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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第十章 ここに立つ理由
154/223

152nd BASE

お読みいただきありがとうございます。


まさか最後は逢依が決めることになりそうとは……。

野球は本当に何が起こるか分かりませんね。

 七回裏、亀ヶ崎は珠音のタイムリーで同点にすると、尚もツーアウトランナー二塁から逢依が四球目のストレートを捉える。会心の打球は左中間を襲う。


 センターの中村は斜め後方に走って追い掛ける。予め左に寄っていたためその分打球との距離が近く、一歩目の反応も非常に良い。


「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!」


 亀ヶ崎の選手たちの何人かは、ベンチを飛び出してひたすら願う。夢を乗せた白球は彼らの声に後押しされ、勢いを増していく。


「抜けろー!」


 二人の“あい”も同時に声を上げる。彼らの叫びが打球にもう一伸びを加える。


 しかし中村も諦めない。鬼気迫る表情で歯を食いしばり、落下点目掛けて死に物狂いで駆ける。捕れなければチームは負け。奥州大付属の命運は彼女に懸かっている。


(……負けたくない。負けたくない! 抜けせてたまるか!)


 足は燃えるような感覚に襲われ、今にも千切れそうだ。それでも中村は懸命にグラブを伸ばし、落ちてきた打球に跳び込む。亀ヶ崎の優勝か。はたまた延長戦か。


 選手、首脳陣、審判、観客、球場にいる全ての者たちが固唾を飲み、中村に注目する。その中村はうつ伏せで倒れ込んだまま、右手に持った白球を掲げた。


「と、捕ったよ……。……アウトだよ」


 二塁塁審が高らかにアウトを宣告する。中村の執念のキャッチにより、亀ヶ崎のサヨナラは阻止された。


「ふう……。死ぬかと思った」


 まさしく命を懸けた力走。中村は奥州大付属を救った。三つ目のアウトが灯り、攻守交替となる。


 ところが他の守備陣が引き揚げようとする中、中村は立ち上がろうとしない。いや、立ち上がることができないのだ。


「どうした村ちゃん!?」


 レフトの坂口が心配そうに尋ねる。舞泉を含めた他のチームメイト、審判、更には奥州大付属の監督も駆け寄ってきた。


「いやあ……。ちょっとやっちゃったかも。走ってる時に足の筋肉が切れた感じがあるんだよね……」


 苦笑いで答える中村。だが額には多量の脂汗が浮かんでおり、見るからに痛みを堪えているのが分かる。もしかするとアキレス腱が断裂したのかもしれない。


「担架! 担架持ってきて!」


 最終的には救護班医師からドクターストップが掛けられた。中村は担架に乗せられ、無念の負傷交代となる。


「村さん……」


 痛々しい中村の姿に、舞泉の表情も青ざめる。中村はそんな彼女の手を不意に握ると、去り際に激励の言葉を残す。


「おいおい舞泉、そんなお通夜みたいな顔するなって。せっかくの可愛い顔が台無しじゃん。……お前がこのチームを優勝に導いてくれよ。私のためにもさ。信じてるから」


 中村の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。舞泉は握られた手を堅く握り返し、強い意志を持って約束を交わす。


「はい。もちろんです。絶対に優勝します」


 大きな拍手に包まれ、中村が運ばれていく。舞泉はそれを見送りつつ、必ずや彼女のプレーに報いると心に誓う。


(村さん、待っててください。私が打って、優勝旗を届けます)


 試合は延長戦に入る。壮絶な七回の攻防を鎮めるかの如くグラウンドが再整備された後、八回表のマウンドに真裕が上がる。


(ルーあいさんのはヒットになると思ったんだけどなあ……。それ以上の中村さんの守備が凄まじかった。多分だけど奥州大付属は、中村さんのためにと一層気合を入れて臨んでくるはず。ただし延長戦は圧倒的に後攻が有利。私が点を与えさえしなければ、いつかは勝てる)


 女子野球では滅多に足を踏み入れることのない八イニング目の投球となるが、真裕はそれほど疲労を感じていない。決勝戦という大舞台と、土壇場で同点に追い付いた勢いで分泌された大量のアドレナリンが、彼女の身体能力を飛躍的に向上させていた。


