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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第十章 ここに立つ理由
165/223

163rd BASE

お読みいただきありがとうございます。


決勝戦の決着が付きました。

奥州大付属が逃げ切り、昨夏に続いて優勝しました。

惜しくも逆転できなかった亀ヶ崎ですが、来年のリベンジに期待しましょう!

 閉会式まで滞りなく行われ、夏大の日程は全て終了した。現在は両チーム共に最後のミーティングが終わり、宿舎に帰る準備を整えている。この間、隆浯は奥州大付属の監督である涼野宗助の元を訪ねる。


「涼野さん、今日はありがとうございました。優勝おめでとうございます」

「ああ木場さん。こちらこそありがとうございました」


 隆浯と宗助は仄かな笑みを浮かべて握手を交わす。今年で五五歳になる宗助だが、生まれ持った美形に老いた様子は全く無い。体型も非常に引き締まっており、日々の食事管理などを徹底しているのがよく分かる。


「奥州大さんはほんとに強いですね。延長戦であれだけ点を取られたら、こっちとしてはお手上げです」

「いやいや、亀ヶ崎さんこそ素晴らしい粘りでしたよ。最後のサードライナーなんて紙一重です。あれが抜けていれば同点でしたし、その勢いでサヨナラになっていたでしょう」


 宗助の年齢は隆浯よりも一回り上。しかし口調はとても穏やか且つ丁寧で、隆浯への尊敬の念が覗える。


「ところで聞きたいのですが、九回で柳瀬を降ろしたのは何故でしょうか?」


 唐突に宗助が質問を投げ掛ける。隆浯は胸の奥を小さな針で(つつ)かれたような気分になる。


「八回の様子からだと、柳瀬はそれほど疲れているようには見えなかった。球威も衰えていませんでしたし、無論、投球内容も良かった。それなのにどうして交代させてしまったのか気になるんです」

「それは……」


 宗助の問いに対し、隆浯は答えにくそうに口を噤む。すると宗助は自分から解答を出してきた。


「……右腕の位置が下がってきていたから、ですか?」


 その瞬間、隆浯の瞳孔が小さくなる。どうやら核心を突かれたようで、彼は思わず苦笑いする。


「分かっていましたか……。流石の涼野さんですね」

「目に付いたところがそれくらいしか無かっただけですよ。折戸がちょっと不思議な三振の仕方をしていたので、その時に何となく気付きました」


 八回表、真裕はツーシームで折戸から三振を奪った。だがそのツーシームは折戸が縦のスライダーだと勘違いするほど奇妙な変化をしていた。

 理由は真裕の腕の振りが、やや横に傾いていたから。その影響でいつもと違う回転がボールに掛かっていたのだ。


「ただどうしてそれだけで代えたのか。投手なら試合中にフォームが崩れるというのは有り得ること。あの程度ならもう一イニングくらい投げさせても、試合が終わってから修正できたでしょう。もし九回も柳瀬が続投していたら、僕らは点を取れていなかったと思います。そして裏でサヨナラにされていたかもしれません」


 今日は八イニングを投げた真裕だが、許した失点はたったの一点。更にその一点も、打ち取った打球が不運にもツーベースになったことから始まった。つまりそういうことさえ無ければ、奥州大付属は真裕から点を取ることができない状況だったのだ。

 その歯痒さは涼野も当然感じていた。真裕が降板した時は、心の中で大喜びしたほどである。


 隆浯としてもその辺りは把握しており、祥に代えれば勝ち目はかなり薄くなることも覚悟していた。それなのに何故、真裕を降ろしたのだろうか。


「……仰る通り、フォームの少々の乱れは試合が終われば改善できます。しかし僕が危惧したのは、その先にあることです」

「その先にあることとは?」

「真裕があのまま投げていたとしたら、ツーシームや他の変化球はいつもと違う落ち方、曲がり方をします。それで打たれたのなら問題ありません。修正しようと思えますから。ですがもし、折戸の時のように何度も抑えられたとしたら……」

「逆にその変化を追い求めるようになるでしょうね」


 深々と頷く隆浯。それから憂いを帯びた語り口で、更に言葉を紡ぐ。


「打者を抑えるために変化球を改良することは悪いことじゃない。ですがフォームを崩すことに繋がっては駄目です。一度崩れたフォームは元に戻らないこともある。仮に戻ったとして、それまでに何ヶ月、何年と掛かる」

「そうなればもう、柳瀬の高校野球は終わっていますね」

「はい。期間の限られている学生野球にとって、フォームの崩れは致命的。チームの目標もそうですが、本人の夢を壊しかねません」

「夢を壊しかねない……。それは指導者からすると一番やりたくないことですね」


 宗助は隆浯に共感し、何度も首を縦に動かす。監督としてチームを勝たせなければいけない一方で、指導者として選手個人を守らなければならない。彼らはその両立を迫られる難しい立場にあるのだ。


「木場さん、貴方の選択は凄く勇気のいることだ。中には勝利のために何の犠牲も(いと)わない人間もいますし、そういう者たちが外部からとやかく言ってくることもあるかもしれない。ですがそれでも、選手を第一に考えた采配を続けてください。私はそれが正しき姿だと思います」

「ありがとうございます。もちろんそのつもりです。……僕にはもう夢を追えませんが、夢を守ることはできますから」


 そう言った隆浯が宗助に会釈をする。彼は現役時代、プロの選手を目指していた。真裕と同様、夢を抱いて野球に励んでいた者の一人だ。だからこそ、できるだけ選手の夢を後押ししてやりたい思いを持っている。


「こちらからも、一つ聞いて良いですか?」

「ええ。何でしょう?」


 今度は隆浯が宗助に質問する。舞泉についてだ。


「今大会、小山さんは投手をやりませんでした。これはどういう意図ですか?」

「ああ、そのことですか。単純な話ですよ。小山の実力不足です。投手として出るためには、もう少しコントロールが欲しいですね」

「そうなんですか。あれだけの速球があったら、つい使いたくなっちゃいますけどね」

「気持ちは分かります。ただそれだけで使っていては結果を残している他の選手に面目が立ちません。競走に勝った者が試合に出るべきですから。小山本人は投手も野手も一緒にやりたいと希望していますが、それはちゃんと課題を乗り越えてからです。そうして再びマウンドに上がった時には、とてつもない選手になっていると思います」


 宗助は温かい目をして語る。今大会で舞泉をマウンドに立たせず試練を与えたのは、期待の裏返しであった。


「なるほど。それもまた、選手のことを考えた采配ですね」

「木場さんにそう言ってもらえて嬉しい限りです。これからもお互いに頑張りましょう」

「はい。また来年、同じ舞台で戦いたいですね。それでリベンジさせてもらいます」

「もちろん。こちらも負けるつもりはありませんがね」


 二人はもう一度固い握手をし、再戦を誓う。今日が終われば彼らはまた一からチームを纏めることとなる。一体どんなチームを築き、この場所に戻ってくるのか。今から楽しみだ。



See you next base……

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