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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第十二章 金メッキの戦士
199/223

197th BASE

お読みいただきありがとうございます。


これまで手を差し伸べられてきた紗愛蘭が、今度は手を差し伸べる立場に変わります。

その手をオレスは掴むことができるのでしょうか。

 紗愛蘭は自分がされてきたように、オレスに手を差し伸べる。オレスの目には、それが眩く輝いて見えた。


「今すぐに信じてくれとは言わない。でもオレスが少しでも私たちと仲良くなりたいと思ってくれてるなら、力を合わせたいと思ってくれてるなら、この手を取ってほしいんだ」


 自分に対してここまで真正面から向き合ってくれた日本人は、かつていただろうか。このまま紗愛蘭の手を掴めば、心躍る野球ができる。そんな期待をオレスは抱く。


「私は……」


 オレスが右手を伸ばそうとする。刹那、それを阻むかのように、彼女の脳裏に数々の言葉が浮かぶ。


『オレスって最近うざくない?』

『何だよ、口だけかよ』

『外国人だし、空気読めないんじゃない?』


 友好的な関係を築けば、本当にこうした言葉は無くなるのか。簡単に信じれば、簡単に裏切られるかもしれない。オレスは葛藤に駆られ、手を引っ込めてしまう。それから俯き加減になって言う。


「……言ったじゃない。信じられるわけないでしょって。私は信じてない人間の手は握らないわ……」


 そこに普段のような威勢は無い。力も籠っておらず、心の揺らぎが在り在りと表面に出ている。もちろんそれは紗愛蘭にも伝わっていた。すると彼女は両手を広げ、オレスを優しく包み込む。


「な、何するのよ……」

「オレスの気持ちは分かったよ。手を取ってもらえないなら、手を取ってもらえるまで行動し続ける。オレスに信頼してもらえるようにね」


 これ以上強引にオレスを引き込むことは得策ではない。紗愛蘭自身の経験も踏まえ、最後の一歩は自分の意思で踏み出してほしかった。だから今はこうして抱き締めつつ、オレスの気持ちを受け止める。二人の胸が密着し、紗愛蘭の温もりがオレスに流れていく。


「暑いわよ……」


 オレスはそう呟きながらも、紗愛蘭に気付かれないよう、密かに彼女の腰に手を回す。二人の間を一時の静寂が支配する。


 川の流れはスピードを緩め、再び癒しの音を奏でる。やがて紗愛蘭が手を解いて立ち上がった。


「そろそろ戻ろうか。急がないと次の試合が始まっちゃう」

「……先に行っててよ。あんたと一緒になんか戻りたくないわ」

「そっか……。分かった。ちゃんと試合開始までには戻ってくるんだよ。ネイマートルには次の試合でも活躍してもらわなきゃいけないからさ」


 紗愛蘭はやや寂しそうな反応をしながらも、微笑みを浮かべてオレスを鼓舞する。その後背を向けて小走りで去っていった。


 オレスは紗愛蘭の姿が見えなくなったのを確認すると、食べ掛けの弁当箱を改めて開く。そうして今度は慣れた手つきで箸を動かし、メンチカツも白身魚のフライも関係無く掻き込む。

 さっきよりも僅かながらには美味しくなったように思える。ただそれを味わっている時間は無い。自分は二試合目にも出なければならない。そして結果を残さなければならない。虚無感は使命感に変わり、オレスの顔に生気が漲っていた。


 オレスがグラウンドへと戻った時には、他のほとんどの選手は試合に向けて準備を行っていた。彼女もすぐにウォーミングアップを始めようとする。


「あ、ネイマートル戻ってきてたんだ。キャッチボールしようよ」


 クラスメイトでもある昴が声を掛けてきた。オレスが亀ヶ崎に来てから、専ら彼女がキャッチボールの相手となっている。


「ん? 何か良いことあった?」

「え?」


 キャッチボールを始めた途端、昴が唐突に尋ねる。オレスの表情が何となく明るくなっている気がしたのだ。


「べ、別に何も無いわよ。……変なこと言わないで」


 否定するオレスだったが、頬が若干赤く染まり、平静を装い切れていない。昴は詳細までは聞かなかったものの、ほっこりと目を細めた。彼女もまた、オレスに良い環境を作りたいと思っている。


「そうか。じゃあこの調子で、次の試合は必ず勝とうね」

「だから何も無いって言ってるでしょ。ふん……」


 オレスはグラブで自分の顔を隠しつつ、昴から投げられたボールを捕る。二試合目はオレスが三番セカンド、昴が一番センターで先発出場する。


「ただいまより、関西経済大学対亀ヶ崎高校の試合を始めます。礼!」「よろしくお願いします!」


 二試合目が開始される。後攻の亀ヶ崎のマウンドには、先発の祥が上がった。


(夏大では空さんに不甲斐ない姿を見せてしまった。今日はその汚名を返上するんだ)


 当然この試合も空が見守っている。左腕の系譜を受け継ぐ者として、恥じないピッチングを披露したい。


(頼むよ祥。私に良いところを見せてくれ。真裕一人じゃ夏大は勝ち抜けない。必ず祥の力が必要になるんだから)


 打席に一番の谷部が入り、プレイボールが掛かる。祥は第一球目として、インコースへのストレートを投げ込んだ。


「ストライク」


 谷部は差し込まれ気味に見送った。指に掛かった時の球威は十分。これをどれだけ高い確率で投げられるかが、好投の鍵となる。


 二球目も同じ球を続ける。今度は谷部が打って出た。


「オーライ」


 詰まった打球は三塁側へのゴロとなる。サードに入ったきさらがこれを危なげなく捌き、谷部をアウトにする。


「おし。ワンナウト」


 祥は先頭打者を切ることに成功。これには本人以上に、空の方がほっとしていた。


(とりあえず一つ目のアウトが取れたか。祥は私と同じで先発向きみたいだね)


 夏大の決勝戦で登板した際は、雰囲気も試合展開も苦しい状況が出来上がっていた。経験の少ない祥にはそうした緊急事態を対処する術を備えていない。

 しかし先発であれば、フラットな状態でマウンドに上がることができる。祥はその方が実力を発揮できるタイプなのかもしれない。


 その後、祥は二番打者をショートフライに打ち取り、順当にツーアウト目を取る。続いて打席に入るのは三番の中井。課題の左打者だが、外角のストレートで初球にストライクを取る。


(左バッターだけど、落ち着いて投げれば大丈夫だ。とにかくしっかり腕を振ろう)


 二球目もストレート。コースは真ん中内寄りと少し甘くなった。中井は詰まりながらもバットの芯で捉える。


「セカン!」


 速いゴロがマウンドの右を抜ける。二遊間を破ろうかというところだったが、セカンドのオレスが逆シングルでグラブの先に引っ掛けた。


「はっ!」


 捕ってしまえばオレスには抜群の強肩がある。右足で踏ん張って方向転換し、一塁へ鋭い送球を投じる。


「アウト」

「おお! ありがとうネイマートル」


 祥はオレスに感謝しながら手を叩く。この好プレーで西経大の攻撃は三者凡退で終わり、チェンジとなる。



See you next base……

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