《八回表、奥州大付属高校の攻撃は、八番ピッチャー、瀧本さん》


 先ほどリリーフしたばかりの瀧本が、先頭打者として右打席に立つ。初球、低めのボールゾーンに落ちるカーブを、彼女はフルスイングで打ちに出る。バットは空を切った。


(お、おお……。ピッチャーなのに凄い振りだね)


 真裕は驚いた様子で口を丸く開ける。次の折戸同様、こうして思い切りバットを振ってくる選手は怖さもあるが、冷静に対処すれば今の真裕には寧ろ与しやすい相手となる。


 二球目は外に逃げるスライダー。瀧本は当たればどこまでも飛んでいきそうな勢いでスイングするも、またもや空振りとなる。


(しっかりバットを振ろうって気概は伝わるけど、ちょっとお粗末じゃない? まあバッティングが苦手な投手みたいだし、それを少しでも補うためかもしれないけど)


 優築は次の一球としてストレートのサインを出すと、中腰になってミットを構える。高めのボール球を挟み、それからスライダーで三振を取ろうという狙いだ。


 真裕が三球目を投げる。投球は優築のミットに向かって直進。見送ればボールだが、瀧本は半ば無理矢理打ちにくる。


「スイング、バッターアウト」


 バットには当たらず。瀧本は三球三振に倒れた。


(まさかこれにすら手を出してくるとは。それだけ真裕の球に勢いがあるということか。まだまだ投げられそうね)


 真裕のスタミナが十分に残っていると分かり、優築は内心安堵する。投手が安定していれば、この鍔迫(つばぜ)り合いでもチーム全体が地に足を付けて戦えるからだ。


《九番セカンド、折戸さん》


 打席には折戸が入る。彼女も全球フルスイングで勝負してくるだろうが、これが三打席目。段々と球筋は捉えられてきていると思われるので、バッテリーはその点を注意しておきたい。


 初球、真裕は外角にストレートを投じる。折戸は果敢に打って出るも、打席後方へのファールになる。


(真っ直ぐは少しずつタイミングが取れてきてるか。二打席目のように簡単に三振は奪えないかもね。では緩急への対応はどう?)


 二球目、優築はアウトローへのカーブを要求する。真裕は外のボールゾーンから曲げてくるようにして投げ込んだ。


「ボール」


 折戸はバットを出しかけるが、打ちたい気持ちを堪えて見送る。たとえストライクであっても、今のコースをヒットにするのは至難の業だ。


(危ない危ない。あんまり考え込むのは良くないけど、打つべき球とそうでない球はきちんと選ばなくちゃ)


 前の二打席で真裕の凄さは肌で感じている。これまでのように、とにかく思い切りバットを振るだけでは打てないと理解していた。これには優築も感心する。


(振ってくるかと思ってたけど、よく我慢したな。一打席毎に学習はしているようね。けど真裕は一朝一夕で打たれるような投手じゃない)


 三球目、優築はストレートのサインを出すと、インコースに寄った。真裕は折戸の膝元を狙って右腕を振る。


「ストライクツー」


 内角低め一杯に決まった。折戸にバットを出す暇も与えない見事な一球だ。


(え、めっちゃ速くない!? こんなに緩急って利くものなの?)


 折戸は口をあんぐりとさせる。その様子を、優築はマスク越しに(しか)と見ていた。


(これくらいでびっくりしてるようじゃまだまだね。次は外角のツーシームをボールにする。もしも振らなければスライダーで仕留めよう)

(分かりました)


 四球目、真裕の投げたツーシームは真ん中やや低めに行く。ボールにしたかったところだが、このコースだとストライクになりそうだ。となれば折戸は打ちにいくしかない。


(……あれ?)


 しかしここで異変が起こった。本来なら真裕のツーシームは横に変化するが、縦に弧を描くようにして落ちたのだ。折戸は当然予測していないため、バットに当てられるわけがなかった。


「おっと……」


 優築も捕球することができない。彼女は咄嗟に体で止めると、すかさず前に転がったボールを拾って一塁へ投げる。落ち着いた対応で三振を成立させ、折戸を打ち取った。



See you next base……

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