184th BASE
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オレスが来て初めて練習試合が始まります。
更にはあの選手も帰ってくるようです。
それぞれの活躍にご期待ください!
『……どうして!? どうして誰も私を認めてくれないの! 私はこんなに上手なのに! 私が日本人じゃないから? 私が普通じゃないから?』
どこかも分からない虚無の空間に、孤独な少女の叫びが延々と響き渡る。だがここには少女一人しかいない。彼女の声は誰の耳に届くこともなく、やがて虚無の空間はぼんやりと消失していく。
「はっ……」
一人で使うには大き過ぎる真っ白なベッド、一人で使うには広過ぎる部屋で、オレス・ネイマートルが眠りから覚める。昨夜の夢も良い物では無かった。ここ一年はほぼ毎日、同じ夢ばかり見ている。
「……私が、何したって言うのよ」
オレスはシーツを握り締める。背後から聞こえる秒針を刻む音で我に返り、ベッドを出て支度を始めた。
今日、亀ヶ崎は新チームとなって三度目、オレスが入部してからは初めての練習試合に臨む。相手は大阪にある関西経済大学。略して西経大と呼ばれている。
真裕たちの二つ上の卒業生、天寺空が進学した大学であり、この時期は岐阜県恵那市で合宿を行っている。今回はその最終日に亀ヶ崎と試合を組むことになったのだ。
川のせせらぎが癒しを齎す長閑なグラウンド。そこへ到着した亀ヶ崎の選手たちを、いの一番に空が出迎えた。
「おお皆、久しぶり! 元気だった?」
「お久しぶりです空さん。お陰様で元気でやれてます」
最初に紗愛蘭が挨拶する。それに続いて二年生全員が空を取り囲み、真裕が夏大の時の謝辞を述べる。
「夏の大会以来ですね。あの時は応援ありがとうございました」
「あれくらい当然だよ。それより真裕、調子はどう? 負けたショックは引き摺ってないかい?」
「少し前までは引き摺ってましたけど、ひとまず底は脱したって感じです。えへへ……」
真裕は苦々しく笑って回答する。夏大直後は迷走しかけていた彼女だが、真のエースとして歩むべき道を見出しつつある。今日はその成果を空の前で披露したい。
「それなら良かった。エースがどっしりしてればチームが大きく崩れることはないからね。頑張りなよ」
「はい! 空さんは今日投げるんですか?」
「もちろん。一試合目に先発するよ」
「そうなんですか! じゃあ投げ合えるってことですね」
「ああ。負けないよ!」
左拳を握り、早くも闘志を漲らせる空。可愛い後輩たちにも手加減はしない。本気で勝ちにいく所存だ。
「……ん?」
ふと空が真裕たちから視線を外す。ちょうど横を通り過ぎたオレスに目が留まったのだ。
「外国人? あんな子いたっけ?」
「いえ。二学期から編入してきたんです。オレス・ネイマートルって言います」
紗愛蘭が代表して答える。空は口を丸くして驚きの声を漏らす。
「ほーん、そんなことあるんだ。……で、実力はどうなのよ?」
「野球は間違いなく上手いです。相当な実力を持ってます。ですが……」
「ですが? 何だか訳ありみたいだね。相談に乗るよ」
「それがですね……」
重ねて問う空に対し、一旦は事情を説明しようとする紗愛蘭。ところが思い直したように咄嗟に口を結う。
「いや、やっぱり止めておきます。これは私たちの問題なので。私たちの力で解決するべきです」
「そっか。なら私は陰ながら応援するよ」
「ありがとうございます」
紗愛蘭が会釈をすると、他の六人も頭を下げた。空は穏やかに微笑むと、自チームの元に戻ることにする。
「ねえ紗愛蘭、何であんな風に言ったの?」
空が居なくなった後、嵐が尋ねる。紗愛蘭は彼女たちの方を振り返り、理由を話す。
「オレスを本当の仲間にするためには、まずは私たちがちゃんと寄り添わないといけない。その上で上手くいかなかった他の人に相談すれば良い。けどまだ私たちは、オレスに対して何もしてあげられてないと思うんだよね」
如何にオレスがチームに馴染もうとしないと言っても、彼女が来てからは数日しか経っていない。きっとまだできることはあるはずだ。そして紗愛蘭は今日が大きなチャンスだと考えていた。
「私は今日の試合で、オレスをチームの一員にしたいと思ってる。だから皆、協力してもらっても良いかな?」
紗愛蘭の言葉に皆が揃って頷く。オレスを仲間にしたいという想いは同じだ。
「ただいまより、関西経済大学対亀ヶ崎高校の試合を始めます!」
「よろしくお願いします!」
亀ヶ崎の選手が集合してから約一時間後、第一試合が始まる時刻となった。先攻の亀ヶ崎が整列を終えて初回の攻撃に向かう。
今日は新加入のオレスを三番、これまで二番を担っていたゆりを五番に据えてクリーンナップを組み替えた。新しい打順で得点力不足解消を狙う。
対する西経大はサウスポーの空が先発投手としてマウンドに上がる。持ち前の気迫溢れるピッチングが見られるか。
「プレイ」
球審からプレイボールが掛かり、先頭打者として京子が打席に入る。新チームになってからは三番起用が続いていたが、今日は夏大でも打っていた一番を務める。慣れ親しんだ打順で真価を発揮したい。
(相手が空さんだからって怯んじゃいられない。寧ろ食って掛かるつもりでいかないと打てないぞ)
(最初から京子と対戦か。良いじゃん。さあ、命燃やして投げるよ!)
空は心を踊らせながら、キャッチャーの川端とサイン交換を済ませる。ランナーがいないながらもセットポジションに就くと、亀ヶ崎にいた当時とほとんど変わらないフォームから第一球を繰り出した。
「ストライク」
ストレートが外角低めに決まる。京子は打ちに出ようとしたが、厳しいコースだったためバットを止める。
(初球から良いボール投げるなあ。球も前より速くなってる。分かってたことだけど、かなり手強いぞ)
(どうしたどうした? どんどん打っていかないとすぐに追い込んじゃうよ)
空は二球目もストレートを続ける。今度はスイングしていった京子だったが、バットは空を切る。
(ふふっ、綺麗に振り遅れたね。このまま押し切るよ)
(空さんの性格なら、今のウチの空振りを見てもう一球真っ直ぐを投げたいと思うはず。それを打ち返してやる)
三球目。京子の予想通り、空はアウトコースへ再びストレートを投じてきた。京子はピッチャー返しをイメージしながら打って出る。
「オーライ」
しかし打球は三塁側のファールゾーンへ高く上がる。小走りで落下点に入ったサードの斎賀が危なげなく掴んだ。
(あれでも差し込まれるのか。スピードだけじゃなく球威もかなり上がってる。去年に比べて凄味が増してるよ……)
京子は渋い表情でベンチに引き揚げる。空は想像以上にレベルアップしており、今は感服するしかない。
(真っ直ぐと分かってるようなスイングだったな。でも残念。分かってるからって、そう簡単には打たせないよ)
空は地面のロジンバッグを触れながら、微かに得意気な顔をする。かつてのエースは、後輩たちの前に大きな壁として立ちはだかる。
See you next base……
PLAYERFILE.32:天寺空(あまじ・そら)
学年:大学一年生
誕生日:1/22
投/打:左/左
守備位置:投手
身長/体重:160/54
好きな食べ物:カツオのたたき




