126th BASE
お読みいただきありがとうございます。
最近は献血が流行っているそうで、私も友人から今度一緒に行こうと誘われました。
私自身は一度も行ったことがないので楽しみなのですが、友人が私を連れていきたい理由は「間違いなく血が採れそうだから」だそうです(笑)
これって褒め言葉なのでしょうか……?
五回裏、ワンナウト二、三塁。優築の放った痛烈な打球が、三遊間を襲う。
「ショート!」
柿原がワンバウンドしたところを横っ跳びでキャッチしにいく。しかし掴み切ることはできず、グラブで弾いた打球が彼女の手前に転がった。それを見た杏玖は猛然と本塁へ走り出す。
「カキ、無理するな! 一個で良い」
慌てて起き上がりボールを拾った柿原に、キャッチャーの佐伊羅は一塁送球を指示する。柿原も冷静になってそれに従う。
「アウト」
柿原の好プレーに阻まれ、惜しくも優築の当たりはヒットにならず。だが杏玖をホームに迎えることには成功し、亀ヶ崎が二点差に詰め寄る。
「オッケーオッケー。この調子で追い付いちゃおう!」
ベンチに戻った杏玖がナイン一人一人とハイタッチを交わしていく。中でも控えめに差し出されていた春歌の左手は飛び切り強く叩いた。
「ほらほら春歌、あんまり声聞こえてこないぞ! 逆転するためにもっと力をくれよ!」
「は、はい……」
春歌は杏玖の目を見ることができなかった。チームの追い上げムードに乗っていけない。失点したことへの後ろめたさと、未だに拭えない不信感が、彼女を殻に閉じ込めていた。
(どうしてまだ私に求めてくるの? 私を励まそうとしてるなら、何もしてくれない方が楽なのに……)
兎にも角にも、亀ヶ崎は二点差まで詰め寄ることができた。しかもまだ逢依を二塁に残している。
《浦和明誠高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー松武さんに変わりまして、伊調さん》
ここで浦和明誠は継投に入った。松武に代わって、サウスポーの伊調がマウンドへと上がる。
浦和明誠には左右で二人ずつ、計四人の高いレベルの投手がいる。二人ペアで一試合という回し方をしているので、この交代はほぼ予定通りと言える。
(こういうところで予め決めてたかのように代えられるのは、後ろのピッチャーにも自信がある証拠だ。やっぱりうちとは圧倒的に投手力が違うな……)
次打者の美輝はネクストバッターズサークルの前でタイミングを計りながら、伊調の投球練習の様子を伺う。右と左の違いはあれども、投げている球の質は自分よりも数段上だということはすぐに判断できた。
(でもそれは打てない理由にも、私たちが負ける理由にもならない。こういう相手を倒していくのが夏大ってことは、始まる前から分かってただろ)
美輝はゆっくりと打席に入り、バットを構えながら大きく息を吐いて緊張を解す。繋がれば上位に回るため、もう一点入るだけでなく一気に同点、逆転の展望も期待できる。
初球、伊調は真ん中低めに投げてきた。美輝は果敢にバットを振っていく。
しかし投球は大きく外角へと変化。もちろん美輝のスイングは空を切る。スライダーだった。
(スリークォーターだから少し斜めの角度が付いてる上、私から見て遠くへ逃げていく。最初はストライクに見えるけど、絶対に打てない球だ)
そう自分に言い聞かせ、美輝は構え直す。二球目も伊調はスライダーを投じてくる。
「スイング」
またもや美輝は手を出してしまった。気を付けなければいけないと思ったはずなのに、つい体が反応してしまう。それだけ伊調のスライダーが打ち頃と錯覚させているのだ。
(これじゃ意識すればするほど打ちにいっちゃうな。ならもう手が出ることは割り切って、バットに当てることを考えるしかない)
美輝はバットの持ち方をやや短くする。打つというよりも空振りしないことに徹するつもりだ。
三球目も伊調が投げたのはスライダー。ただこれは低めに叩きつけるような投球となり、流石の美輝もすんなり見送る。
(全部が全部良いところに来るわけじゃない。今みたいなボール球だってある。心にゆとりを持って、一球一球落ち着いて対処しよう)
四球目。伊調は初めてストレートを投じた。アウトコースに来た投球を、美輝は振り遅れながらもバットに当てる。
「ファール」
打球は三塁ベンチ上のネットに直撃。球足が速く、近くにいた者は少し怯んだ素振りを見せる。
(真っ直ぐは松武よりも速くないな。初見でも普通に対応できる)
五球目、伊調は一転してインコースを突いてきた。ところが狙いよりもかなり低めに投げてしまう。美輝も内角への投球はケアできており、しっかりと見極める。
(ツーボールツーストライクか。スライダーに自信があるんだとしたら、最初の二球と同じ感じで空振りさせにくるんじゃないか?)
六球目、美輝の予想は当たる。伊調はスライダーを投げてきた。真ん中から外角低めへと鋭く大きく曲がっていく。
(釣られるのは気にするな。とにかく当てれば良いんだ)
美輝は体ごと前に投げ出すようなスイングをする。それが功を奏し、ボールをバットの先に掠らせることができた。
「ストライク、バッターアウト!」
「えっ!?」
しかし三振が宣告される。美輝は咄嗟に球審を見た。すると球審は左手で右手の甲を軽く擦ってみせる。
確かにボールはバットに当たっていた。けれども地面に触れることはなく、直接キャッチャーミットに収まっていたのだ。そのためファールチップが認められ、三つ目のストライクがカウントされたのである。
「まじか……」
片目を潰すように瞑り、悔しさを露わにする美輝。結局四球あったスライダーにはほとんど対応できず、伊調に反撃の芽を摘み取られてしまった。
(……切り替えろ。私には投げる役目があるんだから)
バットをグラブに持ち替え、美輝はマウンドへと向かう。同点とはならなかったが、ノーヒットの展開から二点を挙げることはできた。この後の守備は流れを渡さないためにも重要になる。
美輝もそのことは重々承知していた。しかしだからといって何かを変えることはしない。これまで通り丹念なピッチングを心掛ける。
「センター!」
六回表、浦和明誠の攻撃は七番から始まった。美輝は順調にツーアウトを取ると、九番の恵比鶴にはヒットを許したものの、次の栗山を平凡なセンターフライに抑えた。
これで四回から三イニング連続でゼロを並べる。そんな美輝の好投をベンチで見ていた春歌は、次第に胸が締め付けられる感覚に苛まれていた。
(私が抑えられなかった打線を美輝さんはあっさり抑えてる。……何でこんなことになったんだろう)
自分の不出来がどんどん際立ち、もうグラウンドから目を背けてしまいたかった。だがそんなことは許されない。春歌の心身は今にも崩落しそうだったが、弱みを見せたくない一心で凛と立ち続ける。その姿は哀れでもあり、健気でもあった。
See you next base……
松武’s DATA
ストレート(最高球速114km:常時球速105~110km)
ツーシーム(球速100~105km)
スライダー(球速95~100km)
カーブ(球速80~85km)
★スローカーブ(球速70~80km)




