13th BASE
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トリックオアトリート！
この話を読んだ人は、お菓子を置いていかないと悪戯しちゃいます！
水田への四球目。真裕の投じたスライダーが、真ん中から切れ込むようにして外角へ決まる。水田は予期せぬ球種にスイングを躊躇った。
「ストライクツー」
これでツーボールツーストライクの並行カウントとなる。だが今の一球で、水田は真裕の決め球であるスライダーの軌道を把握することができた。
（追い込むまで隠してたのかと思ったけど、ここで使ってきた。何でだ？ 他に変化球があるとは思えないし……。駄目駄目、あれこれ考えてたら打てるものも打てなくなる。もうスライダー一本しかないでしょ。今の感じなら追える。あれより外に来たらはボールだから見送れば良い。必ず打てるから自信を持って行け）
水田は腹を括る。片やバッテリーも勝負に出る覚悟を決める。
（もうサインなんて要らないでしょ。真裕、貴方が投げられる最高の球を頂戴！）
（はい！）
真裕がセットポジションに入る。ふと見えた水田の顔つきから、彼がどんな気分であるのかをすぐに察した。
（分かる……、分かるよ。水田君はスライダーを待ってるんでしょ。しかも打つ気満々なんでしょ。……えへへ、良いねえ。受けて立ってやる。そのためにさっき見せておいたんだからね）
打者の水田も、守っている野手陣も、他の選手たちも、次の一球が何かを悟っている。抑える方法はただ一つ。真裕が皆の予想を超えるスライダーを投げるのみ。それができると信じているから、バッテリーはこの選択肢を取ったのだ。
真裕が足を上げて投球動作を起こす。渾身の力を指先に乗せて右腕を振り、水田への五球目を投げた。
（打てるものなら打ってみろ！）
投球は四球目と同じコースに進み、ベースの手前で曲がり出す。水田はフルスイングで応戦。真裕のウイニングショットを打ち砕こうとする。
（タイミングバッチリ。変化の到達点も見切ってる。捉えた！）
水田のスイングは風を起こし、マウンドまで届く。フィニッシュを取っていた真裕はその圧を腹に受けながらも、左足一本で立ったまま堪える。果たして結果は――。
「バッターアウト。チェンジ」
「おっしゃあ！」
ボールは優築のミットに収まっていた。空振り三振でスリーアウト。真裕は天を見上げて吠え、マウンドから降りていく。
「そんなん有りかよ……」
一方の水田は悔しそうにヘルメットを脱ぎ、ベンチへと引き揚げる。彼は四球目を参考に打つべきポイントを読み切り、そこにバットを出した。しかし真裕はそれ以上に変化を大きくしたスライダーを投げたのだ。これが彼女の“本気”のスライダーである。
去年の秋の時点では、真裕のスライダーは一定の範囲でしか曲げられなかった。だが冬から春の期間を通して変化の幅を広げ、彼女は“普通”のスライダーと“本気”のスライダーを二段階で使い分けられるようになったのである。真のエースになるためには、分かっていても打たれない強力なウイニングショットを持っていることは絶対条件。真裕はそれをクリアするべく、半年間で着実に成長を遂げていた。
「ナイスピッチングです！」
「ありがとう」
戻ってきた真裕を、春歌を筆頭にベンチの選手が総出で迎える。相手の主砲を牛耳ったピッチングはチームの士気を上げ、味方にも好影響を及ぼすはずだ。
「おお、ナイバッチ！」
「ランナー還ってこれる。回れ！」
六回裏、真裕に触発された女子野球部打線が火を噴く。この回から登板した下田に猛打を浴びせて得点を重ね、タイムリー三本で四点を奪う。七対一と大きくリードを広げた。
「良い攻撃だったぞ。さあここからもう一度仕切り直して締めていけ！」
「はい！」
監督の隆浯に激励され、選手たちが七回表の守備に散っていく。またこの回から女子野球部はバッテリーが交代。ピッチャーには祥、キャッチャーには北本菜々花が入る。
「祥、一年生がいるからって、上手にやろうとする必要は無いから。貴方がここまで取り組んできたことをしっかり出そう」
「うん。分かった」
祥と菜々花は共に、真裕や京子と同じ二年生。どちらも未だに試合での出番は少ないが、女子野球部にとっては大事な戦力であることは間違いない。特に祥は貴重なサウスポーとして、真裕と投手陣を支える存在になることが期待されている。
「ふう……」
菜々花が去って一人になったマウンド上で、祥は深呼吸をして騒ぐ心をできるだけ穏やかにしようとする。実は彼女は昨秋にイップスを発症しており、思うように体を動かせない辛さを味わった。イップスは一度なってしまうと完全に症状が消えることはなく、如何に受容して良い付き合い方を見つけていくかが重要になる。そのため祥が投手を続ける以上、イップスとの戦いも終わることはない。
（まだまだ投げることは怖いけど、秋の頃と比べたら全然平気になってきた。いつかは私も真裕みたいに活躍して、一緒に全国制覇するんだ）
イップスが齎す精神的な苦痛は想像を絶する。それが原因で投手を諦める選手が後を絶たないだけでなく、野球自体から離れてしまう者すらもいる。
だが祥は投手への拘りを捨てない。その理由は、真裕たちと並んで日本一になりたいから。ただベンチで試合を眺めているだけで日本一になっても、大した価値は無い。自身も試合に出場し、チームに貢献して日本一に輝くからこそ価値があるのだ。
祥が左利きであることや投手陣の層の薄さがウイークポイントとなっている点を考慮すれば、投手をやることが目標達成に向けての一番の近道。そう彼女は考えている。だからこそ、どんなに苦しくても、どんなに辛くても、投手を続けようと決意している。
残念ながら現状では、実力もチームへの貢献度も真裕とは雲泥の差がある。しかし祥も少しずつ前へと進んでいる。今日はその成果を試合で出せるようになるため、新たな一歩目を踏むのだ。
（さあ、頑張るぞ！）
See you next base……
PLAYERFILE.9：笠ヶ原祥(かさがはら・さち)
学年：高校二年生
誕生日：3/17
投/打：左/左
守備位置：投手
身長/体重：157/56
好きな食べ物：柑橘類(特におばあちゃんの家で採れる八朔)
