120th BASE
お読みいただきありがとうございます。
今年のプロ野球は11月に入ってもシーズンが続いており、何だか不思議な感覚です。
しかしこの時期でも野球が見られるというのはとても嬉しいので、最後まで楽しみたいと思います!
《二回表、浦和明誠高校の攻撃は、七番ライト、九重さん》
二回表の先頭、七番の九重が左打席に入る。このイニングは下位打線を相手にするだけに、春歌としてはテンポ良く抑えていきたい。
初球、春歌は内角への直球を投じる。九重は腕を畳んだスイングで引っ張り込む。
「セカン!」
打球は一二塁間を転がる。愛が再度のダイビングキャッチを試みるも今度は届かず、ライトへと抜けていった。
初回に続いて先頭打者がヒットで出塁。またもや春歌はインコースを打たれた。
(今は差し込むことすらできなかった。狙われてたのかもしれないけど、七番にあっけなく引っ張られるなんて……)
春歌はロジンバッグを触り、気を紛らわせる。調子は悪くない。にも関わらず意図も簡単に打ち返されていることに、焦りが芽生えていた。
《八番ピッチャー、松武さん》
打順は八番の松武に回る。一回表は梨本がバントしてきたが、松武も右打席に立つとバントの構えを見せていた。
一球目は低めのツーシーム。どうにか失敗させようというバッテリーだったが、松武はあっさりと前に転がす。
「春歌、ファースト」
捕球した春歌は素早く二塁を振り返ったものの、諦めて一塁に投じる。送りバントが成功し、スコアリングポジションにランナーが進む。
《九番セカンド、恵比鶴さん》
このチャンスにラストバッターの恵比鶴が右打席に入る。初球、春歌の投じた直球が、恵比鶴の胸元を抉る。
「おっと!」
恵比鶴は背中を向けて避ける。そのまま見送っても当たりそうにはなかったものの、打者としては身の危険を感じる一球だ。
(抑えるためにはこういう球を投げていくしかない。それが私の持ち味なんだから)
二球目、春歌は外角にカットボールを投げる。少々甘く入っていたが、恵比鶴は手を出せずにストライクとなる。左足の踏み込みがしっかりできておらず、その様子は優築にも見えていた。
(初球のボールが効いているようね。なら早いカウントで打ち取りたい)
三球目、優築は低めのツーシームを要求する。春歌もほぼ狙い通りに投げていった。恵比鶴は腰の入ったスイングができず、当てただけのようなバッティングとなる。
「ショート」
結果はショートへの平凡なゴロ。京子はランナーを牽制しながら難なく捌く。アウトカウントが一つ増え、打順はトップに返る。
《一番センター、栗山さん》
栗山は一打席目、春歌の出鼻を挫くヒットを放っている。それが先制点に繋がっただけに、ここでタイムリーが出て更に調子付かせることはしたくない。
初球は膝元を狙ったストレート。しかし低めに外れた。雨の強さは先ほどからあまり変わっていないが、降り続いているので指先が濡れて滑りやすくなっている。それだけにいつも以上に失投には気を付けたい。
二球目もバッテリーはインローを突く。ストライクゾーンから外れはしたものの、栗山の足を払うことができた。
(ここは最悪歩かせても良い。ツーボールになったことで外に目を付けてるだろうし、思い切ってもう一つ内を攻めよう)
またも優築は内角に構えた。春歌はサインに頷くと、ズボンの布で指先を拭ってからセットポジションに入る。
(優築さんは私のことを分かってくれてる。インコースを打たれてるんだったら、インコースでやり返さないと!)
春歌は二塁ランナーに目を呉れることなく足を上げ、三球目を投じる。ところがリリースの瞬間、指先からボールが外に滑りそうになるのが分かった。
(あ、いけない!)
必死に内側へ戻そうと右腕を振った春歌。ただ逆にそれが災いし、投球は真ん中外寄りのコースに行ってしまう。加えて球種はカットボールだったのだが、何の変化もしない棒球となる。
栗山は強振せず、引き付けてコンパクトなスイングで弾き返した。打球は図ったかのようにレフト、センター、ショートの中間に落ちる。
「九ちゃん、ホーム余裕!」
九重は三塁を蹴って本塁に駆け込む。打球はレフトの逢依が処理したもののバックホームはされず、浦和明誠に二点目が入った。
「クリ、ナイスバッティング!」
浦和明誠ベンチの選手が喜ぶ傍ら、春歌はバックネットの前で口を噤む。注意しなければならなかった投げミス。打者有利のカウントだっただけに、栗山も仕留めるのは容易だった。
(きっちり投げ切らないとってさっきの回に思ったばかりじゃんか。これじゃこのまま交代させられる……)
春歌は地面を左足で強く踏み付け、自分への苛立ちを露わにする。初回から二イニング連続の失点。ブルペンでは美輝がキャッチボールから立ち投げへと変え、着々と準備を進めている。
「春歌、切り替えて。打たれたのは仕方が無い。ここでフォアボールとか出して崩れないように」
「……はい。分かりました」
落ち込んでいる暇は無い。春歌は優築から新しいボールを受け取り、マウンドへ戻る。打席には二番の梨本が入る。
一球目、バッテリーはカーブでカウントを取りに行く。しかしワンバウンドとなり、梨本に見極められる。
続く二球目は低めのストレート。真ん中のコースではあったが、梨本は手を出さない。ひとまずストライクを一つ取れた。
(二番の人は一打席目にバントを失敗してる。気持ちも沈んでるだろうし、さっさと追い込んで打ち取ろう)
早くこの回を終わらせ、味方の攻撃に移りたい。春歌の中ではその思いが先行していた。
ただそれは相手にとって絶好の付け入る隙となる。三球目、春歌はサインが決まるとすぐに投球モーションを起こす。それと同時に、ランナーの栗山が二塁へと駆け出した。
「走った!」
「え?」
無警戒だった春歌は虚を衝かれた。投げることへの集中が削がれ、低めを狙ったはずのツーシームが高めに浮く。
栗山のスタートも悪くなったが、梨本は構わず打ちに出る。バットの芯で捉えた打球は痛烈なライナーとなり、右中間を襲う。
「クリ、抜けたらホーム来れるぞ!」
ランナーコーチの声に誘われ、栗山が二塁を回る。一気に本塁を陥れるつもりだ。
亀ヶ崎のメンバーのほとんどが、浦和明誠の追加点を覚悟する。だがその危機を、一人の選手が救った。
「抜かせるか!」
ライトの紗愛蘭が快速を飛ばして打球に追い付いたのだ。最後は左腕を一杯に伸ばし、ランニングキャッチする。勢いが付き過ぎて止まるまでに何歩も要したが、最終的にボールを落とさない。
「アウト! チェンジ」
「紗愛蘭先輩……」
マウンドで一部始終を見ていた春歌の顔から、血の気が引いていく。何にせよ三点目は許さず。二回表も一点止まりで浦和明誠は攻撃を終えた。
See you next base……




