134th BASE
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明けましておめでとうございます。
2021年最初の投稿は縺れに縺れた準決勝の最終局面から。
昨夏に続いて洋子△となるのでしょうか!?
七回裏、柿原のエラーで亀ヶ崎は一点差に詰め寄った。尚もツーアウトランナー一、二塁で、洋子が四球目をセンターへ弾き返す。
「センター!」
もしも栗山が定位置で守っていれば、正面のライナーだったかもしれない。しかし単打で二塁ランナーを還さないようにと前に出ていた。そのため背中越しに打球を追う形になってしまう。
「クリ、捕れ!」
柿原の叫びに後押しされるように、栗山はグラブを伸ばして飛び上がる。だが打球は、その上を行く。
「おし!」
洋子は一塁を回ったところで右手を握ってガッツポーズする。昨年に続き、殊勲の一打が飛び出した。
「優築さん、ノースライです」
まず二塁ランナーの優築が同点のホームを踏む。更に一塁ランナーの昴も三塁を蹴り、一気に逆転サヨナラを狙う。
「走れ昴! 還ってこい!」
春歌も反射的に大きな声が出た。それを昴の耳にも確と届き、心無しか加速したように見える。雨で湿った土をスパイクで蹴り上げ、懸命に前へ足を運ぶ。
(皆で繋いでここまで来た。私が還れば勝てるんだ!)
打球はフェンスに到達する前に栗山が追い付き、中継へと返球する。受け取ったのは柿原。二塁ベースよりも奥の位置から、ホームで待つ佐伊羅目掛け決死の覚悟で右腕を振る。
(この手が千切れても構わない。必ずアウトにする!)
柿原の送球は遠投になったが、ほとんど逸れずにワンバウンドで佐伊羅の元へ渡る。佐伊羅は右肩の前で捕球した。
「昴、外! 外!」
次打者の紗愛蘭、生還したばかりの優築は三塁側へのスライディングを指示する。佐伊羅の体が若干一塁側に流れていたためだ。
ところがそれは佐伊羅自身もよく分かっていた。昴の滑り込んでくる方向を予測し、タッチに向かう。ホームベースの僅かに手前で、佐伊羅のキャッチャーミットが昴の太ももに触れる。
「アウトだ!」
佐伊羅はタッチした勢いで高々とミットを掲げる。一方で昴の体は投げ飛ばされるかのよう三塁側に転がり、惜しくもウイニングランとはならなかった……。
「セーフ! セーフ!」
と思われたが、球審は大きく両手を広げる。亀ヶ崎に六点目が入り、同時にサヨナラ勝利が決まる。
「そんな!? タッチしましたよ!」
もちろん佐伊羅は納得いかない。すると球審はホームベースの上側を指差した。
「え?」
佐伊羅が確認してみると、そこには昴の左手の跡がくっきり残っていた。三塁側へのスライディングはフェイク。昴は初めからベース中央の空いた部分を狙っていたのだ。
「ああ……」
崩れ落ちるように項垂れる佐伊羅。その傍らでは、ベンチから飛び出してきた亀ヶ崎の選手たちが昴を祝福する。
「ナイスラン! よく走った!」
「えへへ。ありがとうございます」
歓喜の輪の中心で、昴が顔を綻ばせる。春歌も安堵の念を抱きつつ、やや離れた位置からうっすらと笑みを浮かべていた。
最終スコアは六対五。序盤に付けられた四点差をひっくり返し、最後は洋子のタイムリーと昴の巧みな走塁で初の決勝へと駒を進めた。
時刻は一時に差し掛かった。朝から降っていた雨は上がり、晴れ間も見えている。激闘の末に準決勝を突破した亀ヶ崎の選手たちは、これから決勝の相手が決まる第二試合を観戦していく予定だ。試合開始までの間、暫し各々で休息を取る。
春歌はというと、グラウンドから少し離れた場所にある駐車場で一人の時間を過ごしていた。するとそこへ、昴がやってくる。
「あ、春歌。ここにいたのか。探したよ」
「昴か。どうしたの?」
「春歌にお礼したいと思ってさ。あの時、手を取ってくれてありがとう。春歌の手の温もりを感じて凄く楽になったよ」
照れ臭そうにはにかむ昴。代打に行く際に春歌に手を握ってもらえたことで、かなり落ち着けたのだった。
「代打を告げられたのが結構急だったから、あたふたしててさ。あのまま行ってたら何にもできなかったかも」
「……何それ。私のおかげで何とかなったってこと?」
「うん。そういうこと。だからありがとう」
即座に返ってきた昴の答えに、春歌は怯む。それから小さくため息を付くと、後ろを振り返って昴に背を向ける。
「そっか……。でもその時のことあんまり覚えてないんだよね」
「そうなの? だけどほんとにあれに助けられたんだよ。監督もミーティングで言ってたけど、今日は皆で勝ったって感じだね」
「……そうだね。私も助けられたし。勝てて嬉しいよ」
そう言った春歌の表情は昴には見えない。だがきっと笑っているのだと信じ、昴は白い歯を零す。
「ふふっ、このまま優勝しよう。私はそろそろ戻るけど、春歌はどうする?」
「私も戻るよ。ただトイレ寄っていくから、昴は先に行ってて」
「分かった」
昴は小走りで去っていく。残された春歌はトイレに行かず、静かにその場で立ち尽くす。
(四点を取られて、私はもう終わりだと思ってた。はっきり言って負ける覚悟もしていた。でも勝ったんだ。しかも私が力になったと言われるなんて……)
昴にはよく覚えていないと言ったのは、決して嘘ではない。あの瞬間、春歌の体は無意識に動いた。勝ちたいと思ったからなのか、何かしなければならないという衝動に駆られたのかはよく分からない。ただあの行動が昴をアシストしたのは紛れもない事実である。
自分のせいで負けると思っていたら、自分のおかげで勝利に繋がったと言われた。春歌自身もチームも、まさに大逆転だった。
(真裕先輩も愛先輩も最後まで諦めず、チームを信じてやるべきことをやり通した。それに引き換え私は、グラウンドでもベンチでも何も信じようとせず、自分で勝手に可能性を潰してた。多分これは、才能なんかは関係無いんだと思う)
個々の才能の差は間違いなく存在する。けれどもそれに絶望し、誰かを、あまつさえ自分すらも信じなくなれば何も生み出せない。春歌はそのような状態に陥りかけていたことに気付く。
(私は才能が無いことを言い訳にして、やるべきことをやってない。チームの勝利を考えず、自分の結果に囚われてプレーしてる。その意識を変えなきゃ、亀高で活躍することはできないんだ……)
春歌は強く奥歯を噛み締める。すると堰を切ったように大粒の涙が溢れ出てきた。止めようとしても全く制御できない。孤独な少女の泣きじゃくる声が、儚く水色に変わりつつある空に溶けていった。
See you next base……




