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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第十二章 金メッキの戦士
196/223

194th BASE

お読みいただきありがとうございます。


高校女子野球初となる甲子園での決勝戦に、神戸弘陵学園高校と高知中央高校の二校が駒を進めました。

決戦は8月22日の日曜日。

男子の甲子園同様、大注目の試合になること間違い無しです!


 六回表、ツーアウトランナー二塁のチャンスで打席に立ったオレスだが、内角のストレート二球で忽ち追い込まれる。


(インコースはしっかり意識させられた。じゃあそろそろあの球を使おうか)

(オッケー。私のとっておきを見せる時が来たね)


 西経大バッテリーがサインを決める。空は左腕の汗をユニフォームで拭き取ると、グラブの中で手早く握りを整えた。


(遊び球を除けば、次もストレートが来ることは考えにくい。変化球ならおっつけて右中間を抜いてやる)


 オレスは外から曲がってくるスライダーかカーブをイメージする。一方の空はセットポジションに就き、若干長めの間合いを取る。


(……さあ、これで終わりだよ)


 心做しか蝉の声が一層騒がしく聞こえる中、空が三球目を投じる。彼女の投球は真ん中低めへと真っ直ぐ進んできた。


(ストレート? そんなわけある?)


 俄には信じられないオレスだったが、とにかく打ちにいくしかない。ところが彼女がバットを動かし始めた瞬間、投球は急ブレーキを掛けて沈んでいく。空の伝家の宝刀、チェンジアップだ。


(やっぱりストレートじゃなかった。空振りはしない)


 オレスはファールで逃げようとする。スイングの軌道を修正し、下から掬うようにしてバットに当てた。


 打球は青空に向かって高く上がる。しかし伸びは無く、無情にもファーストの多岐元がほとんど動かずに落下点に入る。


「オーライ」


 多岐元は一塁ベース近辺で捕球。ランナーは二者とも動けない。


(今のがチェンジアップ。あるのは分かっていたけど、思ってたよりも精度が高かった。もっときちんとケアしておけば……。何やってるんだ私は)


 たった三球であっさりとファーストフライに倒れてしまい、オレスは自分の情けなさを悔いる。空のチェンジアップを少々侮っていたようだ。


「ええ……。ここで内野フライって、最悪にも程があるでしょ」

「もう少し何とかならなかったのかよ。これでほぼ戦犯じゃん」


 ベンチへ引き揚げたオレスに、再びチームメイトの誰かが不満を漏らす。今回ばかりは言われても仕方が無い。そう自らを納得させようとするオレスだったが、刹那に佐賀吉野で感じていたような孤独に苛まれ、やり場の無い憤りを覚える。


(他の人が失敗してもそんなに言わないじゃない……。最初どんなに歓迎されたって、遅かれ早かれ結局のところ私がこうやって一人になるのは目に見えてる。別に寂しくなんかない。何を言われたって耐えるだけよ……)


 オレスの目尻に小さな水滴が輝く。彼女はそれを汗と混じらせて何か分からないようにすると、歯を食いしばって前を向いた。


 ツーアウトとはなったが、亀ヶ崎のチャンスは潰えたわけではない。後続には四番の紗愛蘭が控えている。


(このままじゃオレスが悪者になってしまう。私が打って雰囲気を変えないと)


 紗愛蘭はベンチの不穏な空気感を察し、それを払拭しようと打席に臨む。西経大の外野陣はオレスの時と比べて前に出てきた。単打では二塁ランナーのホームインを許さない。


 一球目。外角に逃げるスライダーが来る。


「ボール」


 紗愛蘭はほとんどバットを動かさずに見送った。慎重な入りをしてきた西経大バッテリーだが、一塁が空いているからと言って敬遠する選択肢は無い。


(この子を出すと逆転のランナーになるし、自分たちから歩かせることはしたくない。最悪ヒットを打たれても一点で留めれば、まだ私たちがリードしてる)

(そもそも私には歩かせるつもりもヒットを打たせるつもりも無いけどね。紗愛蘭は良いバッターだけど、二本も打たれたら先輩としての面目が立たなくなっちゃうよ)


 二球目。空はスライダーを続けるが、今度は紗愛蘭の肩口から曲がってくる。内角低めへのストライクとなる。


(変化球でカウントを立て直したか。決め球にはチェンジアップを使ってくるはず。そこから逆算すると、ツーストライク目はきっと真っ直ぐで取ってくる)


 紗愛蘭はストレートにタイミングを合わせる。ところが三球目、空は外角へカーブを投じた。


「ストライクツー」


 裏を掻かれた紗愛蘭はバットを振れずに見逃す。彼女の読みはキャッチャーの川端に見透かされていたみたいだ。


(やっぱりストレートを狙ってたか。空の持ち球から攻め方を予想したのは評価できるけど、今の彼女にはこの川端が付いてる。全部が全部セオリー通りには投げさせないよ)

(川端のおかげで良い感じに追い込めた。この流れで一気に決めよう)


 空がマウンド上で首を縦に振る。バッテリーのサイン交換が終わった証拠だ。対する紗愛蘭は必死に考えを整理し、次の一球の予測を立てる。


(まさかカーブでツーストライク目を取ってくるとは。ボールカウントを増やしたくないだろうし、次で仕留めにくる。真っ直ぐとチェンジアップ、どっちも有り得るけど、とりあえずチェンジアップの可能性を高めに考えておこう)


 紗愛蘭はチェンジアップ七割、ストレート三割の比重で待つ。彼女がバットを構え直して間もなく、空の左腕から四球目が繰り出された。

 最初の軌道はアウトローのストレート。だがベースの手前で更に低めへ落ちる。


(チェンジアップだ! 見逃せばボールだろうけど、もう体が反応しちゃってる……)


 紗愛蘭はスイングを止められず、打ちにいってしまう。それでも体が前に出されるのを必死に堪え、バットの芯に近い部分で弾き返した。


「ショート!」


 フライともライナーとも言い難い半端な打球が三遊間に上がる。ショートの雄山がグラブを伸ばすも届かず、打球はレフトに抜けるヒットとなる。


 これに伴って三塁ランナーの京子が生還。昴もホームに突っ込みそうな勢いで走っていたが、谷部が捕球した位置から無謀だと判断して止まった。紗愛蘭のタイムリーで、亀ヶ崎がまず一点を返す。


(空さんはここ一番でほんとに良いボールを投げてくるな。けど何とか当てられたし、飛んだところも良かった。ラッキーヒットが二本も出ちゃったよ)


 紗愛蘭は一塁ベース上で薄らと微笑みを浮かべ、少しだけ嬉しそうな感情を表に出す。空の投げたチェンジアップはコースも変化も非常に良く、幾ら来ることが分かっていても打つのはかなり難しかった。にも関わらず紗愛蘭がヒットにできたのは、チェンジアップが投げられるまでの過程にある。


 一球目と二球目がスライダーで、三球目はカーブ。つまり空たち西経大バッテリーは、一球もストレートを使っていないのだ。チェンジアップという球種はストレートとの球速差を活かすことで、打者を幻惑させて威力を発揮するもの。スライダーやカーブでは球速差が小さく、打者もそこまでタイミングを狂わされず対応できてしまう。空たちが一球でもストレートを使っていれば、紗愛蘭は体勢を崩されて空振りしたかゴロを打っていた可能性が高い。


(勝負を焦ったわけじゃないけど、追い込んでチェンジアップを投げておけば打ち取れるって慢心があったな。私もまだまだ甘いね)


 自慢のチェンジアップを打たれ、空は思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。これで一点差。試合の行方は分からなくなってきた。



See you next base……

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