっさと朝食を食べ終え、私は荷物の整理に取り掛かる。ボストンバッグに用具を詰めていると、今度は二階から誰かが降りてくる足音が聞こえてきた。お兄ちゃんが起きてきたみたいだ。
「あ、おはようお兄ちゃん」
「おう、おはよ」
寝癖の付いた頭を掻きながら、気怠そうな声で挨拶をするお兄ちゃん。名前は柳瀬飛翔。私より四つ年上で、今年で大学三年生になる。
「お兄ちゃん、まだ大学は休みなの?」
「ああ、明後日まで。今日は午後から練習」
お兄ちゃんは野球部に所属している。ポジションはピッチャー。高校の時に怪我を負って一度野球から離れていたものの、半年ほど前に復帰。現在は元気に活躍している。先日行われた春の大会でも強豪相手に好投し、チームを勝利へと導いた。
「午後練ってことは午前は暇なんだよね? じゃあ駅まで送ってってよ」
「えー、めんどくさ。何時?」
お兄ちゃんは嫌そうな顔をしながらも、すぐに私のお願いを了承してくれた。ぶっきらぼうな点も多いが、根は優しい。そんなお兄ちゃんが私は好きだ。
「京子ちゃん次第だけど、もうちょっとで出発するつもり」
「はいよ。とりあえず顔洗ってくるわ」
そう言ってお兄ちゃんが洗面所へと入っていく。それから十分後、支度を終えた私がリビングで待機していると、玄関のインターホンが鳴った。京子ちゃんが来たようだ。
《おはよー。私メリーさん。今貴方の家の前に……》
「いやいや、それ今年もやるわけ? 芸無さすぎでしょ」
《そ、そんなにきつく言わなくても……。ていうかその指摘はウチじゃなくて作者に言ってほしんだけど》
「あはは、ごめんごめん。でも作者に言ってってどういう意味? まあ良いや、今から行くね。お兄ちゃんが駅まで乗っけてってくれるって」
「お、まじ? やったー」
陽田京子ちゃん。赤縁眼鏡と三つ編みがトレードマークの女の子で、私の小学生からの幼馴染である。とある趣味に対して時々歯止めが効かなくなることがあるが、その話はまた後々。因みに彼女も私と同じ部活に入っている。
ということでお兄ちゃんの車で最寄り駅へと送ってもらい、私たちは電車に乗り込む。
「そういえば京子ちゃん、中学からずっとその髪型だけど、変えようと思わないの?」
「あー、あんまり思ったことないかも。一応好きでやってることだしね」
満員よりも幾分か余裕がある状態の中で他愛の無い会話をしていると、学校から一番近い駅まで到着した。ただし一番近いと言ってもそれなりに距離があり、暫く歩かなくてはならない。
県立亀ヶ崎高校。それが私たちの通う高校の名前だ。特段変わったところはなく、しがない公立高校だが、私には敢えてここを選んだ理由がある。
学校に着いた私たちは部室でユニフォームに袖を通し、早朝練習に参加するためにグラウンドへと向かった。
「よろしくお願いします!」
私は大きな声で挨拶をしてからグラウンドの中に入っていく。真っ黒に染まった土。菱形を描くように敷かれた四つのベース。そしてその上空を飛び交う小さな白球。もう何の部活かは分かっただろう。
そう、私がやっているのは野球。それも女子だけで行う。ここ亀ヶ崎高校は、県内で二つしか無い、女子野球部のある高校の一つなのだ。
「よし、今日もやりますか!」
私は左肩に提げていた袋から、意気軒昂とオレンジのグラブを取り出す。私たちの目標は、全国大会を制覇して日本一になること。去年の夏の大会、更に先日行われた春の大会ではベスト四止まりで終わっている。その雪辱を期すべく、私たちの挑戦が再び始まる――。
See you next base……
PLAYERFILE.1:柳瀬真裕(やなせ・まひろ)
学年:高校二年生
誕生日:4/22
投/打:右/右
守備位置:投手
身長/体重:159/55
好きな食べ物:アイスクリーム、ホルモン