166th BASE
お読みいただきありがとうございます。
今日から新章突入!
紗愛蘭がキャプテン、真裕と京子が副キャプテンとなり、新チーム始動です!
《打ちました! 思い切って引っ張った打球がレフトへ伸びていきます!》
昼下がり、家のテレビでは甲子園の中継が流れていた。私はそれを片耳で聞きながら、鞄を背負って家を出る。
「お、来た来た」
「おまたせー。行こっか」
外では京子ちゃんが待っていた。制服のスカートの裾をふんわりと靡かせ、私たちは普段通り一緒に亀高へと向かう。
今日から新チームが始動する。昨日帰ってきたばかりなのでそれほど実感は湧かないが、私たちは最上級生となるのだ。
「よろしくお願いします!」
学校に到着し、準備を整えた私は威勢良くグラウンドに入っていく。今日は八月初旬らしく強い日差しが照り付け、昨日の雨で濡れた地面は午前の内にほとんど渇いていた。しかし蒸気が上がってくる分、気温以上に蒸し暑さを感じさせられる。
「おうふ……。あっついなあ」
現時刻は午後一時二〇分。練習開始は二時からなのでまだ時間はあるが、既にグラウンドには紗愛蘭ちゃんの姿があり、ベンチの前でストレッチをしていた。
「早いね紗愛蘭ちゃん。……あ、今日からキャプテンって呼んだ方が良い?」
「止してよ、恥ずかしいから。これまで通り紗愛蘭って呼んで」
紗愛蘭ちゃんは顔を赤らめ、少しだけ頬を膨らませる。可愛い。
「ごめんごめん。揶揄ったわけじゃないから怒らないでよ」
「そう? なら良いけど。まあでもこれから今まで以上に頼ることになるだろうし、よろしくね」
「もちろん! 何でも頼ってよ」
私は腰に手を当てて胸を張る。紗愛蘭ちゃんの助けになるのなら何でもしてあげたい。
紗愛蘭ちゃんとの会話を終えた私は、トレーニングルームに向かった。練習前にウエイトトレーニングをしておくためだ。
「ふうー……。はあ……」
五〇キロ近いベンチプレスを、大胸筋を使って二回、三回と上げていく。トレーニングルームと言っても、ここはグラウンドの横に設置された倉庫を改良したもの。器具はそれなりに揃ってはいるが、一般的な教室の半分くらいの広さしかない。少し声を出しただけで部屋全体に響くので、外に漏れていないかちょっと心配になる。
「あと一回……! ああ……」
一セットを終えて私は一息付く。こうして練習前に筋トレを行うことで、付けた筋肉を練習の中で野球の動きに馴染ませることができる。反対に練習後や就寝前だと筋肉を付けるだけで終わり、実際に使ってみるタイミングを逸してしまう。そのため野球にも活用できなくなることが多いそうだ。
この取り組みは六月頃から始めた。夏大前からの約半月間は控えていたので、久しぶりにやるといつもよりも辛く感じる。
しかしこれも舞泉ちゃんに勝ち、日本一になるため。肉体を強化してパワーを高めることで、更なるレベルアップができるはずだ。
「集合!」
練習開始時間となり、私たちは監督の前に集まる。新チームが始動するに当たって、監督が意気込みを語る。
「今日から三年生が抜け、新チームでの活動がスタートする。前のチームは夏の大会で準優勝。これは本当に素晴らしい成績だと思う。ただ目標はあくまでも優勝、日本一だ。準優勝という誇りは胸に持ちながらも、全国制覇を目指す挑戦者であるという心を忘れないでほしい」
私が入部するよりも前から、監督はずっと日本一を第一目標として謳ってきた。その甲斐あってか夏大の成績は去年がベスト四、今年が準優勝と着実に階段を上がっている。こうなれば後は優勝しかない。
「新チームとなって、また一からレギュラーを決めていくことになる。前のチームで活躍できた者、できなかった者とそれぞれいると思うが、それはひとまずリセットされる。だからここにいる全員に試合に出てくるチャンスが出てくる。勝てる選手を使うというスタイルを変えるつもりは無いので、そのピースになれるよう一人一人が考えてどんどんアピールしてくれ!」
「はい!」
監督の檄に全員が大声で返事をする。三年生が抜けて十六人まで減った私たちだが、元気の良さは変わらない。
今日から一週間程度は、基礎を徹底的に固める練習が中心となる。それこそキャッチボールやティー、素振りを入念に行い、基本的な投げ方や打ち方を確認する。
「バットはよく上から出せと言われるが、それは叩き付けろという意味じゃない。振り始めは上から、つまり耳の横からバットを出して、徐々に傾斜を緩めていく。そうして打つ瞬間はスイングの軌道を水平にするんだ」
監督は自ら身振り手振りを交えて一つ一つの動きを説明する。私たちに理解できるよう言葉を選んで教えてくれるので、とても聞きやすい。
「水平になっている時間帯はできるだけ長い方が良い。そうすればタイミングが外れてもバットに当てられるからな。ただし長くし過ぎると力が入らなかったりドアスイングになったりしてしまうので、その辺は自分自身で丁度良い形を探していってくれ」
バッティングは人によって合う形が異なる。そのため監督は特に守らなければならないことだけを伝え、それ以外は自由にやって良いと言う。
しかし自由というのは難しいもので、自分で考えて試行錯誤しなければならない。もちろん上手くいかないことも多い。雲を掴むような作業を積み重ねながら、ちょっとずつ打てるようになっていくのだ。
練習時間は全部で三時間。今日は夏大の疲労を考慮して短くなっており、明日以降はここに一時間、自主練習が追加される。
全体練習終了後、私は居残ってランニングメニューを熟す。自主練習の時間にやろうと思っていたもので、三段階に長さを分けてダッシュを行う。
「はあ、きっつ……」
夕方になっても暑さは衰えず、一本走っただけでも体力は相当奪われる。だがどんな時でも完投できるスタミナを付けておけば、決勝のようにマウンドを降ろされることも無くなるはず。そのためにこれくらいはやって当然だ。
「京子、今のはもう一歩前に出られたんじゃない?」
「そうかなあ? それじゃあもう一本お願いします!」
グラウンドでは私と同じく居残っていた京子ちゃんが、紗愛蘭ちゃんにノックを打ってもらっている。京子ちゃんも紗愛蘭ちゃんも、新チームになって何か期する思いがあるのだろう。私は二人にシンパシーを感じながら、ひたすらにダッシュを繰り返した。
See you next base……




