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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第十章 ここに立つ理由
149/223

147th BASE

お読みいただきありがとうございます。


2月らしく気温の高低差が激しい日々が続いています。

もしかすると、この決勝戦のシーソーゲームを表現してくれているのかもしれません(絶対に気のせい)。


 七回表、先頭打者の舞泉が幸運なツーベースで出塁する。続く五番の平松は送りバントを敢行するも、二球目で小フライを上げてしまった。


「キャッチ!」


 これに対して一番に反応したのは優築。マスクを脱ぎ捨て、目の前のボールにミットを伸ばしてダイブする。


「うっ……」


 優築はノーバウンドで掴んだ。倒れ込むように着地した際、腹に強い衝撃を受けながらも、ボールは落とさない。


「アウト」


 ファイト溢れる優築のプレーで、送りバントを阻止。舞泉は二塁に釘付けとなる。


「ナイスキャッチです!」

「うん。捕れて良かった」


 優築は駆け寄ってきた真裕の腕を借りて起き上がる。ランナーを進ませず平松をアウトにできたのは非常に大きい。無失点で切り抜けられる芽も出てきた。


(あれをキャッチしてくれるなんて、優築さん格好良過ぎるよ。この人がキャッチャーで良かった。これを無駄になんて絶対しない)


 真裕も感嘆するばかりだ。舞泉にツーベースを許して少し気落ちしていたが、やにわに活力を取り戻す。


《六番センター、中村さん》


 打順は下位に回り、六番の中村が左打席に入る。その初球、真裕はインローにストレートを投げ込む。


「ストライク」


 中村は手が出なかった。真裕の球威に押され、タイミングが全く合っていない。


(真裕ちゃんは腕の振りが全然衰えてないね。今のキャッチャーフライで、一層の力が湧いたのかも)


 二塁から見つめる舞泉を背に、真裕が中村への二球目を投げる。外角の直球。ボールにはなったが、中村の見逃し方は目に見えて差し込まれており、打てそうな気配は感じられない。


(中村さん、真裕ちゃんに気圧されちゃってるな。このままじゃ真裕ちゃんがどんどん勢い付いて、こっちの得点の希望が(しぼ)んじゃう。……それなら、もう片方を攻めてみるか)


 舞泉はヘルメットを深く被り直し、周囲の人間に顔付きを悟られぬようにしながら、口元を怪しげに持ち上げる。亀ヶ崎にとって何か良からぬことを考えているようだ。


 マウンドの真裕はサイン交換を済ませると、ランナーの舞泉に目を配る。舞泉は脱力した立ち姿で、軽くリードを取っていた。


(舞泉ちゃん、ホームには還さないよ。後続が抑えられるのをそこで見ていて)


 真裕はセットポジションに入り、投球動作を起こそうする。その時だ。真裕が動き出すコンマ数秒前に、舞泉が三塁へとスタートを切った。


「えっ!?」


 何とスチールを仕掛けてきたのだ。既に足を上げてしまった真裕は、咄嗟にピッチドアウトする。


(ここですぐに外せるのは流石だね。でも今回の狙いは、真裕ちゃんじゃないんだよ)


 構わず駆ける舞泉。一方、真裕からの投球を受けた優築は、極力モーションを小さくして杏玖の元に送球を投じる。


「アウトだ!」


 タッチを行った杏玖がグラブを掲げ、鼻息荒く声を上げる。舞泉の足とどちらが早かったか。


「セーフ、セーフ」


 三塁塁審は両手を横に広げた。盗塁が決まり、舞泉は力強く両の拳を握りながら立ち上がる。


「おし!」


 これはベンチからのサインではなく、舞泉が独断で仕掛けたもの。失敗すれば大惨事だったが、彼女には成功の算段が付いていた。


(真裕ちゃんが外してくることは想定内。それでもスタートさえ切れればセーフになると思ったよ。何故なら、桐生さんのスローイングが他の捕手よりもちょっと弱いからね)


 舞泉の狙いは優築だった。インサイドワークやキャッチング力は高校野球界で随一を誇る彼女だが、肩だけがそれほど強くない。そこを付け込まれたのだ。


(もちろんそれだけで簡単には走れるほど甘くない。けどピンチで打者に集中している状態、それに送りバントを防いでちょっとほっとしたからか、私のことはノーマークだった。そうやって条件が揃えば、チャンスは必然的に生まれるよね)


 単に打つだけ、投げるだけではない。舞泉にはこうした強かなプレーもできる。今回は優築の弱点を突く走塁で、亀ヶ崎バッテリーを出し抜いた。


(まさか舞泉ちゃんが走ってくるなんて……。一回ぐらい牽制をしておくべきだった)


 真裕は自らの失念を悔いる。しかし彼女以上に、優築の方がショックを受けていた。


(やられた……。完全に警戒を怠っていた。真裕が投げるのに専念してるんだから、私がランナーに釘を刺しておかなきゃいけないのに。自分の肩が弱いと分かっていながら、狙われることはないだろうと油断してたんだ)


 優築は奥歯を噛んで表情を歪める。普段はクールな彼女だが、この時ばかりは自分への怒りを含め、悔しさを露わにする。


「おお! ここで小山が三盗を決めるとは。やりやがったな! 俺らはこういうのが見たかったんだよ!」

「打てなきゃ走るってか。やるねえ。まさに神の足だ!」


 スタンドでは舞泉のプレーに魅せられた観客たちが、やんや、やんやと喝采を浴びせる。そして瞬く間に、球場が奥州大付属ムードに染まっていく。


「お、おお? 何だこれ? 背中がめっちゃゾワゾワするんだけど」


 スタンドで応援していた空たちも、この異様な雰囲気を察知する。昨年も似たような展開を経験しているが、歓声の大きさはその時を遥かに凌駕している。


「これが小山の怖いところよ。たった一つのプレーで、スタジアム全体の空気を味方に付けてしまう。優築たちもこうなるのは避けたかったでしょうね」


 そう話すのは前主将の晴香だ。彼女は口を真一文字に結び、マウンドに立つ真裕を鋭い眼光で見つめる。


(……でも、貴方たちバッテリーなら乗り越えられるはずよ。そのために一年間やってきたんでしょう。その成果をここで見せてみなさい)


 晴香は昨夏の準決勝、センターのポジションから真裕と優築の姿を見守っていた。二人がどんな苦境にも屈しない精神を持っていることも知っている。だからこそ、この劣勢も跳ね返せと無言の檄を送るのだ。真裕たちは期待に応えられるのか。


 ワンナウトランナー三塁となり、亀ヶ崎守備陣は内野も外野も前に出てくる。ツーボールワンストライクのカウントから試合は再開。次が中村に対する四球目となる。


(とにかく過ぎたことは切り替えるしかない。今の真裕のボールなら三振が取れる。そのためにここで追い込んでしまおう)

(分かりました。私たちにはスライダーがありますもんね)


 優築が要求したのはカーブ。頷いた真裕は、真ん中から低めに沈むイメージで投げ込んだ。


(カーブだ。決め球にはスライダーがあるし、打つならこの球しかない。外野フライにすれば何とかなるだろ)


 中村は下からバットを出すスイング軌道で打ち返した。ライトのファールゾーンに、勢いの無いフライが上がる。



See you next base……


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