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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第十章 ここに立つ理由
153/223

151st BASE

お読みいただきありがとうございます。


亀ヶ崎はまだまだ諦めていません。

四番の一打で同点に追い付けるのでしょうか。

 亀ヶ崎が一点ビハインドで迎えた七回裏、ワンナウトランナー二塁のチャンスで珠音に打順が回る。ワンボールツーストライクのカウントから、マウンドの戸川が四球目を投じる。

 投球はアウトロー目掛け、唸るような勢いで直進する。珠音の読み通りストレートを投げてきたのだ。


(……良いボールだね。ひょっとしたら今日一番かも。でも私は打つ。打たなきゃならない。優勝するのは私たちだから!)


 珠音は大振りせず、手首を柔らかに使った(しな)やかなスイングで打ち返す。鋭いゴロが戸川の正面に飛んだ。


「ピッチャー!」


 戸川が咄嗟にクラブを出すも間に合わない。打球は二遊間も破り、外野へと抜ける。


「よっしゃー! 回れ! 紗愛蘭回れ!」


 亀ヶ崎ベンチの選手たちは皆、身を乗り出すような体勢で腕を大きく回す。紗愛蘭も当然と言うかの如く、一切の躊躇無く三塁を蹴った。

 センターの中村はそれほど前進していなかったため、バックホームできず。中継への返球に留まり、その間に紗愛蘭が生還する。


「やった! 同点だ!」

「よく走ったよ紗愛蘭。ナイスラン!」

「はい! やりました!」


 杏玖はホームインした紗愛蘭とハイタッチを交わす。それから一塁にいる珠音に向け、拳を突き上げた。


「珠音、ナイバッチ! やってくれると思ってたよ!」

「えへへ。ま、私にかかればこれくらいお茶の子さいさいだよ」


 珠音は軽く微笑んで杏玖に応える。戸川のストレートも非常に力はあったが、それに負けることなくバットを振り抜いた。タイムリーが出ていないという悪い流れにも終止符を打つ、これぞ四番と言える見事な同点打だ。


「……打たれた。打たれた……。ちくしょう……」


 対照的に打たれた側の戸川は、カバーに回った本塁の後方で天を仰ぐ。手中に収まりかけていた栄冠は呆気なく零れ落ちた。そのショックは大きく、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだ。すかさず瀬古が手を貸して体を支えようとする。


「大丈夫か? しっかりするんだ」

「ごめん……。私、守り切れなかった……」

「謝らなくて良い。戸川はここまでよく投げてくれたじゃないか。それにまだ同点だ。負けたわけじゃない」

「うん……。ありがとう」


 戸川は瀬古に励まされて顔を上げるも、これ以上投げるのは体力的にも精神的にも厳しい。それは奥州大付属ベンチも察しており、投手交代が告げられる。


《奥州大学付属高校、ピッチャー戸川さんに代わりまして、瀧本(たきもと)さん》


 リリーフに送られたのは、二年生投手の瀧本。戸川と似た本格派右腕だ。


 ここでも舞泉は登板せず。もはや不測の事態に陥らない限り、この試合中に彼女がマウンドへ上がることはないと捉えて良いだろう。観客の大勢もそれを悟ったのか、スタンドからはちらほらと諦めの声が聞こえてくる。


《五番サード、外羽さん》


 瀧本の投球練習が終わり、ワンナウトランナー一塁から試合が再開される。打席に入るのは五番の杏玖だ。


(珠音、あんたはやっぱり凄いよ。このチームを卒業したら、私なんかには到底手の届かないところに行っちゃうんだろうな……。けどそんな人間と一緒に、しかも同級生として野球をやれて良かった)


 先ほどは自分が勝ち越し打を放つと言っていた杏玖だが、ベンチからは送りバントのサインが出される。亀ヶ崎は一点を取れば勝ち、即ちどんな形であれ珠音がホームを踏めば良いので、ツーアウトにしてでも先の塁に進めるのは悪い作戦ではない。


(送りバントか。打ちたかったけど、勝つためにはこれが最善だよね。相手にもプレッシャーが掛けられるし)


 杏玖は素直にサインに従う。初球、瀧本が投じた外角のストレートを、マウンドと一塁の中間にバントする。


「ピッチャー!」

「オーライ」


 処理は瀧本が行う。彼女は捕球後に二塁の方を振り向いたものの、一塁へ送球してアウトを取った。送りバントが成功する。


(一球でできて良かった。あとは逢依たちに託すよ。……決めてくれ!)


 珠音を得点圏に置き、今度は亀ヶ崎が奥州大付属を土俵際まで追い詰める。このまま優勝を手にするのか。


《六番レフト、琉垣さん》


 打席には逢依が立つ。奥州大付属の外野陣は前に出てきた。バッテリーはここでも敬遠せず、逢依を打ち取りに掛かる。

 一球目はアウトローを狙った直球。しかし思うような投球とはならず、低めに外れる。


(瀧本は戸川に似たタイプと言うけど、球速は戸川よりも遅いし、カーブのような緩急を利かす変化球も持ってない。強引に引っ張り込んだりしなければ打てるはず。狙いはベルトよりも上の真っ直ぐだ)


 二球目もストレートが続く。コースは初球と同じ外角低め。こちらはしっかりとコントロールされ、ストライクとなる。


(珠音がお膳立てして、杏玖がチャンスを整えてくれた。それを私が締めくくるなんて烏滸がましいけど、もしできたとしたらこんなに嬉しいことはない)


 一年生から試合に出ていた珠音や杏玖と違い、逢依は最上級生になるまで日の目を見ることはなかった。だから少しだけ二人には劣等感があり、彼らのすぐ後ろの打順に座るのはプレッシャーも大きかった。だが逢依はそうした重圧を跳ね除け、一年間ずっと結果を残し続けてきた。その集大成としてこの場面で優勝への一打を放ったとすれば、これ以上に報われることなどあるだろうか。


 三球目、瀧本は外に逃げるスライダーを投じる。逢依はきっちり見極めた。


「ナイスセン! ルーあい、次が狙い所だよ。打っちゃえ!」


 次打者の愛が逢依にエールを送る。昨年の夏大にはいなかった二人の“あい”は、今となっては押しも押されもせぬレギュラーに成長。この夏大でもチームを牽引してきた。


(愛ってば、ルーあい呼びはダサいから止めろって言ってるじゃん。まあでも、愛と一緒に頑張れたから今があるんだよね。“相棒”だなんて本人に言ったら調子に乗るだろうから絶対に言わないけど、こうやって前後を打てると、自然と力が湧いてくるんだよね)


 口にこそ出さないが、愛には心から感謝している。同じ“あい”として共に歩んだ二年半。それを大団円とするべく、逢依は精神を研ぎ澄ましてバットを構える。


(……さあ来い! 私が決める!)


 マウンドの瀧本がサイン交換を終える。セットポジションに入った彼女はやや長めに静止した後、逢依への四球目を投じる。

 真ん中から少しだけインコースに寄ったストレート。逢依の張っていた球が来た。


(これでフィナーレだ!)


 逢依はもちろん打って出る。これまで重ねた努力を全て解き放つように、渾身の力でスイングする。


 乾坤一擲(けんこんいってき)。快音を響かせた打球は、高々と左中間に打ち上がった。



See you next base……

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