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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第九章 殻
124/223

122nd BASE

お読みいただきありがとうございます。


心が折れそうな時、皆さんは何を支えにして立ち上がっているでしょうか?

私も心が折れそうなことはたくさんありますが、その時の支えになるのは周りを取り巻く“人”なのかなと思っています。


《五番キャッチャー、佐伊羅さん》


 佐伊羅を抑えれば三者凡退でこの回を終えることができ、チームも春歌自身も乗っていける。前の二人同様、春歌は初球からインコースに投げ込んでいく。


 ヤマを張っていた佐伊羅は果敢に打ってきた。三遊間にゴロが転がる。


「ショート!」


 決して打球に勢いがあったわけではないが、飛んだコースが良い。京子と杏玖のちょうど真ん中を割っていく。


「おお、ラッキー」


 佐伊羅は一塁をオーバーランしたところで僅かに白い歯を零す。たった一本の単打だが、春歌にとっては調子付いてきたところでの(いや)な躓きとなる。


(三人で切りたかったけど、こればっかりはどうしようもない。勝負には勝ってるんだ。今のヒットは頭から消して、次の打者を抑えることに専念する)


 気を取り直し、春歌は六番の那須と対する。初球は内角低めのストレート。那須はバットを振らずに見逃す。


「ストライク」


 二球目。春歌は一球目と同じコースへツーシームを投じる。那須が打って出るも、打球は三塁側のファールを転々とする。


(テンポ良く二球で追い込めた。春歌もきっちり投げ切れてる。一回外角を見せて、その後に内角で仕留める)

(分かりました)


 優築はアウトコースのボールゾーンへカットボールを要求する。これを見せ球にして最後にインコースで打ち取れば、より勢いが出ると考えたのだ。


 三球目。春歌の投球はアウトローのストライクゾーンから外へと鋭く曲がる。つい反応してしまった那須は懸命に腕を伸ばし、辛うじてバットの先で拾った。


「セカン!」


 ファースト後方に弱い飛球が上がる。セカンドの愛が回り込んだが間に合わず、打球はライト線に弾む。

 紗愛蘭が処理をする間に佐伊羅は三塁まで進塁。那須は一塁で止まった。二連打で春歌は忽ちピンチに陥り、三塁のカバーからマウンドへ戻る途中で渋い表情を浮かべる。


(しまった……。優築さんの指示はボール球だったのに、私が中途半端なところに投げたせいでバットがギリギリ届いたんだ)


 ここで亀ヶ崎は一回目の守りのタイムを使った。内野陣が春歌を囲い、代表して杏玖が注意点を確認する。


「ツーアウトだからセカンドでもファーストでも確実に一個アウトを取ろう。もしもダブルスチールが来た時は、得点をやらないことを第一に考えてプレーすること。最悪一塁ランナーが二塁に進んでも、気にする必要は無いよ」

「はい!」


 更には伝令も送られる。ベンチから真裕が走ってきた。


「監督からの指示は特に無いですが、とにかく次の一点をやらないよう守り切ろうということでした。そうすればきっとこっちに流れが来ます」

「そうだね。じゃあ皆、より気を引き締めて守って、この回を凌ごう!」

「おー!」


 それぞれの定位置に戻る内野陣。真裕はベンチへと帰る前に、春歌に一言言葉を掛ける。


「春歌ちゃん、気分はどう?」

「どうって、普通ですけど」


 春歌は素っ気なく答えを返す。口ぶりは平然としているが、頬はいつになく紅潮し、汗の流れる勢いも先ほどより更に増している。

 今日は雨が降っていることもあり、そこまで気温は上昇していない。それなのにこの状態ということは、本人が気付かぬ内に疲労が溜まっているのかもしれない。

「そっか。大丈夫、春歌ちゃんなら抑えられるよ。いつも通り思い切って投げてやれ!」


 真裕は柔和な笑顔で春歌を鼓舞する。春歌は瞬きで誤魔化しながら一瞬だけ視線を落とし、僅かに眉を顰めた。何か思うところがあったようにも見えるが、他の者には悟らせないように「はい」とだけ答える。


