118th BASE
お読みいただきありがとうございます。
この時期は毎年花粉症に悩まされています。
個人的には恐らく春の時よりも辛い症状が出ます。
先日までも鼻詰まりと喉の痛みが同時に来て散々でした……。
今日は朝から上空を雲が覆い、先ほどからは雨雫が一粒二粒と落ちてきている。予報では本降りとはならないそうなので、それが当たることを祈るばかりだ。
一昨日の三回戦を真裕の完封で突破した亀ヶ崎女子野球部は、準決勝に臨む。午後一時半、球審の号令を聞き、選手たちが整列に向かう。
「ただいまより、亀ヶ崎高校対浦和明誠高校の試合を始めます!」
「よろしくお願いします!」
亀ヶ崎の選手が先に守備に就く。先発のマウンドには春歌が上がる。
(監督はこの前のピッチングを見て私を先発させたいと言った。正直あれは私としては納得してないけど、とにかく投げさせてもらえたんだ。絶対に結果を残してやる!)
相手は埼玉の浦和明誠高校。一昨夏の全国大会では優勝を果たしている。ベスト四ともなればどのチームも強力なのは言うまでもないが、その中でも屈指の実力を誇る。
そんな強敵に春歌は臆せず立ち向かっていくことができるのか。投球練習が終わり、一番の栗山が左打席に入る。
《一回表、浦和明誠高校の攻撃は、一番センター、栗山さん》
決勝の舞台を懸け、今プレイボール。春歌は早々とサインを決めると、第一球を投じる。
「ボール」
初球から膝元にストレートを投げていった。しかしボール一個分外れる。二球目も同じような投球となる。こちらも外れてしまい、いきなりボールが二つ先行する。
「良いよ良いよ。ナイスボール! その調子で投げていこう」
サードから杏玖が鼓舞する。投げている球自体は悪くない。寧ろ春歌らしさは十分に出ている。
(ツーボールだからって焦るな。私のしたい投球はできてる。だからしっかり腕を振ることだけを考えろ)
春歌はそう自分に言い聞かせ、三球目を投じる。球種はカットボール。真ん中からインコースに曲がる球を、栗山は少々詰まらされながらも弾き返す。
打球の勢いはそれほどでもなかったものの、春歌の頭の上を越えていく。セカンドベースの前でワンバウンドし、そのまま二遊間を割っていった。
「どんまいどんまい。バントとか盗塁とかあるかもだけど、まずはアウト一つ取ろう」
セカンドの愛が声を掛け、外野からの返球を春歌に渡す。春歌は無言で頷きながらそれを受け取った。
(詰まらせたのに外野まで持ってかれた。これまでとは素のパワーが違うか。かといってびびってたまるか)
春歌は切り替えて次の打者と対峙する。右打席に入った二番の梨本は、予めバントの構えをしていた。
(初回でバント? 浦和明誠は手堅いイメージは無いけど、準決ともなれば勝手が違うってことか?)
優築は疑念を抱きなから初球のサインを出す。外角へのストレート。ところが春歌は首を振った。
(様子見なんて相手の思う壷ですよ。何か仕掛けてくるなら迎え撃ちましょう)
(……それも一理あるか。分かった。ならこれでどう?)
改めてバッテリーはサイン交換を行う。今度はすんなりと決まり、春歌が梨本に一球目を投じる。インハイへのツーシーム。梨本は最初の構えから変わらずにバントしていく。
「あ……」
ところが小フライとなってしまう。優築は反応良くマスクを動き出し、片膝を着いて滑りながらキャッチする。
「アウト」
ランナーの栗山は慌てて一塁に戻る。優築はすぐさま立ち上がったが、送球する振りだけに留めた。
「ナイスキャッチです」
「ありがとう。春歌もよく投げてくれたね」
春歌と優築は互いを称え合う。相手に助けられる形ではあったが、まず一つ目のアウトを取ることができた。
《三番ショート、柿原さん》
ワンナウトランナー一塁と変わり、右打席に三番の柿原が立つ。彼女の名前がコールされるや否や、グラウンドはより大きな歓声に包まれた。
この柿原はプロ入りが確実視されている注目のスラッガー。今年一番の逸材とも言われている。インコースの捌き方には定評があり、春歌にとっては難敵となるかもしれない。
(今年一番の逸材か……。そうやって持て囃されてる奴は大嫌いだ。絶対に打たせない)
(こういう打者には特に春歌は内に投げたがる。どんな打ち方をするのか見ておきたいし、手の内を探る意味でも春歌の気持ちを尊重しよう)
初球、バッテリーはツーシームを使って果敢にインコースを就く。柿原はバットを出しかけて見送った。判定はボールだ。
(おいおい、初っ端からインコースに来たよ。私のこと知らないのか? ……いや、寧ろこのバッテリーは知ってて攻めてるのかもな。そっちがその気なら受けて立つよ)
二球目は内角低めのカットボール。柿原は腕を畳んで打ち返す。鮮やかなライナーが飛んだが、レフトのファールゾーンへと切れていった。
(確かにインコースを捌くのは上手みたい。けど高さを間違えなければ攻めようはある。じゃあアウトコースへの反応はどう?)
優築は外角のカーブを要求する。春歌もここは我を通さずに承諾し、一度牽制を入れてから三球目を投じる。
ところが投球は狙いよりも中に入ってしまった。曲がった先が真ん中やや外寄りの甘いコース。柿原は見逃さず芯で捉える。
(しまった……)
春歌はひやりとしながら打球を追う。鋭いライナーが三遊間を襲う。ショートの京子は斜めにジャンプしてグラブを伸ばした。
「おっとっと……」
打球はグラブの先端に引っかかる。京子は二度ほど掴み直しながらも、落球することなく着地に成功。球審がアウトを宣告する。
「ナイスキャッチ。ありがとうございます」
「オッケーオッケー。打たせていけばウチらが守るから」
これには春歌も帽子を取って礼を述べる。抜けていればツーベースは確実。もしかたら一塁ランナーがホームに突入していたかもしれない。
先頭で出したランナーを進めることなく、二番、三番と打ち取ることができた。何とか立ち上がりを無失点で切り抜けたい。
《四番サード、安納さん》
打順は四番の安納へ回る。彼女は二度三度素振りをしてから、右打席に立った。
(安納も柿原に匹敵する打撃力を持っている。ただ映像を見た感じこっちは外角の方が得意な印象だし、春歌に分があるか)
一球目、優築はストレートを要求し、内角にミットを構える。春歌もそれに従って投げ込む。やや高めに浮いたが、コースは悪くない。それでも安納は打って出る。
「ショート!」
強引に押し込んだ打球は詰まり気味だったものの、ショートの頭上を飛んでいく。京子がジャンプするも届かず、その後方に落ちる。
栗山は二塁を蹴る。センターの洋子が急いで前進し打球を拾うも、中継に返すだけ。これでツーアウトランナー一、三塁と、浦和明誠が先制のチャンスを広げた。
See you next base……




