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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第九章 殻
126/223

124th BASE

お読みいただきありがとうございます。


起床後に太陽の光を浴びると良いと言いますが、この時期になると朝起きる時にはまだ外は暗いです。

どうしたら良いのでしょう?

「そんなに俯かないで。春歌ちゃんはよく投げたよ」


 落ち込む春歌の隣に、真裕が寄り添うようにして座る。彼女は右手で春歌の頭を優しく撫でようとする。


「……止めてください」


 ところが春歌は咄嗟に避けた。その後も下を向いたまま、暗いトーンで嘆くように呟く。


「どうして今の私なんかに声を掛けられるんですか? 無様な私を慰めて、優越感に浸りたいんですか? 放っておいてくださいよ。……ほんと、いちいち鬱陶しいです」


 刺々(とげとげ)しい言葉を連ねる春歌。その内容は暴言と捉えられてもおかしくはない。自暴自棄になっているとはいえ、これは許されない。チーム内での自らの立場を壊しかねない。


「……ああ、ごめんね。そんなつもりは無かったんだけど、ちょっと無神経だったね」


 真裕はすぐさま詫びた。決して彼女の対応が悪いわけないのだが、春歌の気持ちを察して大人の対応をする。


「……だけどね、放っておくことなんてできないんだよ。私たちは一人で戦ってるんじゃない。皆で戦ってるんだから」

「はあ? 何いきなり綺麗事を言ってるんですか? この四失点は皆の責任とでも言いたいんですか?」


 春歌の口調が怒気を孕む。ただ真裕はそれに気圧されることも触発されることもなく、柔らかな物言いを変えない。


「別に誰の責任だなんてのはないよ。私たちは一つのチームなんだ。一人一人が力を合わせて、勝つために協力し合ってる。四点を取られた現実あるのなら、それをひっくり返せるように皆で努力する。春歌ちゃんだってその一員なんだ。だからまだ試合が続いてるのに、一人だけそんなところで凹んでちゃ駄目だよ」


 真裕はそう言って、不意に春歌の左腕を掴む。それから半ば強引に立ち上がらせると、ベンチの最前列へと押し出した。


「わっ!? 何するんですか?」


 困惑する春歌。真っ赤に染まった目元や頬を露わにし、真裕と顔を合わせる。


「言ったでしょ。まだ試合が続いてるのに一人で凹んでちゃ駄目だって。反省したり悔しがったりするのは全部終わった後。今はチームを応援するよ! ……美輝さん、頼みましたよ!」


 真裕がグラウンドに声援を送り、美輝を鼓舞する。こればかりは春歌も反論の余地は無い。険しい眼差しでマウンドに目を向ける。


(誰の責任でもないか。けどもしこのまま負けたら、結局は私が負け投手になる。それでも誰の責任でもないって言えるの……?)


 春歌が見つめる先では、投球練習を終えた美輝が優築と会話を交わしている。ツーアウトながらランナーは二塁にいる。これ以上リードを広げられないためにも、絶対に還すわけにはいかない。


