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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第十一章 私がやるんだ
178/223

176th BASE

お読みいただきありがとうございます。


亀ヶ崎は先制直後に追い付かれてしまいました。

しかも真裕の心情が何となく気になるところですね。

立ち直ることはできるでしょうか。

 六回裏の教知の攻撃。ツーアウト一、三塁から本山の打球がピッチャーへの内野安打となり、亀ヶ崎は同点に追い付かれる。


 尚もピンチは続く。一打勝ち越しの場面で、三番の矢田が打席に入る。


(もう打たせない。バットに当てさせすらしない)


 マウンドの真裕は目元を厳つく引き締め、矢田への初球を投げ込む。球威のあるストレート。しかしコースはど真ん中だ。


(お? 失投じゃん!)


 矢田は渾身の力でフルスイングする。快音を響かせた打球が、真裕の頭の上を勢い良く越えていく。


「え……?」


 真裕が見上げる先で、打球がセンターのゆりの後方に弾んだ。三塁ランナーに続いて一塁ランナーも本塁へ駆け込んでくる。ゆりから中継の京子に送球が渡るも、バックホームはできなかった。


「イエーイ! 勝ち越し!」


 生還した徳重と本山は嬉々としてハイタッチを交わす。矢田のタイムリースリーベースで教知が二点を加え、一気に逆転する。


(真っ直ぐがあんなに飛ばされるなんて……。そんな馬鹿なことある?)


 真裕は本塁のカバーも忘れ、マウンドの横で信じられないという表情をしている。それほどに打たれたショックは大きかった。


「真裕、どんまい。こういう時もあるさ」


 京子がボールを返すついでに声を掛ける。更には菜々花も駆け寄ってくる。


「もっと慎重に入るべきだったね。私も早くアウトを取りたいって焦っちゃったよ」

「……ううん。菜々花ちゃんのせいじゃないよ。投げ切れなかった私が悪いんだ」


 真裕は二人と目を合わせようとせず、俯き加減で答えを返す。あまりの落ち込みように京子と菜々花は困惑し、()(きた)りな言葉で励ますしかない。


「追い越されたなら逆転すれば良い。次の回はウチと菜々花に回るし、必ず点を取るよ」

「そ、そうだよ。だからこれ以上引き離されないように、ここでしっかり切ろう」


 七回表は二番のゆりからの攻撃。クリーンナップが活躍できれば、逆転は十分にできるはずだ。


「……分かったよ。ありがとう」


 真裕はほんの少し口角を持ち上げ、二人に礼を述べる。だがその顔付きはうっすらと暗い色を帯びていた。


 京子たちが真裕の元を離れ、試合は再開。矢田を三塁に置き、四番の高畑の三打席目を迎える。


(……違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。逆転すれば良いって話じゃない。私は打たれちゃいけないんだ。私が抑えなきゃ、このチームは夏大の決勝で勝てないんだよ)


 真裕は足場を均す。その足捌きは乱雑で、明らかにいつもの精神状態ではない。


(とにかくここを抑えないと試合は進まない。さっさと打ち取ってベンチに戻ろう)


 高畑への初球、真裕はアウトローにカーブを投じる。高畑は長打を狙った豪快なスイングを見せるも、空振りとなる。


(そんなに振り回して私の球が当たるもんか。舐めるな)


 真裕は奥歯を強く噛み締めながら二球目を投げる。ストレートが高めに外れた。


「真裕、リラックスしていこう。今は力よりコントロールだよ!」


 菜々花が両肩を回す仕草を見せ、力を抜くよう促す。しかし真裕は気に留めようともしない。返球を受け取ると間髪入れずに次のサインを伺う。


(私の声は真裕に聞こえてないのかな。けどもうタイムは取れないし、どうしたら良いの……?)


 戸惑う菜々花だが、今はサインを出すしかない。三球目はカーブを要求。けれども真裕は首を振る。


(力で押したい気持ちは分かるけど、それをやったら確実に打たれる。せめてツーシームで我慢して)


 菜々花が出し直したサインに、真裕は妥協して頷く。それからすぐセットポジションに就いて投球動作を起こした。

 ツーシームが外角へ沈んでいく。高畑は初球と同じような勢いでバットを振り、短い金属音を響かせる。


「ショート!」


 打球は二遊間へのゴロになったものの、如何せん球足が速い。跳び付く京子の横を抜け、ゆりの前へ転がっていく。このヒットで矢田がホームを踏み、教知に四点目が入った。


「ああ……。また……」


 真裕は思わず天を仰ぐ。五回までの彼女はどこへやら。まるで別人のような投球内容となっている。


 ともあれ残り一つのアウトを取らない限り、教知の攻撃は終わらない。打席には五番の東山が入る。初球、真裕は外角にストレートを投じようとするが、低めに叩き付けてしまう。


(どうしてこうなっちゃったんだ。こんなはずじゃなかったのに……)


 二球目もストレート。高めにすっぽ抜け、菜々花が腕を伸ばしてキャッチする。


(いよいよ制球も定まらなくなってきたな……。この状態での続投は厳しいぞ)


 菜々花は何とかしようと、ミットを真ん中に構える。だが三球目の投球も高く浮いた。


「ボールスリー」


 こうなっては誰も助けようがない。四球目も真裕は真ん中を狙って投げてみるが、インコースに大きく外れる。


「わお!」


 東山が腰を引いて避けたため死球にはならなかったものの、ストレートの四球で一塁へと歩かせる。その瞬間、真裕は手に膝を付いて項垂れた。


「はあ……はあ……」


 体はまだ疲れていないはずだが、気管支が詰まっているように息苦しい。心の疲労感はほぼ限界に達していた。そして、亀ヶ崎ベンチが動く。


「タイム」

「え?」


 顔面蒼白とする真裕の元へ、内野陣が集まってきた。ブルペンでは祥が仕上げに掛かっている。投手交代だ。


「そんな! まだ私、投げられるよ!」


 真裕は必死で訴えるも、この惨状では何の意味も為さない。気持ちを汲み取った嵐が左肩を摩り、優しく諭そうする。


「投げたいのは分かるけど、今日は止めておこう。もっと大事な時に備……」

「勝手なこと言わないで!」


 嵐の言葉を遮る真裕。摩られていた手を振り払い、睨むような目付きを周囲に向ける。


「私は投げなきゃいけないの! 私が降りたらこのチームは……、はっ!」


 後に続く言葉は何だ。口に出してはいけないものであるのは間違いない。その場にいた者たちは皆、仰天して固まる。


「ごめん……」


 我に返った真裕は詫びの一言だけを残し、マウンドを去る。申し訳程度に小走りするその姿は、魂の抜けた屍のようであった。



See you next base……

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