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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第二章 女子vs男子!
19/223

18th BASE

お読みいただきありがとうございます。


現役時代はノーコンだったので死球をよく出していました。

誠に申し訳ございませんでした。

 水田を二球で追い込んだバッテリー。ここからどう料理していくのか。


(二球とも良い球過ぎた。これより外に外しての見せ球はほとんど意味が無い。となればインコースを使うしかないか。さっきみたいなことにならないと良いけど……)


 菜々花は内角のストレートのサインを出す。ただし曽根の打席での出来事を懸念し、ミットは低めに構える。


(やっとインコースのサインが来た。けどどうして低めなの? 相手は四番なんだから、徹底して厳しくいかないといけないでしょ) 


 春歌は首を縦に動かし、承諾した振りをする。そうして水田に対して三球目を投げた。内角へのストレート。しかし投球は低めではなく、水田の胸元に向かって進んでいく。


「おっとっと……」


 水田は軽く背中を反らして見送る。菜々花が捕球した位置を見るとボール一個分打者寄りに外れているぐらいだが、一瞬死球になるのではないかと思った者も少なくない。


(一転して内を突いてきたか。満塁だからデットボールだと点入っちゃうぞ。まあでも外角の良い球が続いた後だから挟まざるを得ないか。けど一打席目の時とは訳が違うし、流石に残りは外で勝負だろうな)


 もう内角に来ることはないと読む水田。事実リードする菜々花は、如何にしてアウトコースのボール球を振らせるかを思索していた。


(水田君にまだ見せていないのはチェンジアップとツーシーム。チェンジアップなら狙われていても、低めに投げられればそう簡単には打てない。だから一番無難かな。それにもし外れても次にカットやツーシームの真っ直ぐ系統が使いやすくなる)


 菜々花が選んだ球種はチェンジアップ。ここまでの配球を遡ると妥当な選択と言える。ところが、春歌はこれを良しとしなかった。


(あれくらいじゃ向こうに恐怖を与えられない。もう一回体の近辺を抉らないと。そうじゃなきゃこっちがやられる)


 春歌が首を横に振る。これで三回目。サインが合わないこと自体は悪いことではないが、一イニングでここまで多いと、当の本人も見ている者たちもあまり良い気分にはならない。


(またか……。ここもきっと真っ直ぐでインコースを突きたいってことだよね。そりゃ気持ちを汲んであげたいけど、今の春歌は明らかに自分を見失ってる。そんな状態で好きなようには投げさせられない)


 菜々花は春歌の意を敢えて外し、カーブを要求する。だがこれにも春歌は首を振る。


(む……。じゃあこれでどうだ?)


 改めて菜々花が出したサインはストライクからボ―ルになるカットボール。もちろん春歌は頷かない。


(どうして分かってくれないんですか。そんな温い考えじゃ抑えられないですよ)

(これも駄目か……。けど私が押し切られるわけにはいかない。外角にツーシーム。ここまでしか譲歩できないよ)

(……そうですか。分かりました)

(お、納得してくれた。良かった)


 ようやくサインが決まった。結果的には春歌の方が折れたという形になる。バットを肩に下ろしてゆったりと待ち構えていた水田は、二人のやりとりが終わったのを見て構えを作り直す。


(随分と長いサイン交換だったな。そんなに投げたい球があったってことか。果たしてその希望は通ったのか。まあどの道、アウトコースが基軸になると思うんだけどなあ)


 これで勝負が決するか。春歌が投球モーションに入り、四球目を投じる。水田は外角に標準を合わせるべく、左足を踏み込もうと小さく踵を上げた。


「ん?」


 だが春歌の右腕から放たれたボ―ルは思わぬ方向へ。サインとは正反対の投球となり、水田の顔面を襲う。


「おわっと……」


 水田は素早く腰を折って頭を下げ、寸でのところで直撃を回避。ボールはそのままワイルドピッチになりそうな勢いだったが、菜々花が飛びつくように立ち上がって懸命にキャッチした。ランナーはそれぞれ、自分の塁に戻る。


「おいおい、マジで危なかったぞ。水田もよく避けたな」

「ていうかまたあんな球投げやがって。ほんと大丈夫かよ」


 男子野球部のベンチを始め、グラウンド内が騒然とする。硬球が頭に当たれば生命にも関わる危険も生じるが、今のはそうなってもおかしくない一球であった。


「ピッチャー、ちょっと力が入ってるよ。春歌ちゃんはコントロールが良いんだし、自信を持って投げていこう。打たれても皆が守ってくれるよ」


 真裕が柔らかく微笑んで肩を回す素振りをし、春歌にリラックスを促す。彼女には春歌が力み過ぎてコントロールを乱しているように見えていた。本当にそうなのだろうか。


(いやいや、リラックスしてって、そういう問題じゃないでしょう。これはおそらくコントロールミスなんかじゃない。春歌は私の構えを無視して、狙ってあそこに投げたんじゃないか。だとすれば曽根君の時も……)


 菜々花は真裕とは違い、春歌の投球は故意に行われたものだという見解を持っていた。肝心の当事者である春歌は、まるで何事も起きていないかの如く憮然としている。


(真裕先輩も菜々花先輩も何も分かってない。私の武器は制球力じゃなくて、大胆に打者の体の近くに投げられることなんだ。それをできなきゃ私の投球じゃないし、ただでさえ力の劣る男子を抑えることなんてできない)


 春歌自身が考える彼女の持ち味と、菜々花や真裕が考える持ち味は根底から異なっている。この溝を埋めない限り、春歌が試合で実力を発揮するのは難しくなりそうだ。ただ今は予断を許さない状況。どうにか凌ぐ策を見出さなければならない。


(一体春歌は何を考えているの? でも色々と話を聞くのは試合が終わってから。正直要求通りに投げてくれるかは分からないけれど、何を投げるかだけは決めておかないと)


 若干の憤りも覚えていた菜々花だが、気を静めて春歌に次のサインを提示する。球種は直球。ひとまず春歌がどこに投げてきても捕れるようにしておきたかった。


(流石に今の一球は勝手に投げたと勘付かれただろうな。でもこれで、本当の意味で私のペースに引きずり込めた。このまま押し切って抑えてやる!)


 バッテリーの思いがどんどんすれ違っていく中、迎えた五球目。春歌はまるで獲物を狩ろうとする獣のように禍々(まがまが)しい吐息を漏らしつつ、投球モーションに入った。


(お、何だか凄い殺気だな……。これは最後も内を攻めてくるか?)


 水田は口を真一文字に結び、バットのグリップをしなやかに絞る。対する春歌は菜々花の左膝を標的に定め、全身全霊を傾けたストレートを投じる。


(これが私の、生きるための道なんだ!)



See you next base……


WORDFILE.2:ビーンボール


 投手が打者の頭部に当てようと狙った投球のこと。打者を威嚇して仰け反らせる目的である「ブラッシュバック・ピッチ(brush-back pitch)」とは区別されている。

 投手は心理的な優位に立てるという理由でビーンボールを投じることが多い。投球がぶつかりはしまいかという恐怖は精神的にも肉体的にも打者に悪影響を与えることになる。ホームベースから遠ざかって構えたり、後ろ足を引いたりする傾向に陥りやすく、それによって本来のバッティングができなくなる。

 野球規則ではビーンボールは固く禁じられている。審判員は試合開始前でも警告を発することが可能であり、投手だけでなく、ビーンボールを投げるように命じた監督も退場させることができる。


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