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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第十章 ここに立つ理由
146/223

144th BASE

お読みいただきありがとうございます。


決勝戦はスコアレスの展開というだけあって、かなり速いペースで話が進んでいる気がします。

ただそれはここから一波乱も二波乱もある予兆……だったりするのでしょうか?

《三番ファースト、小野さん》


 昨年、真裕が小野にホームランを浴びたのも六回だった。更には、一点を争う展開で迎えたピンチという状況も同じ。真裕も小野も、何となく因縁めいたものを感じていた。


(一年前のことを思い出すねえ。あの時みたいに打ってやるよ)

(私はこの人に打たれて逆転された。一年越しの借りを返す)


 初球、真裕は膝元にストレートを投じる。小野は僅かに足を動かしただけで見送った。判定はボールだ。


(おいおい、そんな脅しは効かないよ。貴重なワンボールを使っちゃったけど、良かったの?)


 小野は一旦打席を外し、音が鳴るほどの強い素振りを繰り返す。まるで優築や真裕を煽っているかのようだ。


(小野の奴、私たちにストライクを投げてこいって誘ってるの? 態々そんなことしなくても、こっちは端から勝負するつもりだから安心して)

(逃げるなんてもっての外。今の私のボールなら抑えられる)


 バッテリーに小野を歩かせるという選択肢は無い。次の打者が舞泉ということもあり、ここで断ち切るつもりだ。


 二球目、バッテリーは引き続きストレートでインコースを突く。小野はバットを出しかけたものの、打たずにストライクとなる。


(おっ? 一球目よりも球威が上がった気がする。私の期待に応えてくるってことか)


 小野はうっすらと口元を緩める。再び打席の外で何度か素振りを行い、気が昂り過ぎないように心を解す。


「ありがとうございました」


 球審に一言礼を述べ、小野が打席に入り直す。優築はすぐにサインを出さず、小野の立ち姿をじっくり観察する。


(さっきの素振りと今の素振りは意味合いが違う。今のは明らかに自分が落ち着くためにやった素振りだ。ということは打ち気に逸っている部分があるはず)


 何やら策を閃いた優築は、手早く真裕とサイン交換を済ませる。三球目、真裕は小野の首元の高さに直球を投じる。

 見送れば間違いなくボールだが、小野は手を出してしまった。捉えることはできず、打球はバックネットに直撃する。


(しまった。打たされた)


 小野はスイングした後すぐに舌打ちをする。優築の狙いにまんまと嵌り、ワンボールツーストライクと追い込まれる。


(こうなったらスライダーが来るでしょ。どんな代物か見せてもらうよ)


 ここはまさしく勝負所。小野は当然スライダーを待つ。それはバッテリーも分かっているが、だからといって違う球種を投げることはない。


(分かっていても打たれないスライダー。私はそれを目指して一年間やってきたんだ。その集大成を今ここで見せる!)


 真裕は一度ロジンバックに手をやり、それからサインを伺う。もはや何が出るか確かめるまでもない。優築の指が動いた瞬間、首を縦に振る。


 試合開始から一時間と少々が経過し、灼熱の太陽はまるでスポットライトを浴びせるかのようにグラウンドを照らす。その太陽の下、セットポジションに入った真裕は、長めの静止から四球目を投じる。

 外角へのスライダーが、小野から逃げるように曲がっていく。空振りさせるには絶好のコースだ。


「ボール」


 ところが小野はバットをほとんど動かすことなく、あっさり見逃した。真裕のスライダーを打席で体感するのはこれが初めて。にも関わらず見切ったのだ。


(え? これスライダーだよね? 一年間磨いてきたって言う割にはしょぼいなあ。そんなんじゃ他の人は騙せても、私には通用しないよ)


 がっかりしたように顔を顰める小野。見たこともないような変化球を期待していただけに、逆の意味で拍子抜けしてしまった。

 対する真裕は表情を変えない。しかし勝負球を完璧に見極められ、苦しくなったのは間違いない。昨年の悲劇が再び起こるのか。


(さてさて、私が打って優勝を近づけるとしますか)


 小野が打席でどっしりと構える。自信はほぼ確信に変わっていた。


 五球目、真裕の投球は先ほどよりも真ん中に来た。そこから外へと鋭く曲がる。スライダーを続けてきたのだ。


(懲りずにスライダーか。このコースならバットが届く)


 小野は打ちに出る。変化の軌道に合わせ、右中間に飛ばすイメージでスイングする。


(これで決まりだ! ……あれ?)


 芯で捉えた。そう小野が思った瞬間、投球は更に彼女から遠くへと滑っていく。そうしてバットの先端も躱し、優築のミットに収まった。


「スイング。バッターアウト!」

「な、何で!?」


 小野はどういうことかと困惑する。慌てて後ろを振り返ると、優築のミットは三球目と同じ位置にあるではないか。


(そういうことか……。最初のスライダーはブラフ。いや、“いつも”のスライダーなんだ。私の反応を見て、もう一段変化の強度を上げたのか)


 これぞ真裕が一年間磨いてきたスライダーである。ただ単に習得しただけでなく、何種類かの変化量を操れるようになったのだ。この試合でも、とっておきのタイミングまで一番良いスライダーを残していた。


(やられたよ。こりゃ簡単には打てないわ)


 小野は脱帽するしかない。真裕が一年越しのリベンジを果たし、大きなピンチを切り抜ける。


「おっしゃあ!」


 真裕は強く拳を握って雄叫びを上げる。打たれた経験から学び、何度も試行錯誤した成果が出た。


(この場面で小野さんから三振を奪うなんて……。素晴らしいよ真裕ちゃん。こうでなくっちゃね)


 ネクストバッターズサークルで小野の三振を見ていた舞泉は、不敵な笑みを浮かべてベンチへと引き揚げる。次の七回表は彼女から始まる。


《九番ピッチャー、柳瀬さん》


 六回裏の亀ヶ崎の攻撃。ワンナウト後、九番の真裕が打席に立つ。


 奥州大付属も先発の戸川がマウンドに上がり続けている。初球、彼女は内角に直球を投じる。


「ストライク」


 まだまだ球威は十分。真裕もやや差し込まれた様子で見送っていた。


(ここまで皆、この真っ直ぐにやられてるんだよね。それならこんな簡単に見逃してちゃ駄目だ。どんどん打っていこう)


 二球目もストレートが続く。しかし今度はアウトコースに来たため、やや間合いに余裕があった。真裕はミートポイントにバットを落とすような感覚でスイングし、セカンドの上方へと打ち返す。


「ライト!」


 打球は舞泉の前に弾んだ。流石の舞泉もライトゴロを狙うことはせず、中継に返球する。


「よし。やった」


 一塁を回ったところで真裕は自らに手を叩く。亀ヶ崎にとっては二回裏ぶりのヒット。ここから打順は、上位へ返る。



See you next base……

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