158th BASE
お読みいただきありがとうございます。
3/26にプロ野球が開幕しました!
予定通り春に開幕できたことをとても嬉しく思います。
今年も規制がありながらのペナントレースになるでしょうが、その中だからこそ生まれる感動や興奮を見つけていきたいですね。
《九番セカンド、折戸さん》
舞泉ほど大きくはないが、スタンドの拍手を浴びながら折戸が打席に入る。今日は真裕からヒットを放っており、下軒よりも手強いことは明らかだ。
「折り姫、ヒット狙いなんかしなくて良いぞ! いつも通りフルスイングしてこい!」
「はい! 分かりました!」
ベンチからの檄に笑顔で応え、折戸はとても楽しそうにバットを構える。対照的にマウンドの美輝は口を真一文字に結び、気迫溢れる表情をして折戸と対峙する。
(一年生にしてレギュラー。しかもちゃんと結果を出してる。私が一年生の時は何もできなかったことを考えれば、この子がどれだけ凄いのかはよく分かるよ。けど今の私なら、そういう才能のある選手とも対等に戦える自信がある。それだけことをこの二年半でやってきたんだ!)
初球、美輝はアウトコースへのシュートを投げる。折戸が持ち前のフルスイングで打ち返そうとするも、投球はバットを躱すように外へ曲がった。
「ナイスボール! それ三つ続けたら打てないよ!」
「折り姫良いよ! その調子でどんどん振ってけ!」
両ベンチから美輝と折戸のそれぞれを鼓舞する声が飛ぶ。チーム一体となって、この一点を争う。二球目に美輝が投じたのは、インローのカットボール。打ちに出ようとする折戸の足を払う。
「わっ!」
咄嗟に避けた折戸は、勢い余って右打席に足を踏み入れる。こうして打者の間合いを乱すことも、投手が抑えるために重要な術の一つだ。
(さっきも似たようなことがあったけど、これはきっと狙ってやってるんだよね。嫌になっちゃうなあ……)
折戸は左打席に入り直し、敢えてゆっくりと足場を固める。僅かながらに生じた不快感を鎮め、自分のスイングに集中できるようにするためだ。
三球目、美輝は一球目と同じようなシュートを投じる。空振りを誘ったが、折戸はバットを動かしかけながらも見極める。
(同じ手には二回も引っかからないか。ただバットを振り回すだけじゃなく、その辺りの対応力もあるんだね)
美輝は感心しながら一度ロジンバックに手を触れる。一球投げる度に身体には止めどなく疲労が溜まっているが、それを少しでも気にすれば腕が振れなくなり、球威は今以上に落ちる。そうなれば折戸を打ち取ることはかなり難しい。
(……苦しくなんかない。今ここに立ててることを誇りに思え。抑えた先に希望はある)
そう自らの気を引き立て、美輝は次のサイン交換を行う。優築から要求されたのは、もう一度シュートだった。
(満塁だからスリーボールにはしたくない。かといって真っ直ぐで安易にストライクを取りに行けば、フルスイングの餌食になる確率が高い。カットボールも一打席目のように、バットにちょこんと当たっただけで内野の間を抜かれる危険性もある。そうなるとシュートでカウントを整えるのが無難だ)
(了解。追い込んだらあの球があるし、この一球は大事になるぞ)
サインに頷いた美輝がセットポジションに入る。彼女は真ん中から変化させることをイメージしながら、折戸に対しての四球目を投げる。
投球は狙い通り真ん中近辺へ。ところがストライクにしなければいけない意識が強かったためか、やや腕の振りは鈍っていた。そのため横の変化が極端に少なくなってしまう。
折戸にとっては絶好球だ。彼女はボールにバットを思い切りぶつけるようにしてスイングし、快音を響かせる。
「あっ……」
美輝が見上げる先で、大きなフライが左中間を飛ぶ。定位置よりも少し前寄りに守っていた洋子と逢依の頭上を、あっさりと越えていった。
「おお! やったー!」
折戸は右手でガッツポーズをしながら一塁を蹴る。追加点のタイムリーとなることは間違いない。
三塁ランナーの平松に続き、二塁ランナーの柴田も還ってくる。更には一塁ランナーの下軒までもが三塁を回る。
「バックホーム! 早く!」
優築の呼ぶ声に急かされつつ、捕球した洋子から京子を介して送球が渡る。しかし本塁へと届く頃には、既に下軒がホームベースを踏んでいた。
「おーし! ナイバッチ折り姫!」
「えへへ、ありがとうございます!」
折戸は満面の笑顔で二塁ベース上に立ち、ベンチにいる仲間と喜びを分かち合う。これで六対一と、奥州大付属がリードを五点に広げる。
これで勝負あったか。美輝はカバーに入った優築の後ろで、暫し動けないでいる。考えないようにしていた疲労感が、土砂崩れのように身体へ圧しかかってきた。
「ふう……」
美輝は大きく溜息をつき、唇を噛み締める。そんな彼女の元に優築が重たい口調で声を掛ける。
「美輝、ごめん……」
「どうして優築が謝るんだよ。打たれたのは私だろ」
「でもリードしたのは私。他に良い配球があったはずだから……」
会話が止まり、二人は沈黙する。それでも美輝は何とか気を取り直して言葉を絞り出す。
「……止そう。傷を舐め合うのは。まだ試合は終わってないんだから」
「そうね。最後まで戦わないと」
美輝が球審から新しいボールを受け取り、力無くマウンドへ駆けていく。いくら点を奪われようとも、三つのアウトを取らない限り相手の攻撃は終わらない。野球の残酷な一面である。
《一番ショート、織田さん》
奥州大付属は五巡目に入り、織田が打席に立つ。初球、美輝は外角に直球を投じようとするも、叩き付けてワンバウンドになってしまった。それを優築が一塁側へ大きく弾く。
「ゴー!」
折戸はすかさず三塁へ進塁。ワイルドピッチが記録される。
「……ごめん」
美輝は右手で謝る仕草を見せる。もはやそれすらも行うことが辛いくらい、体も心も満身創痍の状態だ。
(まだ負けが決まったわけじゃない。もちろん諦めてもいない。だけど体が全然動かないよ……)
二球目、美輝はとにかくストライクを取ろうとストレートを続ける。魂の抜けた棒球が真ん中に行ってしまった。
(いかん……)
美輝がそう思った時には、もう織田が捉えていた。痛烈なライナーが三遊間を襲う。またもやタイムリーになりそうだ。
「抜かせるかー!」
しかしこの打球に杏玖が素早く反応する。雄叫びを上げながらダイビングキャッチを試み、アウトを捥ぎ取る。
「あ、杏玖……」
壮絶なファインプレーに美輝は呆然と口を開ける。起き上がった杏玖は美輝に柔和に笑いかけた。
「どう今の? 凄かったでしょ? さあ逆転するよ!」
杏玖の胸にはまだ、戦う火が灯っている。五点のビハインドが嘘のようだった。
「……そうだね。やってやろう!」
これには美輝も勇気を貰う。二人は全力疾走でベンチに引き揚げ、九回裏の大反撃へと向かった。
See you next base……




