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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第九章 殻
139/223

137th BASE

お読みいただきありがとうございます。


遂に愛知にも緊急事態宣言が出ました……。

少しでも早く解除されるよう、より一層自覚を持って行動していこうと思います。


 決勝の相手は奥州大付属に決まった。試合が終わり、観客たちが一斉にスタンドから出ていく。

 私たちはその波が収まるのを待ってから、身支度を整えて帰宿しようとする。そこで偶然、一塁側ベンチから引き揚げてきた楽師館のメンバーと鉢合わせた。


「あ……」


 亀高と楽師館は同じ県内の高校のため親交は深く、選手同士も仲が良い。ここでもほんの少しだが会話に花が咲く。


「おー。真裕、試合観てたんだ」

「うん。惜しかったね……」


 私は万里香ちゃんと言葉を交わす。話す口調からは特段変わったところの感じられない万里香ちゃんだったが、目は充血し、頬も赤く腫れている。ついさっきまで涙を流していたのがすぐに察せた。


「うーん……。六回のあれで完全に流れを持っていかれたね。その前にもっと引き離しておくべきだったし、それができなかったのは私たちの力不足だよ」


 そう言って万里香ちゃんは唇を噛み締め、悔しさを滲ませる。“六回のあれ”とは、舞泉ちゃんのライトゴロのことなのは確認するまでもない。そして万里香ちゃんはそれ以降のことではなく、それまでが肝心だったと捉えている。つまり一度舞泉ちゃんの世界に取り込まれてしまえば、そこから抜け出すことはほぼ無理に等しかったということだ。


「真裕、……悔しいけど、今年はそっちに優勝を譲るわ。だから来年、決着を付けよう」


 万里香ちゃんが徐に右手を差し出す。私はそれ堅く握り、誓いを立てる。


「もちろん! 今から楽しみにしてる。まずは明日、絶対勝つね」

「よろしくね。約束だよ」


 私と万里香ちゃんは互いにうっすらと笑顔を灯す。それから楽師館の選手たちは、最後のミーティングへと向かった。




「ただいま帰りました!」


 四時半過ぎに私たちは宿舎へと帰ってきた。夕食は六時半からなので、お風呂に入ろうにもまだ時間はある。そこで私は軽く運動しようと、一人でランニングへと出ていく。


 この時間帯になると日中の暑さは薄れてくるが、まだまだ少し体を動かしただけで汗が吹き出てくる。ただ今日はほとんど何もしていないので、こうして汗を掻くのはとても心地好い。


 ランニングの最中、私は舞泉ちゃんのことばかり考えていた。今日の奥州大付属は舞泉ちゃんで勝ったようなもの。三回戦までは調子が上がらなかったが、これでおそらく本来の“怪物”としての姿を取り戻す。明日も四番を打つのは確実だ。


 対戦するのは一年ぶり。去年から更なる鍛練を積んだことで、どれだけ成長しているのだろうか。

 だがそれは私も同じ。お兄ちゃんからスライダーを教わり、決め球が無いという弱点は克服した。だから恐れることなどない。


「あ、真裕ちゃんだ! おーい」

「ん?」


 走り始めてからおよそ十五分後、そろそろ宿舎に戻ろうかと進路を変えたところで、誰かが私を呼ぶ声がする。私は足を止めて声の聞こえた方を振り返ると、そこには男性にも負けないくらい背の高い女性が立っていた。


「ま、舞泉ちゃん……」


 胸元までまっさらに伸びた薄焦茶の髪。くっきりとした二重の力強い瞳。舞泉ちゃんだ。私はまさかの遭遇に驚きを隠せない。


「ど、どうしてここに……?」

「何となく出歩いてたら真裕ちゃんに会える気がして。予感的中だね。えへっ」


 高校生とは思えない大人びた顔立ちの舞泉ちゃんだが、喋る姿は非常にあどけなく、可愛らしい。こうしたところを見ると、自分と同い歳なのだと感じる。


「こうやってお話するのは今年初めてだね。真裕ちゃん、ちょっと顔変わった? 何かかっこよくなった気がする」

「そう? そう言う舞泉ちゃんは変わってないね。益々可愛くなってるよ」

「ほんと!? 嬉しいなあ。けど全然男の子にモテないんだよねえ。真裕ちゃんみたいに胸がおっきくないからかな?」


 舞泉ちゃんはお茶目に困った顔を見せる。私は何と返事して良いのか分からず、苦笑いするしかない。


「まあ良いや。……そんなことよりも真裕ちゃん、決勝に来てくれたんだね」


 一層声を弾ませる舞泉ちゃん。その言葉の後には、「待っていたよ」とでも続きそうな口ぶりだった。自分が決勝に進むのは、当然の流れということか。

 私の背筋に悪寒が走る。この自信に満ち溢れたところも、舞泉ちゃんの“怪物”たる所以だろう。誰よりも自分が勝つと信じているから、きっと勝利の女神も自然と微笑んでしまうのだ。


「舞泉ちゃんこそ、決勝進出おめでとう。対戦できるのを楽しみにしてたよ」


 負けじと私も言葉を返す。もう試合は始まっている。だからここで怯んではいけない。万里香ちゃんも感じたように、一回呑まれればその時点で勝ち目は希薄になる。


「そっか。ふふっ、じゃあ楽しもうね。……でも、勝つのは私たちだよ」


 一瞬だけ舞泉ちゃんの顔付きが真剣なものになる。私も目元を引き締め、受けて立つ。


「私だって負けるつもりはないよ。皆で優勝するんだ」


 私たちは暫し黙って視線を送り合う。右の蟀谷(こめかみ)から流れてきた汗が目に入りそうになり、私が瞬きをしたところで沈黙は解かれた。


「そろそろ行くね。夕ご飯の時間に遅れちゃうから」

「あ、私もご飯食べなくちゃだ。お腹空いたよお」


 舞泉ちゃんはお腹を摩りながら、気の抜けたように瞼を弛ませる。私は思わず吹き出しそうになったのを堪え、颯爽と走り始める。


「じゃあね」


 すれ違う瞬間、二人が同時にその一言を交わす。次に相見えるのは決勝の舞台。その時にはこうして話すこともない。私たちは一人の選手として、それぞれの目標を叶えるためにぶつかり合うのだ――。




 ――そして翌朝を迎えた。スマホのアラームをセットしていた私だが、それが鳴るよりも前に目覚める。


 目を開けた瞬間に朝日が瞳を刺激し、とても眩しい。今日の天気は良さそうだ。


「おはよう真裕」

「あ、おはよう紗愛蘭ちゃん」


 先に起床していたのは紗愛蘭ちゃんのみ。その紗愛蘭ちゃんも起きたばかりのようで、可愛いオレンジ色のパジャマ姿をしている。


「いよいよだね。体調はどう?」

「元気だよ。紗愛蘭ちゃんは?」

「私も元気。イエーイ」


 紗愛蘭ちゃんは優しく微笑んでサムアップする。彼女の笑顔を見るといつも心が暖まり、私も反射的に白い歯を零す。


「なら良かった。よし、じゃあ一丁やってやりましょうか」


 私と紗愛蘭ちゃんは拳を突き合わせる。いざ決戦へ。勝つのは私たちだ。



See you next base……


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