 それから真裕も引き揚げ、春歌はマウンドで一人になる。帽子を取って汗を拭った後、彼女は目を閉じて深く息を吸い込んだ。


(……なるほど。真裕先輩のことがどうして嫌いなのか、何となく分かった気がする。あの人に似てるからだ)


 再び過去を思い出す春歌。実は彼女が中学でどん底の状態でも頑張れた傍らには、一人の男の存在があった。


 男の名は皆月(みなつき)(りょう)。春歌にとっては一学年の上の先輩に当たり、二年生時から二年間に渡ってチームのエースを務めた。明るい人柄と野球に真摯に向き合う姿勢で周りからの人望は厚く、まさに真裕を男性にしたという表現がぴったりと当てはまる。


 当時の春歌は玲を兄のように慕っていた。一方の玲も春歌のことを気にかけ、キャッチボールやランニングをする時は必ずと言って良いほど二人でペアになって行う仲であった。


(玲先輩は私が悩んでいる時に色々とアドバイスをしてくれた。この投球スタイルを見出したのも、もっとインコースを攻めろと玲先輩に言われたからだ)


 玲は自ら進んで春歌の球を受け、どうしたら抑えられるかを一緒になって考えてくれた。今春歌がこうして投げられているのは、玲がいたからと言っても過言ではない。それだけの信頼関係が二人の間には生まれていた。……はずだった。


(あれは玲先輩が引退して一週間くらい経った時のことだったかな。ある日の練習に玲先輩が顔を出して、一緒に帰ることになったんだっけ)


 春歌と玲の家はそれほど近いわけではなかったが、二人で夜遅くまで練習した日の帰りは決まって玲が春歌を送り届けていた。そういった経緯もあり、その日も春歌は何の疑問も持たず帰途に就いた。


(今思えば何か適当な理由を付けて一人で帰れば良かったんだ。そしたらあんなことにもならなかったのに……)


 学校から歩くこと二〇分、もうすぐ春歌の家に着こうかというところで、急に玲が少し散歩をしようと提案してきた。春歌はそれを承諾し、近所の公園を歩くことにした。

 公園には他に誰もおらず、暫し二人だけの時間が続いた。そして辺りが夕焼け色に染まり、そろそろ帰ろうと春歌が言いかけたその時、事件は起きる。


 突然、玲が春歌を背後から抱き締めたのだ。春歌は咄嗟にその手を払い除け、困惑しながら玲と顔を合わせた。


(その時の玲先輩の表情はよく覚えてる。物凄く驚いてた。まるで私があんな反応をするわけがないと思っていたかのように)


 決して春歌は玲を拒絶したわけではない。ただ“そういう意味”では接することができなかった。それだけの話。そこであっさり終われば良かった。

 だが一度動き出した歯車は簡単には止まらない。直後に玲が放った言葉が、春歌を失望させる。


 “どうしてだよ? あんなに練習に付き合ってやったじゃないか――”


(あの言葉は正直、かなりショックだった。もちろん真意は分からない。けど私にはどうしても、私に良くしてくれた理由が“そういう意味”だったんだって感じられた。……結局、自分の欲を満たしたかったんだ)


 それ以来、二人が前みたいに話す機会は無くなった。玲は手のひらを返したように全く春歌に近づかなくなり、春歌も追いかけることはしなかった。


 どんなに良くしてもらっていても、絶対に何か裏がある。春歌はそう思い知らされた。だから真裕の自分に対する接し方も気に食わないのだ。


(真裕先輩だっていつ本性を現すか分からない。その時がいつ来ても良いように、隙を見せず、誰の協力が無くても抑えられるようにならなきゃいけないんだ!)


 春歌はバックスクリーンの方を向いてもう一度深呼吸をし、騒ぐ心を沈める。三度目の正直で今度こそピンチを切り抜け、流れを呼び込むことができるか。



See you next base……


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