135th BASE
お読みいただきありがとうございます。
年明けから関東地区では緊急事態宣言が発令されるようですね。
苦しいですが今がピークと信じ、一人一人ができる感染対策を続けていきましょう。
私たち亀高女子野球部は、大逆転勝利で準決勝を突破した。悲願の全国制覇まであと一勝。これから決勝の相手の偵察も兼ねて、本日の第二試合を見学する。私たちはバックネット裏、マウンドのほぼ正面に陣取る。
「おーい。こっちこっち」
皆より遅れてスタンドに入ってきた春歌ちゃんを、昴ちゃんがこちらへと招く。これで全員が揃った。
「すみません。遅くなりました」
気のせいだろうか。春歌ちゃんの顔が普段より紅潮しているように見える。まるで泣いた後みたいだ。
春歌ちゃんは先ほどの試合に先発。四失点を喫して二回途中でマウンドを降り、残念ながら思うような結果は残せなかっただろう。しかしベンチでは代打に向かう昴ちゃんをリラックスさせたと聞く。降板直後は不貞腐れていたのでどうかと思ったが、彼女なりに勝利に貢献してくれた。
「ただいまより、奥州大学付属高校対楽師館の試合を始めます。礼!」
「よろしくお願いします!」
両チームの選手がベンチから飛び出し、試合開始の挨拶を交わす。まずは高校の奥州大付属が守備に就く。
この対戦は昨夏の決勝と同じ組み合わせとなる。その時は奥州大付属が四対二で勝利し、初優勝を果たした。
亀高も準決勝で奥州大付属に敗戦。先発マウンドに上がった私は、六回にホームランを打たれて逆転を許した。あの悔しさを晴らすべく、この一年間やってきたのだ。
《一回表、楽師館高校の攻撃は、一番ショート、円川さん》
一回表、万里香ちゃんが先頭打者として右打席に立つ。彼女は第一球目をいきなり叩いていった。鋭いライナーがレフト線に弾む。判定はフェア。万里香ちゃんはあっという間に二塁へと到達する。
「ナイバッチ!」
何だか波乱の展開を予感させる、ツーベースからの幕開け。二番の平野さんはセカンドゴロに倒れるも、その間に万里香ちゃんが三塁へと進む。
「ファースト!」
続く三番の錦野さんは三球目を打って一塁線を破った。万里香ちゃんがゆっくりとホームを踏み、楽師館が先制する。
更にツーアウトからもう一本タイムリーが飛び出し、楽師館は二点目を追加。初回から鮮やかな打線の繋がりを見せる。
対する奥州大付属は三者凡退で攻撃を終了。二回表の楽師館も無得点に終わり、試合は二回裏に入る。
《二回裏、奥州大学付属高校の攻撃は、四番ライト、小山さん》
スタンドから大きな拍手が送られる中、小山舞泉ちゃんを左打席に迎える。彼女は投手も打者も熟す二刀流。昨年の夏に彗星の如く現れると、投打に圧倒的な活躍を見せ、無名だった奥州大付属を優勝に導いた。
その躍動ぶりはまさに怪物級。そして舞泉ちゃんの真の恐ろしさは、登場するだけで空気を変えてしまうところだ。私が準決勝でホームランを打たれたのも、舞泉ちゃんのヒットを皮切りに、もっと言えば前のイニングにリリーフで出た舞泉ちゃんがピンチを抑えたのが契機となった。
ところが今大会の舞泉ちゃんは、昨年ほどの爆発力は無い。打者としては一回戦で二本の長打を放ったものの、それ以降は目を張るような一打は出ていない。
加えてここまで投手としての出場は無し。故障なのか、それとも打者に専念しているのか。どちらにせよ、本来の姿ではないのは確かだ。
「セカン」
舞泉ちゃんは四球目の変化球を打ち返した。だが平凡なセカンドゴロに倒れる。
「あーあ。引っ掛けちまった。もっと思い切り振って、三振かホームランかでええのに」
近くに座っていた中年の男性が、がっかりしたように溜息を付く。昨年の活躍に魅了され、舞泉ちゃんのファンになったという人はかなり多いが、現状はその期待に応えられているとは言えない。
後続も凡退し、奥州大付属は再び三人で攻撃を終える。続く三回表、ワンナウトから万里香ちゃんがヒットで出塁。その後ツーアウト二塁とし、三番の錦野さんが粘った末の七球目をセンター前へ打ち返す。
「万里香、回れ!」
万里香ちゃんは三塁を蹴る。外野から返球が来るよりも前にホームへと滑り込んだ。これで楽師館がリードを三点に広げる。
「よっしゃ! 錦さんナイバッチ!」
錦野さんに拳を突き上げ、喜びを表現する万里香ちゃん。試合は完全に楽師館ペースになった。流石の舞泉ちゃんもライトのポジションから見守っているだけでは、この流れを変えようがないだろう。
試合は楽師館がリードを保ったまま進んでいく。四回裏に奥州大付属が一点を返すも、直後の五回表に楽師館が追加点を挙げる。三点差は変わらず、五回裏まで消化した。
「ショート!」
六回表、ツーアウトから四打席目を迎えた万里香ちゃんが、三遊間の深い位置にゴロを転がす。ショートが逆シングルで捕球するも、一塁には投げられず。万里香ちゃんはこれで猛打賞だ。
「走った!」
勢いそのままに、二番の平野さんの二球目には盗塁を敢行。ほぼ完璧なスタートで悠々成功させ、チャンスメイクする。
もしも万里香ちゃんが生還すれば、奥州大付属は残り二イニングで四点ビハインドを背負う。今でさえ逆転できそうな雰囲気が無いのに、更に点差を広げられればとどめを刺されると言っても良い。
外野陣はもちろん前進守備を敷く。舞泉ちゃんも前へと出てきた。カウントはワンボールワンストライクからのリスタート。三球目、ワンバウンドになった投球を、キャッチャーが三塁側に弾く。
「サード行ったよ!」
すかさず万里香ちゃんは三塁へと駆け出す。キャッチャーの送球は間に合わず、ワイルドピッチで進塁する。
これでヒットが出れば一点が入ることが確定。外野陣はそれぞれの定位置に戻る。……と思ったが、舞泉ちゃんだけは一、二歩下がっただけで止まった。
ライトには大きな打球が飛んでこないと読んだのだろうか。それにここは一点でも取られれば致命傷となるので、捉えた当たりで頭を越されることよりも中途半端に前へ落とされるのを嫌がったのかもしれない。
マウンドのピッチャーが四球目を投じる。平野さんはおっつけてライト方向に流した。
「ライト!」
打球は舞泉ちゃんの前方に上がった。最初は前に出てきた舞泉ちゃんだったが、咄嗟に足を止めてワンバウンドで捕球する。
何故だ。せっかく予め前に守っていたのだから、後逸覚悟で突っ込むべきではなかったのか。これでは前進守備の意味が無いではないか。
しかし次の瞬間、私は度肝を抜かれることとなる。なんと舞泉ちゃんは迷うことなく一塁へ投じたのだ。ピストルから発射されたような鋭利な送球が、ファーストのミットに収まる。平野さんも懸命に走ったものの、半歩及ばない。
「アウト! チェンジ」
まさかのライトゴロ。当然万里香ちゃんのホームインも認められない。舞泉ちゃんのレーザービームが炸裂し、楽師館の五点目は阻止された。
See you next base……




