182nd BASE
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突如として現れた編入生、オレス・ネイマートル。
彼女は一体どんな活躍を見せてくれるのでしょうか?
「ありがとうございました!」
練習が終わって解散すると、オレスちゃんの周りは瞬く間に賑わい出す。新入部員に皆、興味津々のようだ。
「オレスちゃんってイギリス人なの? どうして日本に?」
「日本語上手だよね。どこで習ったの?」
私は紗愛蘭ちゃんとスパイクを磨きながら様子を見守っていた。ここまで盛り上がるものなのかと、何だか微笑ましくなる。
「ふふっ、オレスちゃん早速質問攻めに遭ってるね」
「オレスは外国人みたいだし、聞きたいこともたくさんあるんじゃないかな。真裕も気になるなら行ってきたら?」
「辞めとくよ。あんなにいるのに更に行ったら可哀想だし」
「それもそうだね。……ん?」
その時だった。それまで黙っていたオレスちゃんが唐突に立ち上がる。彼女は無愛想な顔付きをしながら、周囲に向かって語気を強める。
「どうして態々、貴方たちの質問に答えなきゃいけないのよ? 野球に関係無いことは話すつもりないから。聞いてこないで」
再び凍て付いた空気が流れる。オレスちゃんは呆ける私たちに構わず、そそくさとその場から立ち去った。
「オレスちゃん……?」
「怒っちゃったのかな。ちょっと様子を見てくる」
「私も行くよ」
私は紗愛蘭ちゃんとオレスちゃんを追う。オレスちゃんの歩くスピードは非常に速く、走ることでようやく追い付けた。
「待ってオレスちゃん」
「何よ?」
オレスちゃんは歩くのを止めない。私たちは彼女の左脇に並び、紗愛蘭ちゃんが歩きながら謝罪する。
「ごめんねオレス。皆で寄って集って迷惑だったよね。気に障ったのなら謝るよ」
「別に気にしてないわ。私は異国の人間だもの。珍しがられるのは慣れてるから」
「そっか……。けど嫌なことがあったら、キャプテンの私に何でも相談してね。皆の質問にも無理に答えなくて良いから」
「言われなくてもそうするつもり。まあ貴方に相談することも、質問に答えることもないだろうけど」
そう言ってオレスちゃんは私たちを突き放す。私は険悪な雰囲気を変えようと、今日のプレーについて明るく称える。
「そ、それにしてもオレスちゃん、守備もバッティングもレベル高いね! 前はどこで野球を……」
「ネイマートル!」
「はい?」
オレスちゃんが急に立ち止まり、こちらを睨む。それから有無を言わせぬ圧力で私たちに忠告した。
「知らないのなら教えてあげる。ファーストネームっていうのは、親しい人にしか呼ばせないものなの。私は貴方たちと仲良くなる気は無い。だからオレスって呼ばれる筋合いは無いわ。今後私のことはネイマートルと呼ぶように」
「わ、分かったよ……。ごめんねネイマートルちゃん」
私は頷くしかない。オレスちゃんは改めて歩を進め、部室の中に姿を消した。紗愛蘭ちゃんと二人だけになり、私の口から言葉が漏れる。
「とんでもない子が入っちゃった……」
「……色んな意味で?」
「うん」
とんでもない実力、そしてとんでもない性格のオレス・ネイマートルちゃん。この子が活躍できるかどうかで、亀高はとんでもなく強くなれるし、とんでもなく弱くもなる。そんな予感がした。
翌日の練習にもオレスちゃんは参加。初日と変わらず存分に実力を披露する。ノックでは二遊間に入り、高い身体能力を活かしたダイナミックなプレーを見せていた。
そして今日は監督の指示でブルペンに入ることにもなった。私も監督と共に立ち会い、ピッチングの様子を見学する。
「まずは真っ直ぐから行くわ」
オレスちゃんは額の前まで振り被って素早く足を上げると、肩を担ぐ豪快なフォームから右腕を振り抜く。
ストレートが勢い良く真ん中高めに行った。ストライクゾーンからは大きく外れてしまったものの、地肩が強いだっけあって球速は出ている。私と同等、若しくはそれ以上かもしれない。
「ウップス……。手元が狂っちゃったわ」
「気にしなくて良いぞ。そのままどんどん投げてくれ」
監督に促され、オレスちゃんは二球、三球と続けて投げる。初球こそボールとなったが、その後はそこそこの割合でストライクを取れていた。コントロールは決して悪くない。
変化球もあっと驚く決め球は無いものの、スライダー、カーブ、シンカーの三種類を使い分けられるようだ。これなら投球に幅が出せるし、ストレートの威力も活かせる。
「……なるほど。よしネイマートル、ここら辺で良いだろう」
三〇球半ばを過ぎたところで、静かに見守っていた監督は何度か首を縦に振り、一旦静止を掛ける。
「ワッツ? まだ投げられますよ」
「これだけ見られれば十分だよ。あれだけの肩を持っているし、やはりマウンドからでも良いボールを放るな」
「これくらい当然ですよ。野球はピッチャーが投げられないと始まらないもの」
「確かにな。ひとまず野手としての起用が中心になるだろうが、いつ投手で出ても大丈夫なように日頃から準備しておいてくれ。練習試合でも登板してもらう機会があると思う」
「ロジャー。いざとなれば私が全部投げても良いわよ」
オレスちゃんなら本当に一試合投げ切れてしまいそうだ。今のチームは打撃だけでなく投手陣も課題なので、単純に頭数が増えるだけでもありがたい。
「次、ストレート!」
私と監督が去った後も、オレスちゃんはピッチングを続ける。楽しそうな素振りを一切見せず黙々と投げる姿は、誰も近寄らせまいと言わんばかりの殺気を漂わせていた。
それは練習終了後も同じ。オレスちゃんは用具を整理するとあっという間に帰ってしまった。明らかに私たちから距離を置いている。
「ネイマートル、もう帰っちゃったの?」
「そうみたい。何かあの子、感じ悪いよね。野球は上手なのに、性格は最悪じゃん」
「私たちとは仲良くしませんって言ってるようなもんだよね。外国から来た子ってことでちょっとわくわくしたけど、こんなんだったら一緒にやってかなきゃいけないのがまじで嫌になるよ」
周囲からは早くもオレスちゃんを疎む声が聞こえてくる。このままでは良くない。何故彼女はあんなに冷たい態度を取るのだろうか。その要因を突き止めて、本当の仲間として迎え入れなければ……。
See you next base……




