133rd BASE
お読みいただきありがとうございます。
2020年、最後の更新となります。
準決勝の決着は今回で付くのでしょうか?
来年もよろしくお願いいたします。
七回裏、ワンナウトランナー一、二塁。代打の昴が四球目を二遊間に弾き返す。
「ショート」
浦和明誠はゲッツーシフトを敷いていた。予め二塁ベース寄りに守っていたショートの柿原が、俊敏な反応で動き出す。
(やばい! ダブられる)
昴はどうにか自分だけはセーフになろうと無我夢中で走る。併殺に倒れれば、ゲームセットだ。
(よし。これで私たちの勝ちだ……)
バッティングだけでなく、守備力もプロレベルにあると評価される柿原。素早く打球の正面に入って足を止める。
野球選手というのは、常に次の自分の動きを想起し、それを具現化するようにしてプレーを行っている。ここでは捕球して二塁へ投げる動作だ。
ところが稀にその想起したいイメージの中に、悪いイメージ、つまり失敗を犯す光景が混じることがある。それはいつも突然で、はっきり言って防ぎようがない。そして何と非情なことか、今の柿原に起こったのだ。
「あっ……」
柿原は最後のバウンドに合わせられず、打球を後逸する。大事に行き過ぎたのか、捕る寸前に体が固まっていた。
「え? 抜けた?」
昴は何が起きたのか分からぬまま一塁を駆け抜ける。打球はセンターの小栗がカバー。その間に三塁ランナーのゆりがホームインし、一塁ランナーの優築も二塁に達する。
「おいまじか! こんなことってあり?」
「何でも良いよ! とにかく同点まであと一点。昴よく当てたぞ!」
亀ヶ崎ベンチの選手たちも若干のパニックに陥る。だがすぐに点が入ったことを喜び、生還したゆりを出迎える。
一方の浦和明誠ナイン。併殺で勝利というシチュエーションが一転、一点差に詰め寄られ、更には逆転のランナーも出してしまった。まさか柿原がエラーするとは全員が思ってもみなかっただろう。
「悪い……。勝ったと思って油断した……」
「ドンマイ。そういう時もある。カキがいたからここまで来られたんだし、誰も責めやしないさ」
浦和明誠の内野陣は一旦マウンドに集合する。いの一番に謝る柿原の背中を、安納がグラブで優しく撫でながら励ます。それに新斗米も続いた。
「そうだよ。こういうのを助け合ってこそのチームなんだから。私が抑えれば問題ナッシングでしょ」
「二人とも……。ありがとう」
柿原に笑顔が戻る。チームワークなら浦和明誠も亀ヶ崎に負けてはいない。全員で一点のリードを守り、勝利を掴みにいく。
「決勝まではもうあとひと踏ん張り。絶対に守ろう!」
「おー!」
浦和明誠の内野陣は輪になって肩を組み、安納の音頭に乗って声を響かせる。これが彼らのここ一番での気合いの入れ方だ。
《一番ショート、陽田さん》
亀ヶ崎打線は一番に戻り、京子の四打席目を迎える。過去三打席はいずれも凡退。しかし好打者はそれまでが振るわなくとも、勝負所で結果を出すものだ。
打席でバットを構える最中、ふと京子の目に投球練習をする真裕の姿が映る。既に捕手を座らせて投げており、八回の登板への準備は着々と進んでいる。
(真裕には万全な状態で決勝に臨んでほしい。ああやってブルペンに入るだけでも、きっとそれなり消耗しちゃうはず。だからせめて、この回でサヨナラにするんだ)
京子は初球から攻勢を掛ける。真ん中から小さく内に曲がった変化球を、逆方向に打ち返す。
「ショート!」
打球は再びショートへ。ハーフライナーが柿原の左上に飛んだ。
(本当なら試合は終わってた。私のせいで逆転負けなんかさせるか!)
柿原は一度屈んでから大きくジャンプする。背中を後ろに反るような苦しい体勢になりながらも捕球し、鮮やかな着地を決める。
「おっと……」
優築は二塁へと滑り込んで戻る。飛び出したくなる気持ちを堪え、冷静に柿原の動きを見ていた。
「サンキューカキ! やっぱりあんたは最高だぜ!」
新斗米がグラブを叩いて柿原に賛辞を送る。もはや捕ったというより奪ったと言えそうな執念のキャッチ。これでツーアウトだ。
《二番センター、増川さん》
打順は二番の洋子に回る。思えば去年の夏大の三回戦では、代打で出た彼女が起死回生の勝ち越しタイムリーを放った。勝負強さは光るものがある。
「紗愛蘭、ちょっと手を貸して」
打席に向かう直前、洋子が紗愛蘭に一つ頼み事をする。
「はい。どうぞ」
言われるがまま紗愛蘭が左手を差し出す。すると洋子はその手を一瞬だけがっちり握り、すぐに放した。
「ふふ……。ありがとう」
満足気に笑う洋子。少しは気持ちが楽になったのだろうか。紗愛蘭も柔和な笑みを浮かべ、彼女を送り出す。
「よろしくお願いします」
ヒットで同点、長打で逆転。だがアウトになればその時点で全てが終わる。勝利と敗北が表裏一体となる打席に、洋子が挑む。去年の再現となるのか。
初球。新斗米の投じた低めのストレートを、洋子は見送る。判定はボールだ。
(打者の私も相手投手も、自ずと力が入る場面。勝負の分かれ目はどちらが自分を保っていられるかだ)
二球目はアウトローの横に滑る変化球。こちらも洋子は手を出さなかったが、ストライクとなる。
(低めは昴みたいにゴロになる可能性がある。狙うは高め。必ず一球は浮いてくると信じて、それをじっと待つんだ)
三球目、新斗米は真ん中から低めに沈む変化球を投じてきた。洋子はバットを動かしかけたものの、打つのは我慢する。
「ストライクツー」
追い込まれてしまった。これ以上ストライクを見逃すことはできない。
「洋子ー! 何とかしてくれ! まだまだこっからだ!」
「良いぞ新斗米! あとストライク一つ、焦らず取ろう!」
両軍ベンチの選手たちは、何とかそれぞれの力になろうと声を送る。続く四球目、新斗米の投げた直球がインローを貫く。
「ボール」
際どいコースだったが、球審の手は上がらない。洋子も反応できなかったのではなく、自信を持って見極めていた。
(ここまで全部低めに投げられてるのは流石だな。……それでも、私が打つべきなのは高めだ。必ず来る。とにかく準備を怠るな)
洋子は一球一球バットを構え直す時間を入念に取り、意識的に余裕を作る。追い詰められた状況でもこれほど落ち着いていられるのは、去年の代打の経験が活きている証拠だ。
ツーボールツーストライクからの勝負の一球。新斗米が足を上げ、五球目を投げる。その投球は、外角高めに行った。……いや、行ってしまった。
(来た!)
洋子はただミートすることだけに集中し、バットを振り抜く。快音を奏でた打球が、センターへと伸びていく。
See you next base……




