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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第九章 殻
130/223

128th BASE

お読みいただきありがとうございます。


先日48歳でプロ野球のトライアウトを受けた新庄剛さんが、現役復帰を断念されたそうですね。

トライアウトではバットの芯で捉えた打球が多く、ヒットも打っていたので少しばかり期待してのですが、オファーは残念ながら届かなかったようです。

しかしあの年齢で、しかも15年のブランクがありながら本気で復帰を目指し、あそこまで仕上げてきたのは本当に素晴らしいと思います。

何歳になっても私たちに夢を与えてくれる新庄さんは、いつまでもスーパースターです!


 二点差の六回裏、チャンスで珠音の打席を迎える。初球の投球がワイルドピッチとなり、二人のランナーは二塁、三塁へとそれぞれ進む。ヒット一本で同点の場面ができあがった。


 浦和明誠は一度守備のタイムを取る。佐伊羅は伊調にボールを手渡すついでに、語調を強めて戒める。


「伊調、冷静になれ。出したランナーはデッドボールと当たり損ないの内野安打だ。全く打たれてない。相手からも打たれそうな気配を感じないだろ」

「あ、ああ……。そうだな」


 あれよあれよという間にピンチを迎えてしまった。しかし伊調はこうした状況を何度も切り抜けてきたからこそ、今ここに立てている。落ち着いて投げれば、どうということはないはずだ。


「四番を歩かせることはしないぞ。こっちには二点のリードがあるんだ。逃げずに向かってこい」


 佐伊羅は右手で握り拳を作り、伊調の胸に当てる。伊調は口を真一文字に結ぶと、深々と頷いた。


「分かった。逃げてたまるもんか」


 その後、浦和明誠は守備位置の確認を行ってからタイムを解く。伊調は珠音の投球へ移る前に、マウンド上で大きく深呼吸をする。


(めちゃくちゃ心臓がバクバク言ってるな。さっきまでの私はそれにすら気付けてなかったということか)


 この場面で平常心になれという方が難しい。伊調はそうした中で、自分のできる投球をするしかないのだ。


 カウントワンボールからのリスタート。伊調は三塁ランナーを見てからセットポジションに入り、珠音への二球目を投じる。真ん中付近から鋭く曲がる、これまでと同じスライダー。珠音もついバットを振ってしまう。


「これだよ伊調! ナイスボール!」

 佐伊羅からの声掛けに、伊調は少し勇気付けられた表情をする。珠音からも空振りを取れたことが自信になったようだ。


(これがスライダーか。打とうと思っても打てる球じゃないな。ここはセオリー通り、高めに浮いた球を狙う)


 珠音は打つゾーンを上げる。三球目、伊調は続けてスライダーを投じるも、珠音のバットは全く動かない。


「ボール」


 投げ損ない以外では、伊調のスライダーを平然と見送ったのは初めてだ。しかしこれによって珠音の狙いが佐伊羅に読まれてしまう。


(今のをこれだけ簡単に見逃せるってことは、低めを捨ててる可能性が高いな。ならそれを利用させてもらう)


 四球目、佐伊羅は内角低めにミットを構える。伊調はそこを目掛けて直球を投じた。


「ストライクツー」


 ここも珠音は反応しない。低めを振らないことを徹底できているが、追い込まれてしまった。


(ほんとに低めは打ちにこないんだな。じゃあ次も同じコースで……)


 佐伊羅は珠音を一瞥する。その瞬間、体が金縛りにあったかのように固まった。


(どうしてこんなにもどっしりしていられるんだ……。追い込まれてるんだぞ)


 石像の如き不動の構え。そんな珠音の荘厳な立ち姿に、佐伊羅は恐怖すら覚え、配球に迷いが生じる。


(本当にインローの真っ直ぐで良いのか? スライダーの方が無難じゃないのか?)


 悩みながらも佐伊羅はサインを出すと、ミットで地面を叩く。それに対して伊調が首を縦に振るまでに、若干の時間を要した。


(その球で行くのか……。いや、大丈夫だ。佐伊羅はこれで抑えられると思ってサインを出してくれてるはず。だから信じて投げろ)


 上昇していく心拍数を唾を飲み込むことで抑え、伊調はセットポジションに入る。ただすぐには投げようとしない。珠音との間には静かに降りしきる雨の音のみが流れ、刻一刻と時は刻まれる――。


 ようやく伊調が足を上げた。斜めの角度から左腕を振り、珠音への五球目を投じる。


(……いかん!)


 刹那、佐伊羅は肝を潰す。彼女の要求は低めのスライダー。しかし投球は外角高めのボールゾーンから曲がってきた。


(……来た。これを待ってたんだ)


 珠音は得意の右方向へと打ち返す。大きな飛球がライトに上がる。


「ライト!」


 予め後ろに守っていた九重は更に後退する。どうにかフェンスの手前で落下点に入り、最後は軽くジャンプして打球をグラブに収めた。


「あー、越えなかったかあ……」


 珠音は一塁を回ったところで減速し、不満気に頬を膨らませる。しかし三塁ランナーの洋子、二塁ランナーの紗愛蘭は両者タッチアップ。犠牲フライで亀ヶ崎が三点目を挙げる。


「これで一点差。ナイスバッティング」


 洋子が拍手を送りながらホームを踏む。ベンチも難攻不落と思われた伊調のスライダーを捉えたことで、一層意気が揚がる。序盤の劣勢が嘘のように、形成はほぼ逆転した。


(完全にしてやられた……。紅峰は最後まで低めを捨てて高めだけを待ってたんだ。こっちが勝手に悩んで、結果的に伊調の失投を招いてしまった)


 佐伊羅はマスクの奥で表情を歪める。追い込むまでの過程を考慮すれば、四球目と同様にインローへのストレートが効果的なのは明らかだった。けれども珠音の泰然たる雰囲気に惑わされ、サインを出す寸前で配球を変えてしまったのだ。


 伊調の立場から言えば、スライダーの選択はかなり酷であった。三球目をしっかり見切られている上、フルカウントにはしたくないという心理も働く。サインにも頷くまでにも投げるまでにも時間を要したのは、そういった負の感覚を中々拭えたかったから。これではコントロールミスも必然的だったと言える。


 だが幸いにも打球に滞空時間があったこと、加えて長打警戒のシフトを敷いていたことで、ライトフライには留まった。珠音としては二塁ランナーまで返したかっただけに、まだまだ浦和明誠にも逃げ切るチャンスはある。


「ごめん。せっかくスライダーを要求してくれたのに、投げ切れなかった」

「気にするな。私も自分の考えを貫けなかった。その時点で負けてたよ。……でもまだこっちがリードしてる。下を向く必要は無い。抑え切ろう」

「ああ、もちろんだ。追い付かせはしない」


 浦和明誠バッテリーは互いに励まし合って仕切り直す。同点のランナーを三塁に置き、打席には主将の杏玖が入る。



See you next base……


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