186th BASE
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いきなりオレスが空から打ちましたね!
紗愛蘭も負けじと続けるでしょうか?
西経大との練習試合。一回表のツーアウトから、三番のオレスが二塁打を放つ。続く四番の紗愛蘭は、五球目のストレートを打ち返す。
「ショート」
球威に詰まらされた小フライが、二塁ベース上空付近を彷徨う。ジャンプするショートの雄山を越え、外野に落ちる。
「オレス、ストッ……」
「何言ってるの! ここはゴーでしょ!」
ランナーコーチの静止を振り切り、オレスは強引に三塁を回った。打球は浅めに守っていたセンターの屋島が掴むと、彼女から直接バックホームされる。タイミングは完全にアウトだ。
ところが送球は若干一塁側に逸れた。更にはショートバウンドとなり、川端は非常に捕り辛い。それを見たオレスは体を三塁側に寄せて足からスライディングすると、左手でベースの角に触れる。
「セーフ」
川端が逆シングルで捕球しようとしたものの、ボールはミットに収まり切らなかった。タッチは認められず、オレスが生還する。
「おお! まじか!」
初回にして空から先制点を奪い、亀ヶ崎ベンチは歓喜に湧く。紗愛蘭の打球は決して良い当たりではなかったが、彼女の強い気持ちがヒットを生んだ。
(絶対に打ちたかったし、ヒットになって良かった。オレスもよく思い切って突っ込んでくれたよ)
紗愛蘭は二塁からオレスに拍手を送る。ランナーコーチの指示を無視したのは褒められたことではないが、相手投手が空であること、加えてツーアウトであることを考えれば、少々無理してでもホームに突入した判断は間違っていない。しかも得点できたのだから結果的には好走塁と言える。
「ナイランちゃんオレ! イエーイ」
ホームインしたオレスを、次打者のゆりがハイタッチで迎え入れようとする。しかしオレスはそれに応じる気は更々無いようで、冷めた目でゆりを見る。
「何その手? 貴方とハイタッチなんてするわけないでしょ。それに言ったはずよ。私のことはネイマートルと呼べって。そんなふざけた呼び方をするなんて二万年早いわよ」
オレスはゆりを一蹴し、そのままベンチの中に入ってしまう。もちろん他の選手とも喜び合うこともない。先制点で高揚したチームのムードは、あっという間に落ち着いた。
(あらら、ちゃんオレは相変らずですなあ。この呼び方も拒否られちゃったし。……あ、でも二万年経ったら呼べるってことか!)
気を取り直して五番のゆりが打席に入る。ここを最近の好調を維持し、空から追加点を挙げる一打を放てるか。
(ゆりが五番なのか。元々バッティングは良かったし、安易に真っ直ぐでストライクを取りにいくのは危険だよね)
初球、空は真ん中から内に曲がるスライダーを投じる。ゆりはストレートに張ってスイングしたため、呆気なく空振りする。
(空さんなら初球は真っ直ぐを投げてくると思ったのに。次はどうだ?)
二球目は外角へのカーブ。ゆりは再びバットを振ったが、芯を外して打たされた。
「オーライ」
平凡なピッチャーゴロ。空は難無く捌いてスリーアウト目を取る。
「カーブじゃん……。空さんのケチ」
ゆりは嘆き節を溢し、力無く一塁を駆け抜ける。ここは空も温情を見せず、確実に抑えにいった。
「とりあえず初回お疲れ。良いボールは来てたよ」
「うん。お疲れ」
空は川端と言葉を交わしながらマウンドを降りる。京子と昴の二人は貫禄の投球で打ち取ったものの、オレスと紗愛蘭に連打を浴びて失点を喫してしまった。表情には悔しさが滲んでいる。
「いきなり点取られちゃったな。四番の子には親心が働いたか?」
「まさか。本気で勝負して打たれたよ。思った以上に粘っこかったね。でも、次は打たせない」
一塁側ベンチに帰ってスポーツドリンクを一口含んだ空は、グラウンドに鋭い眼差しを向ける。その先では亀ヶ崎の選手たちが守備に向かっていた。
「ネイマートルちゃん、流石のバッティングだったね。点を取ってくれてありがとう」
マウンドに上がった真裕は、サードのポジションに就いたオレスに改めて声を掛ける。一度は真裕の方を振り向いたオレスだったが、言葉を返すことはなく鼻であしらう。
(うーん……。その反応は結構堪えるなあ。まあまだ試合は始まったばっかりだ。今からは投げることに集中しよう)
真裕が投球練習を済ませ、一回裏が始まった。西経大の一番は武田。右打席に入る。
「さあタケ、早速かましてやれ!」
ベンチから空が大きな声を上げる。この試合の西経大は、一年生を中心とした下級生でメンバーを組んでいる。上級生、つまり主力は他の大学との練習試合に出払っており、空もそちらに付いていく予定だったが、亀ヶ崎が相手ということで川端と共に残った。
(真裕には良いピッチングしてもらいたいけど、試合には勝ちたい。難しいところだね)
空が複雑そうな面持ちで見守る中、真裕が第一球を投じる。アウトコースへのストレート。武田は果敢に打ち返す。
「サード」
痛烈なゴロがオレスの正面に飛ぶ。オレスは右足に重心を乗せて屈み、打球をグラブに収めた。それからファーストの嵐の元へワンバウンド送球を投げる。
「アウト」
武田の俊足も及ばず。先頭打者としての出塁はならなかった。
「ナイスプレー! 流石だね」
真裕が手を叩いてオレスを称える。だがオレスは当たり前かのように受け流し、ボール回しにも加わらない。
(今の捕り方は上手だったな。正面の打球だったけど、敢えて半身になることで送球に移りやすくしたんだ。けどその後が気になるなあ。真裕たちの声をほとんど無視してるみたいだし。紗愛蘭たちの悩む理由が分かるよ)
空もオレスのプレーは評価するが、態度に関しては目に付いたようだ。野球がチームスポーツであることを考えた時に、無理に仲良くできなくとも最低限の協調性は必要になる。
(紗愛蘭たちは自分たちでどうにかするつもりっぽいね。今日の試合であの子をどうやって引き込むか、見物だね)
打順は二番の雄山に回る。スイッチヒッターの彼女は右投手の真裕が相手のため、左打席に立った。
初球、真裕は低めのストレートでストライクを取る。雄山は手を出さずに見送る。
二球目のカーブが外れた後、真裕は三球目にインコースへのストレートを投じる。これを雄山が捉え、ピッチャー返しのライナーを放つ。
「うわっ!」
咄嗟に反応する真裕だったが、打球は彼女のグラブを弾いてマウンド後方に落ちた。これを京子が急いでカバーする。
「オーライ」
京子は素手で打球を掴んで一塁へ送球。際どいタイミングながら、塁審はアウトの判定を下す。
「ナイス京子ちゃん! ありがとう」
「真裕が触ってくれたからだよ。あれが無きゃセンター抜けてた」
真裕と京子は笑顔で右の掌を合わせる。それを見ていた空も思わず目を細めた。
(あの二人は本当に仲が良いね。京子は技術も向上してるけど、それ以上に自信を持ってプレーできてる気がするよ。真裕の後ろを守ってるのが楽しいんだろうね)
この後、真裕は次の打者をライトフライに打ち取った。オレスと京子の好守備にも後押しされ、三者凡退で初回を終える。
See you next base……