「ねえ優築、一つ質問して良い?」

「何?」

「もしも私がこの後無失点に抑えたら、勝つ確率は何パーセントあると思う?」


 電光掲示板のスコアを見ながら、美輝が優築に問う。


「……正直に答えてね。そのために優築に聞いたんだから。杏玖だったら嘘でも百パーって言うじゃん」


 悪戯っぽく微笑む美輝。この意地の悪い質問に、優築は暫し口を噤む。しかし少し間を置いてから、美輝と似たような表情を浮かべてから答えた。


「……決まってるでしょ。百パーセント」

「えー。本気でそう思ってる?」

「当然。私はいつだって本気」


 美輝が疑念を抱いて聞き直すも、優築は全く動じない。これには美輝もお手上げという感じだ。


「そっか。優築なら冷静に分析してくれると思ったんだけどなあ」

「そう? 私は結構冷静でいられない時の方が多いわよ。だって勝ちたいもの」

「そりゃ皆勝ちたいさ。……まあ良いや。じゃあここから一点も与えず、逆転勝利に繋げよう」

「もちろん。最初からそのつもり」


 優築は美輝と互いの右拳を突き合わせ、マウンドから引き揚げる。その背中を、美輝はじっと見つめていた。


(もしも優築が負ける可能性を示唆してくれたら、最期を覚悟して楽しく投げようと思ったんだけどな……。そんなわけにはいかないか。私だって諦める気は更々無いし、チームを信じて投げ抜いてやる)


 未だに霧雨が降り続いている。美輝はポケットに忍ばせたロジンバッグを指先に付け、打席に入った松武と対峙する。


《九番ピッチャー、松武さん》


 初球、美輝は外角低めに直球を投げ込む。松武は遠いと思って見送ったが、球審がストライクの判定を下す。


(八番打者だからと言って油断はしない。私の全力を注いで抑え切る)


 二球目は真ん中から内角に食い込むシュートを使う。スイングしてきた松武のバットの芯を外し、三塁側へのファールを打たせる。順調に追い込んでからの三球目。美輝は再びアウトコースにストレートを投じる。


「ボール」


 これは僅かに外れた。しかし打者の手元で伸びており、松武のタイミングもかなり遅れている。


(これだけ差し込めてるなら、変化球で躱そうとすれば却って合ってしまう可能性がある。真っ直ぐで押し切る)


 優築は続けてストレートを要求する。それに対して美輝は深く頷いた。


(このカウントで優築が真っ直ぐのサインを出すってことは、球が走ってる証拠だ。だから自信を持て!)


 美輝は心の中で自らを強く激励する。一度二塁ランナーに目を配ってから足を上げ、四球目を投げた。

 投球は外角高めへ。ボール気味だったが、松武は思わずスイングする。途中で中断しようとしたものの出したバットを止めきれず、中途半端に打ち返してしまう。


「オーライ」


 力の無いゴロがマウンド方面へと転がる。美輝はがっちりと捕球し、少し一塁ベースに近づいてから珠音にトスする。危なげなくスリーアウト目を取った。


「よっしゃ! ナイス美輝!」


 ピンチを切り抜け、美輝は杏玖たちとグラブを重ねる。ベンチのメンバーも彼女とハイタッチで迎える。


 ところが一人、輪に入らない者がいる。春歌だ。彼女は円陣にも加わらず、その傍らで立ち尽くしていた。


「どうしたの春歌ちゃん? そんなとこにいないでこっちにおいでよ」


 いち早く気付いた真裕が、円陣の中に招き入れようとする。だが春歌は動こうとしない。


「……入れるわけないじゃないですか。私にそんな資格なんて無いですよ」


 入らないのではない。入れないのだ。いくら責任が無いと言われても、四点を取られたのは自分のピッチングであることは間違いない。にも関わらず皆と一緒に盛り上がるなどできない。

 しかしそれを誰が放っておくだろうか。いの一番に動いたのは美輝。春歌の背中を押して円陣の真ん中に立たせる。


「何言ってるんだよ。たかが四点くらいで。ほらほら、そんな辛気な顔してないでこっちに入る!」

「で、でも……」

「でももへったくれも無い。春歌もチームなんだから、一緒に戦うんだよ」


 春歌は紛れもなく亀ヶ崎女子野球部の大事な一員。その認識は真裕だけでなく、チーム全員が持っている。


「そういうことだね。四点差なんてどうってことない。皆で力を合わせて、すぐに逆転してやろう!」

「おー!」


 杏玖の号令に導かれ、亀ヶ崎ナインは気合いを入れる。もちろん春歌も一緒に。


 点差は四点と小さくはない。けれども全員野球で挑めば、必ずひっくり返せるはずだ。



See you next base……


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