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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第九章 殻
134/223

132nd BASE

お読みいただきありがとうございます。


明日や明後日で仕事などを納める方も多いのではないでしょうか。

今年もあと僅か、無事に終われることを願って頑張りましょう!


 七回裏、二点を追う亀ヶ崎は、ワンナウトから代打のゆりがツーベースを放って出塁する。これには代打を出された立場の愛も大喜びで声を上げていた。


(愛先輩、まるで自分が打ったかのように喜んでる。ベンチに下がってからも、一緒になって戦ってるつもりなんだ……)


 愛の振舞に春歌は驚くばかり。自分の活躍は二の次。ただただチームを勝たせたい。その強い想いが溢れ出ている。


「タイム」


 ここで再度タイムが掛けられた。今回は亀ヶ崎でなく、浦和明誠に動きがあるようだ。


《浦和明誠高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー伊調さんに代わりまして、新斗米(あらとまい)さん》


 なんと伊調が降板。代わって右の新斗米がマウンドに上がる。

 彼女は伊調たちとは別のペアの内の一人で、本来ならば明日の決勝で登板する予定だった。つまり浦和明誠は、自分たちの継投パターンを崩してきたのである。


(そうまでして確実に勝ちを取りにきたか。けどそれだけ私たちが追い詰めてるってこと。あとは押し切るだけだ)


 ネクストバッターズサークルから、新斗米の投球にタイミングを合わせて素振りをする優築。その次の打者は九番の美輝だが、再び亀ヶ崎は代打の手配をしていた。


「昴! 昴はどこだ?」


 隆浯が昴を探す。ところがベンチに彼女の姿は見当たらない。


「確か裏でバット振ってます。呼んできましょうか?」

「おお、頼んだ」


 チームメイトの一人に呼び出され、昴がベンチに戻ってくる。彼女は先ほどまで黙々と素振りを繰り返しており、髪から首元まで汗でびっしょりと濡れている。


「来たか。美輝のところ、代打行くぞ」

「分かりました!」


 昴は力強く返事をすると、奥にあったカバンの中からタオルを取り出す。それから慌てた様子で汗を拭き、急いでベンチを出ようとする。そんな姿を目の前で見ていた春歌が、唐突に昴の腕を掴んで呼び止めた。


「昴、待って」

「え?」


 春歌は昴と目を合わせ、何も言わずに堅く手を握る。昴は一瞬戸惑ったが、すぐに握り返して微笑みを浮かべる。


「……ありがとう。行ってくる」


 昴はゆっくり手を解くと、小走りでベンチの外に向かう。彼女が去った後、春歌はふと我に返る。


(あれ? 私、どうしてあんなことしたんだろ? 勝手に体が動いて……)


 春歌は自分の行動が信じられなかった。咄嗟に握っていた手を見ると、指が小刻みに震えている。加えてそれに呼応するかのように、心臓の拍動も速くなっていった。


《八番キャッチャー、桐生さん》


 新斗米の投球練習が終わり、試合が再開。打席には八番の優築が入る。同点に追い付くためには、少なくとももう一人ランナーを出さなければならない。


(理想はゆりを還して私も塁に残ることだけど、点が入るのは絶対じゃない。私がすべきことは、とにかく出塁することだ)


 マウンドの新斗米が初球を投げる。オーバースローから投じられた直球が、アウトローを貫く。


「ボール」


 やや低めに外れた。ただし伊調よりも球威があり、優築の見送り方を見ても差し込まれているのが分かる。


(この球を見ると真っ直ぐ主体の本格派に思えるけど、本来は細かにボールを動かして打ち損じを狙ってくるタイプ。騙されないようにしないと)


 二球目、新斗米は続けて外角を突く。ただストレートではなく、若干低めに落ちる。


「ボール」


 これも優築は見極める。データ通り微妙に変化させてくることを読んでいた。


(新斗米はいつもなら先発で起用されてる。だからこうやってリリーフで出てくると多少なりとも投げ辛さがあるかもしれない。ツーボールだし、兎にも角にもまずはストライクが欲しいでしょう)


 三球目、新斗米の投球は真ん中に来た。これも僅かに動いているように見えたが、優築は打ちに出る。


「センター!」


 素直にピッチャー返しをした打球は、新斗米の上を越えて外野に飛んでいく。センターの栗山が前進するも、その前に弾む。

 二塁ランナーのゆりはそれを確認してから進塁。優築も一塁を軽くオーバーランして止まる。


(よし。得点はできなかったけど、ランナーを溜められた。私がホームインすれば同点。昴、そして上位陣が必ず還してくれる)


 ワンナウトランナー一、三塁。土壇場で訪れた大チャンスに、亀ヶ崎は準備していた通り昴を代打に送る。


《九番、波多さんに代わりまして、バッター、木艮尾さん》


 昴は三回戦では代走で起用され、四点目のホームを踏んでいる。しかし夏大での打撃機会はこれが初めて。それでも彼女を代打に選んだのは、過去の練習試合でも高い対応力を見せてきたからだ。


「練習でやってるようにやれば良いからね。昴ならできるよ」

「分かりました」


 次打者の京子と少し言葉を交わし、昴は打席に入る。緊張感は極限に達しているはずだが、構えを作る一つ一つの動作は非常に丁寧で、落ち着いているように見える。


(この場面で平常心でいられる選手なんていない。でもその中でいつものプレーができるように私たちは練習してるんだ。……それに、あの手の温もりが勇気をくれた)


 昴の表情が厳然(げんぜん)と引き締まる。勇敢な戦士の如しとも言えるその雄々しい面構えは、本当に一年生のものなのだろうか。


 初球、新斗米は内角にストレートを投げ込む。昴は全力のスイングをしていったものの、空振りを喫する。


「良いよ良いよ! どんどん振っていけ!」

「昴、ヒーローになったれ」


 ベンチからの声も止むことはない。皆が昴と共に戦っているのだ。


(昴、一球目からあんなに振れるのか……。それができるなら、打ってみせてよ)


 春歌も両の拳を震わせながら、食い入るように昴の打席を見つめている。いつの間にかそんな風になっていたことに、本人は気付いていない。


 二球目、新斗米はカーブを投げてきた。初球に続いて昴は打ちにいく。だが弱いゴロが一塁側のファールゾーンに転がり、あっさりツーストライクを取られる。


(二球で追い込まれてしまった。でも過ぎたことを気にしても仕方が無い。まだ私にはストライクが一つ残ってる。もう少し手元まで引き付けることだけを意識して、それ以外の余計なことは考えない)


 三球目の投球は外角に大きく外れた。昴もすんなり見送る。


(このピッチャーはボール球を振らせて三振を取ることは少ない。だからきっと、最後もストライクゾーン近辺で勝負してくる)


 昴は軽く肩を解しつつ、打つイメージを膨らませる。それから改めてバットを構える。


 四球目、新斗米は真ん中から少し沈む球を投げてくる。昴は当てにいくことはせず、しっかりバットを振って打ち返す。二遊間に向かって鋭いゴロが飛んだ。



See you next base……


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