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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第九章 殻
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121st BASE

お読みいただきありがとうございます。


コロナが第3波に突入し、中々収まる気配を見せませんね……。

しかし嘆いていても仕方ありません。

やれることをしっかりやって、少しでも感染を広げないようにしましょう。


(……何やってるんだ。いくらツーアウトだからって、ランナーのこと頭入れておかなきゃ駄目だろ。しかも走られたことで動揺して、ほんと話にならない)


 我に返ってマウンドに降りる春歌だったが、自分の不甲斐無さに怒りを覚えていた。一年生と言っても、もう彼女は何年も投手をやっている。こんな初歩的なミスをするのは本人にとっても有り得なかった。


(こんなことやってたらほんとに代えられる。それじゃ今までの頑張りが台無しだ。もう惨めな思いはしたくないのに……)


 春歌はベンチに腰掛け、ぼんやりと戦況を見つめる。その脳裏にはふと、過去の記憶が巡った。


 “春歌、野球に行くぞ”


 幼少時代の春歌は、週末になると父親からこう言われることが待ち遠しくて仕方無かった。父親の参加していた草野球によく顔を出し、物心付いた時から既に野球が傍にあったのだ。


 その影響で小学三年生の頃に地元の少年野球チームに入団。ポジションは当時から投手が中心だった。男子相手でも怯むことなく真っ向勝負し、学年別ではエースに近い立場で投げていた。


(草野球で父さんがピッチャーをやってるところばっかり見てたから、私もピッチャーがやりたいって言ったんだっけ。自然な流れと言えばそれまでだけど、それだけ父さんに憧れてたってことか。今思うと恥ずかしいな)


 そんな春歌は中学に入ってからも投手を続ける。……しかし、待っていたのは“性別の壁”だった。


 一年生から登板機会のあった春歌だったが、投げては打たれるを繰り返した。毎回のように長打を浴び、自分の球が遠くに飛ばされる屈辱を味わい続けた。


 更には同期のチームメイトとも、徐々に差は開いていった。特に顕著だったのが球速の伸び。春歌は一年間で五キロ程度しか上がらなかったのに対し、男子たちは少なくとも七、八キロ、中には十五キロ以上アップした者もいた。


(中学生にもなれば男女の体付きの違いが大きく現れる。私はそれに勝てなかったんだ)


 男子との差を何とか埋めようと、春歌は必死に努力した。体格差を補おうと筋トレや走り込みを増やし、毎日のように夜遅くまでの自主トレに励んだ。


 だが現実は厳しかった。男子に追い付くどころか、日を重ねる毎に引き離されていく。二年生になっても投げては打たれるという状況は変わらず、改善の兆しは見られなかった。


(皆が成長していく中で、私だけが取り残された。存在価値は無。チーム内に私の居場所は無かった)


 このまま終わるわけにはいかない。どうにか活路を見出そうと思い付いたのが、今の投球スタイルだった。

 とにかく内角を抉り、打者のバッティングを崩していく。元々良かったコントロールを更に向上させ、二年生の秋には死球にならない程度の際どいコースを突けるようになった。


 すると少しずつ成果が出始める。如何に球威で劣っていても、相手に自分のスイングをさせなければそうは飛ばされない。長打を浴びることは激減し、無失点に抑える試合も増えていった。


 そして迎えた三年生の夏、チームは県大会でベスト八まで進んだ。春歌もリリーフで登板し、勝利に貢献。辛くても諦めず、投手として活躍することができた。


(……だけど結局は控え止まり。エースにはなれなかった。私には性別のハンディを乗り越えられるほどの才能が無かったんだ)


 最後まで春歌を苦しめた性別の壁。一方でそれを打ち破った者がいる。その人物こそ、エースを務める真裕だ。


(真裕先輩は中学で男子に混じってもエースだった。あの人にはそれだけの才能があったんだ)


 もちろん真裕が人一倍の努力を積んでいることは分かっている。ただ努力の量なら春歌も負けていない。だからこそ真裕にできて春歌にできないことが悔しいのだ。やはりそこにはどうしても、“才能”の二文字が纏わり付いてしまう。


(才能のある人は大嫌いだ。絶対に負けたくない。負けたくないなら勝つしかない。結果を残すしかない。この試合だって、このまま終わるわけにいかないんだ!)


 春歌は強く拳を握り、改めて自らに発破をかける。グラウンドでは六番の逢依がセカンドゴロに倒れ、二回裏の攻撃は三人で終了。春歌はゆっくりと立ち上がり、グラブを持ってマウンドへと駆けていく。


《三回表、浦和明誠高校の攻撃は、三番ショート、柿原さん》


 世代最強のスラッガー、柿原の第二打席を迎える。その初球、春歌は胸元にストレートを投じていった。


「わお!」


 柿原は仰け反って避け、その反動で二、三歩後退する。春歌は何事も無かったかのように優築からの返球を受け取り、指先にロジンバックを付ける。


(これで良い。ここまでこの投球スタイルを磨いてきたんだ。少し打たれたくらいで逃げてたまるか)


 二球目、続けて春歌はインコースに投げ込む。今度は膝元。柿原は思い切りスイングしていくも、空振りを喫する。バットを振り終わった彼女は、大きく息を吐いた。


(どんどん内を攻めてくるじゃん。私も負けていられないなあ)


 これでワンボールワンストライク。三球目のサインはすぐに決まり、春歌が投球モーションに入る。


(同じコースに来るかな? それなら捉えてみせるぞ)


 柿原は大きく左足を上げてタイミングを取る。春歌が投げてきたのはまたもや内角。ただ球種は若干変化するツーシームだ。フルスイングで応戦する柿原。短い金属音を奏で、大飛球がレフトに舞った。


「レフト!」


 春歌と柿原が共に動向を追う中、レフトの逢依はポール際に向かって走っていく。スタンドの観客はホームランを期待して立ち上がるものもいたが、フェンス手前で逢依の足が止まった。そうして落ちてきた打球をキャッチする。


「あー。ちょっと上がり過ぎたかあ……」


 二塁ベース付近まで到達していた柿原は苦笑いで空を仰ぎ、無念そうに引き揚げていく。対する春歌は表情を変えず、一つ息衝いてから何度か首を縦に振る。


(あそこまで飛ばされたのは癪だけど、詰まらせてアウトにできたわけだから良しとしよう。ああやって打ち上げさせれば、フェンスを越えない限りヒットにはならない)


 柿原の打ち取り方に手応えを覚える春歌。続く四番の安納に対しても、変わらずインコースを抉っていく。


「サード」


 安納は三球目を打ち返した。しかし力の無いフライがサードのファールゾーンに上がり、杏玖が掴む。クリーンナップを相手にする厳しい打順だったが、春歌はテンポ良くツーアウトを取った。



See you next base……


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